第6話

 恐る恐る振り向く。


『……マジか』


 同じく体を捻り、こちらを伺う十体の骸骨。

 既に部屋の扉は固く閉ざされ、この空間に足を踏み入れた異物の排除が、コイツらに与えられた仕事だ。


 頭蓋骨に目玉は無い。


 そのせいか、無表情な顔を一斉に向けられると、寒気どころか生きた心地がしない。


「グァアア!!」


 一番奥にいる骸骨が、俺に向けて剣を突き出す。


「「「グァアア!!」」」


 叫び指示に従い、全ての骸骨が体の向きを変え、剣を構えると、俺の背中を目掛け走り出した。


『……はぁ』


 まさか、こんなことになるとは思ってもみなかった。


『頭痛ぇ』


 その場にしゃがみこみ、地面に手を置いてフラフラする体を支える。


『あ~、どうしようか?』


 と、言ったが、完全に遮断されてはどうしようもない。


『やっと馴染んできたってのに……』

「「「グァルルル!!」」」

闇遁あんとん影縫かげぬい!! ……ったく、はぁあ、マジ泣きてぇよ』

「「「グ、ググ、グ!?」」」

『お前らじゃ無理だ。って、何編も言ってるだろ?』


 ……まあ、無理もないか。


 お前らは生まれたてホヤホヤで、まだ、学習という言葉すら知らない。

 ただ、構成に従って動いていただけのこと。


 しかし、侵入者の命を奪い、血肉を喰らうことで、システムという呪縛から解放された固体は、何故か学び始める。

 そして、更なる血肉を求め、自らの意思で扉を開き動き出すのだ。


 通常とは異なる姿や形、高い能力を所持するソレらは、異物を喰らうことで知恵をつけ、積極的に他の化け物を殺して自身を高めて行く。


 たまに、フロアに場違いな存在が徘徊しているのはそのせいだ。


『取り敢えず……倒すしかないか』


 扉の開け方は二つ。


 一つは、この空間内に存在する化け物の殲滅。

 もう一つは、この空間内での侵入者の敗北。


 無論、侵入者の敗北とは死を意味するのだが、まだ俺は、あやつらの糧になってやるつもりは無い。


氷遁ひょうとん飛氷柱とびつらら!!』


 両方の手のひらに、小刀ほどの鋭利な氷を産み出しては、それを淡々と投げていく。


「グガ!?」


 足を縛られ、一歩も動くことが出来ない骸骨に当てるなど造作もないこと。

 氷は次々と骸骨の額を貫き 、倒れることなく、泡と化して姿を消していく。


『残念だったな、進化できなくて』

『グ、ググ、グ!?』


 残り一体となったリーダー格の骸骨が、がむしゃらに剣を振り回し、何とか抜け出そうと抗う。


『ああ、また近いうちに、お前の顔を拝みに来るわ』

「グ、グァアアアア!!」

『じゃあな』

「グガ!?」


 氷は、鉄のヘルムをものともせず、骸骨の額を貫通していった。


 同じく、倒れることなく次第に泡となっていく骸骨。


『面倒だな……闇遁あんとん、影寄せ!!』


 落ちているお宝を、一つ一つ手で拾う作業は、正直言ってかなり骨が折れる。

 本当は、何時もこうして楽したいのだが、出来ない理由がある。


 他人を絶対に信ずることなかれ。

 他人に手の内を見せることなかれ。

 特に相手が飼い主なら尚更。

 

 これが、俺の学んだ全て。


 思い出したくないことは山ほどあるが、色んな経験が、今の俺を形作っている。


『さてと……もう何もないな?』


 最後のお宝も手に入れた。そろそろ──


『お? 開いたか?』


 後ろの方から、ガチャガチャと鍵の外れる音が鳴った。


『はぁ……しかし、誰も生きてねーだろうなぁ』


 気が滅入るが、生きてるにしろ死んでるにしろ、現状を把握しないことには帰れない。

 取り敢えず様子見と、俺は扉の取っ手に手をかけた。


■□■□■□■


『……最悪』


 扉を少し開けた状態で、目に飛び込んできたのは、鉄の鎧を着た異形の骸骨。

 串焼き肉を食らうみたいに、槍先に刺さった肉をクッチャクッチャと、咀嚼を繰り返し食うのに忙しそうだ。


 喰われていたのは、先程まで一緒にいたオーク。

 四肢の内、三つは未だ槍に貫かれたまま、地面に磔になり、既に息をしている様子はない。


 だって、食われてるのってアレ、心臓だろ?


