短編集

清助

月~はじまり~

それは、ひどく冷たい月だった。

冴え冴えとした青い月は蠱惑的で同時に人を切り裂く刃だった。


なにが?と問われてしまえば曖昧模糊な感覚的な答えしか返せないがやはり、それは、ひどく冷たい月だった。


季節は冬、時計の針が頂点を過ぎたころ。

この時分に出歩く人の姿は疎らで、都会ならまだしも田舎のましてや人里離れた草原にいる人など私を除いて一人もいなかった。


『寒いな。』


頬をなぜる風は昼間よりいっそう冷たく、吸い込む息は肺を凍らせる。

長いことここにいたようで寝巻だけでは防げない冷たさが体の芯まで入り込んでいた。


『なぜ?なぜだろう。』


なぜここにいるのか。ぼうっとする頭で自らに問う。


明日は友人と買い物に行くため少し早めにベットにもぐりこんだのを覚えている。久々の友人との買い物に心が浮かれてなかなか寝付けず、おもわず友人に電話をしてしまった。あまりの浮かれっぷりに友人は苦笑気味だった。

しばらく話した後ようやく眠気が襲ってきて、【また明日】の声とともに電話を切った。ふわふわと心地よい眠気に任せてベットの上で眠りに落ちようとしたとき、あの鈴の音が聞こえたのだ。


あの涼やかで美しい鈴の音を聞いた途端、今まで身を包んでいた微睡まどろみからすうっとさえ、ひどくこの身が高揚したことを覚えている。まるで、長年探していたものを見つけたようなそんな高揚。


その不可思議な現象に不思議と恐怖はなかった、

ただこの鈴の音を逃してはいけない。

そんな気持ちがあとからあとから湧いてきた。


そして、私はそのまま靴も履かずに飛び出した。

鈴の鳴るほうへ。


そこまでに思考が至ったとたんゾワリと背中を恐怖が這いよる。

自覚したとたんこの身を満たしていた高揚感が消え、恐怖に変わった。

ドクリドクリと耳の奥で鼓動がなり、息が上がる。

おおよそ感づいていたのだ。おかしいと。

しかし、高揚感と鈴の音への執着がその違和感を払拭していた。

そう、おかしいのだ。


なぜ、

なぜ、


なぜ、


気づいた途端もう駄目だった。

口から恐怖が悲鳴がなんともつかない声になってあふれ出る。


空に見えていたあの青い月が一瞬黒く掻き消える。

ほんの一瞬の闇。


足元から一片の光もない闇が私を飲み込んだ。

まるで墨汁のような重苦しい闇。

そこから先の記憶はフツりと途切れた。


再び空に月が見えるころには、草原には誰一人立っていなかった。







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