月~友人が消えた日~
今日に似たその日を今でも鮮明に思い出すことができる。
その日も寒波が来ていて特に寒かったのを覚えている。
クリスマスの装いもすっかりとれ新たな門出へとむかうその日に、自分は彼女と買い物に行くために待ち合わせ場所に向かった。
曇天の空。予定よりも5分早くつき、彼女に【待ち合わせ場所についた】とLINEをいれる。いつもなら自分が来るよりも早く来ている彼女の姿がみえず、珍しいこともあるもんだと少しの違和感と落ち着きのなさを覚えた。
一時間二時間となかなか来ない彼女に心配になり何度も何度も連絡したが、LINEは既読にならず、電話は電源が切られているようでひたすら機械的な案内音声が流れるだけだった。
寝坊でもしたのか、事故に巻き込まれたのかと判断がつかず、とりあえず彼女のアパートに向かった。違和感や落ち着きのなさがお腹で膨れ上がり、胃の腑に冷たい氷が詰められているような焦燥へと変わった。
アパートにつき、呼び鈴をやたらと鳴らす。どれだけけたたましく呼び鈴を鳴らしても現れない彼女に焦燥は恐怖へと変わった。彼女がどこにいるかわからない、事故や事件に巻き込まれた可能性が現実味を帯びてくる。
『とにかく彼女に会わなければ。』
呼び鈴に反応がないだけで、本当に寝ているのかもしれない。一縷の望みをかけてドアをたたく。反応がない。ドアが開かないかノブを回す。どうかお願い、閉まっていて。《開いていて。》
開いた。
しっかり者の彼女が在宅していようと、いまいと鍵を閉め忘れるだろうか。カチリと無機質に鳴った音は、希望にも絶望にも似たよくわからない感情を生み出した。どちらだ?どちらなんだろうか?
もしかしたら、
締め忘れていただけかも?
もしかしたら、
自分との約束を忘れているだけかも?
もしかしたら、
体調が悪いのかも?
もしかしたら、もしかしたら、
考えすぎで彼女は普通に部屋にいて
どうしたの?なんてキョトンとした顔で聞いてくるかも?
いくつもの【もしかしたら】がぐるぐる回る。最後は明るいありきたりの【もしかしたら】。でも、どうしてもぬぐえない恐怖に腹の氷の塊に足がすくんだ。
彼女がいないことを確かめてしまったら戻れない気がした。
確かめたい、確かめたくない。相反する気持ちを胸に部屋に入る。
明るい昼間の陽光は曇天のためか少し鈍い。部屋の主がいないような独特の雰囲気に、吐く息は重く、カチリカチリと時を刻む音に恐怖は増していくような気がした。
『彼女はきっといる。』
恐れを隠すために自らに暗示をかけて歩を進める。20代の女の子が住む部屋らしく可愛らしいリビングを抜け、彼女の寝室に入るためのドアノブに手をかけた。
キィ
甲高く軋みながらドアが開いた。冷たく重い空気が足元を一層冷やした。
幾分か膨らんでいるベットを見て、一気に安堵が胸に広がった。
『やっぱりいるじゃん。』
足取り軽く彼女の名を呼びながらベットに近づく。
「遅いよもー。買い物行く約束でしょー。」
しょうがないなーと思いながら軽い気持ちでベットのかけ布団をめくった。
そこに、彼女はいなかった。
その日を境に彼女は消えた。
警察は部屋に争った形跡がないこと、携帯や靴がないことを理由に、よくある若者の失踪として真剣には取り扱ってくれなかった。
でも、そんなことはない。失踪の前夜、電話で明日は新しくできた雑貨屋さんに行こうとか、お気に入りの喫茶店の新作メニューが出たとか、そんな他愛もない話をしている彼女はとても楽しそうで、とても失踪するような感じではなかった。
しかし、彼女はいまだに戻ってきていない。もう何年になるだろうか。もう二度とすることのない会話に悲しみがふつりとわいてくる。
『お願い、無事でいて。戻ってきて。』
『どうしていなくなってしまったの。』
ぐるぐると回る答えのない問いに、自然と涙が溢れてきた。
脳裏に浮かぶのは長い黒髪が美しい、透けるような笑顔の彼女。
『もう一度会いたい。』
その思いに答えるようにチリンと一つ鈴の音が鳴った。
折りしもその日は冷たい三日月が出る晩だった。
短編集 清助 @kiyosuke
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