第7話

「次」


 相変わらず言葉が理解出来ないが、前が空いたので、カウンターに座っている女の前まで進む。


「んん? ノーマル? アンタ……ふざけてんの? 暇じゃないんだけど私。退いて、次」


 まるで、邪魔者を見るかのような目だな。


『飼い主が死んだ。アンタら、これ必要いるだろ?』


 遺品が入った袋と身分証を五枚、机の上に置く。


「はあ? 全然、意味分かんない。アンタ、何語喋っ──」


 鬱陶しそうに細めていた女の目が、身分証を捉えた途端、激しく反応し大きく見開いた。


「何よコレ!? 血がついてるじゃない!?

 え!? ちょっと待って……」


 身分証を何かの機械にかざし、浮き出てきた文字を、真剣な眼差しで見つめている。


「ププ!? ……えっ!? 嘘っ!? じゃあコレは!? ……ゴ、ゴドリア!?」


 更に一枚と、女が確認を始め、


「オーギ!? オルク!? メルローまで!?

 そ、そんな……」


 五枚、全ての身分証を確認し終わった。


「魔族の稼ぎ頭が何でこんなことに……」

『な、なあ?』


 しょんぼりしてるところ悪いんだが、俺は帰って寝たいんだ。早く、金をくれ。


「アンタ……誰? コレを持ってきたってことは何か知ってんでしょ!?」


 ……何で睨んでんだコイツ?


『別に、盗んだ訳じゃねーからな』

「だから!! 何、言ってんのか分かんないって──」

『お、おい!? 何しやがる!?』


 角を生やした厳つい男が、俺を押し退け割り込んできた。


「なあ? 姉ちゃんよ」

「……はあ?」

「アンタ知らないのか? コイツ、例の奴隷死神だぜ?」


 寝不足のせいか、イライラする。


『お前、目ん玉腐ってんのか?』

「奴隷……え? アンタ奴隷なの?」

「コイツの手首を見てみろ。隷属の腕輪が見えるだろ?」

「ここからじゃ、全く見えないんだけど……」

『まだ、終わってねーんだよ!!』

「そうか? これで──」

『なっ!?』


 厳つい男に腕を思いっきり掴まれ、カウンターの上へ無理矢理移動させられた。

 

「え!? あ、本当だ」

『あぁ!? お前もお前だ!! さっきから──』

「うるせぇ!!」

『……何だと!?』


 罵声は雰囲気で分かる。

 コイツ、黙れに近い何かを言いやがった。


「おい、見えるか!?」

『て、てめえ!?』


 今度は顎を掴まれ、無理矢理後ろを向けさせられる。


「お前のせいでな、支えてんだよ!!」

『……ん?』


 後ろに並んでる人から一斉に突きつけられる、非友好的な冷たい眼孔。

 どうやら、疲れてイライラしてんのは、俺だけではないらしい。


『……わ、わりぃ』

「どうやら、その様子じゃ分かったみてーだな? おい、姉ちゃん」

「へ?」

「コイツに、身分証を持ち込んだ謝礼金と、遺品の鑑定を急いでくれ」

「え~と……」

「他のヤツに聞きゃあ分かる。いつものことだ」

「あ~、うん。分かった」

「なるべく早くな? 何せ、コイツは死神と呼ばれてる男でな、出来ればコイツとは関わりたくないんだ」

「うわ~……そうか、だから皆は死んじゃったんだ」


 ……ん~、今度は憐れみの目か?


「あっちで待ってて」

『ん? ああ、すまない』


 どうやら、話がまとまったらしい。

 女が、別のカウンターの方を指差す。


『アンタもすまなかったな』


 恐らく、コイツのおかげで早く済んだに違いない。


 まだ横にいる厳つい男に、感謝の意も込めて頭を下げた。


「お、おう、いいんだいいんだ。

 だから、さっさと消えてくれ。な?」


 意外といいヤツなのかもしれない。

 男は俺の謝罪を、頷いて受け入れてくれた。


「これを」


 暫くすると、小さな袋を携えた別の女が現れる。

 俺は袋を受け取ると、直ぐ様その場を後にした。


■□■□■□■


『よお』

「ふむふむ」


 ……ん? 聞こえなかったのか?


 反応が無いから変だなと思いきや、これは新聞みたいな物だろうか?

 読むのに夢中すぎて、なかなか顔を上げてくれない。


 しかし、体の大きさと新聞の大きさがほぼ同じなんて、マジ笑えるな。

 偉そうに、椅子の背にもたれて読んでるんじゃあ、誰にも気づく訳ねーか。


『なあ?』

「ほぉ~、なるほどねぇ~」


 ああ……だから、この呼びベルって訳ね。

 カウンターに置いてある、押しベルを強く叩く。


「っ!? おっと、これはこれは申し訳ござ──」

『また世話になる』

「……な、なな、なななな、何で!?」

『ん? おい!? 大丈夫か!?』


 俺の顔を見た途端、コイツ、椅子ごと転げ落ちやがたった。


「何でお前が此処にいる!? お前は買われたんだ!! さっさと飼い主のもとに帰れ!!」


 いつもと同じ。動揺してやがる。

 俺とコイツとの、このやり取りは、もう恒例になってしまった気がするな。


『まあ、聞けよ』

「……おいおいおいおい!? ちょ、ちょっと待ってくれ!! おい、ふざけるなよ!?

 お前のその持ってるヤツって、気のせいだよな!?」


 おお!? コイツ、袋を指差したな?


『ああ、全員死んだぜ』

「ま、まさか!? 貸せっ!!」


 奪うように俺から袋を取り上げると、コイツ奴隷商人は中身の確認を始めた。


「……あった!! 何々? ……!?」


 何だコイツ? 大丈夫か?

 小さい獣皮紙を見た途端、何故かプルプル震えだしたんだが。


「……知ってるか? 最近、私は書物を読むことにハマっていてね。

 一日の半分の時間を、読書に費やすことに決めたんだ」

『悪いな、何を言ってるのかチンプンカンプンだ』

「私は商人だ。商人なのに、私は時間を無駄に使っているんだよ。何故だか分かるか?」

「書物にハマってると、先程、貴方がおっしゃったじゃありませんか?」

「そんなの嫌みに決まってるだろうが!!

 お前のせいだ!! お前のせいで、私の店の評判がガタ落ちだ!!」

「何故でしょうか?」

「何故!? お前、本気で言ってるのか!?」

『おい!? どうなってんだよコレ!?』


 女の声が加わったことで、コイツ、かなりヒートしだした。


「お前を買った人間は、皆死んでるんだろうが!! 今更とぼけるな!! この死神が!!」

「なるほど、貴方が噂の死神なのですね」

「あへ?」

「それならば、私が彼を買います」

「……」

『……おい、どうした?』


 固まってる。

 顔の前で手を振ってみても、全く反応が無い。

 怒鳴りすぎて、電池でも切れたか?


「初めまして、死神さん」


 ああ、そう言えば、背中から女の声がしてたんだったな。恐らく客だろう。


『立場上、俺はいらっしゃいませが正……』


 言葉が詰まるほどの美しさ。

 振り返れば、人種で一番麗しいだろう生き物が三人もいた。

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レイヴァン・クロウ お父さんはエセ作家 @routatsu0923

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