『生きられる訳ねーか……』


 転がってる他も同様、四肢を貫かれた痕があり、恐らく皆、心臓をくり貫かれ喰われたに違いない。


「……ン!?」


 骸骨の動きが止まる。


『何だ?』


 俺の勘違いじゃなければ、匂いを嗅ぎ付けているのか、骸骨が鼻を頻りに動かしてるかの様に見える。


「喰イ物…ノ…匂イ」


 骸骨は諦めがついたのか、不可思議な行動を止め、食事に戻ろうと槍先に顔を近づけ──横に向けた。


「……」

『ちっ!!』


 真っ赤に染まった骸骨の口が、ゆっくりと開いていく。


『何、笑ってんだよ』


 まるでコイツ、逃げ隠れた獲物を探し当てた様な、悪者の顔をしてやがる。


「カカカカ」


 骸骨の三本の手が、突き刺してあった槍を、オークの手足から引き抜いた。


『マズっ!!』


 体がまだ、ボスの部屋の中にある。

 このまま技を発動しても、室外のモンスターは対象外となり無効となるのだ。


 滑らすように体を外に移動させ、先程と同じように技を発動させる。


闇遁あんとん影縫かげぬい!! ……あ、あ、あ、焦ったぁ~!!』

 

 もう、骸骨が目の前まで迫っていた。


 骸骨の両足と四本の槍を地面に縫い付け、動きを封じることに成功しなければ、間違いなく死んでいただろう。


 六本の足で移動する化け物。

 この槍せいで、普通の骸骨の動きと比べ、恐ろしく速すぎるのだ。


「グッ…マタダ…動…ケナイ」


 五人分の経験値を得たことで、技が効かない心配もあったのだが……よかった、まだ俺の方が強者らしい。


『この階層に入った時からな、お前の存在は分かってたんだ』

「……?」

『あんなことがなけりゃあ、縛り付けたまま素通りだったんだぜ?』

「オ前…ノ…言葉…ハ──」

『残念だったな、せっかく進化したのに』


 脳内に、氷の輪を思い浮かべる。


氷遁ひょうとん円氷輪えんひょうりん!!』


 技によって作られた、氷のチャクラムが二つ。

 宙に浮くソレを、それぞれの手で掴み取ると、舞うように、まずは胴から頭を切り離し、更に腕を切り離していく。


 そして、足と槍は縫い付けたまま、転がっていった頭蓋骨まで足を進めた。


『主…ト…同──』


 何か、カタカタ喋っていた気もするが、全く問題ない。容赦なく頭蓋骨を踏み砕いた。


『後は……』


 死人まで近づき、懐を漁る。


『……はぁ、まるでケダモノみたいだな』


 別に、金目が欲しくてやってる訳ではない。


 ……いや、言い訳か。

 故人の身分証を持っていけば、多少なり金銭は貰える。

 ましてや、故人が身に付けてた物は、持てるだけ持って帰れと、身ぶり手振りで教えてくれたのは俺を売る側奴隷商の人間だ。


 言葉や常識が分からない以上、安全に自分の身を自分で買い戻すには、この方法が一番だと俺の勘が告げている。

 それなら、嫌でも続けるしかない。


『全て集めたな……じゃあ、帰るか』


 ボス部屋に入り、モンスターを殲滅すれば、また地上への扉は簡単に開く。

 だが、モンスターの再生には時間がかかり、扉が開くまで、もう少し時間を必要とするのだ。


『何もすることがぇ』


 部屋の扉に背を預け、徐々に飲み込まれていく飼い主たちの姿を、扉が開くまで、ぼーっと眺めることにした。

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