第5話

 宝箱を開けてから、中を覗いた皆の顔が次第に曇っていくのが分かった。


「……うむ」

「「「……」」」

「ちっ!! ……スクロールじゃながった」


 望んでいた物が手に入らなかったのだろう。


 ハードな戦いで、荒ぶった熱い気持ちに水を指され、急速に冷めていったような雰囲気。

 皆、かなり落胆しているのが分かる。


「まあ、コレばっかりは運だからねぇ。

 くよくよしたってしょうがないさ」

「ぐそっ!!」


 ゴブリンが宝箱の中身を取り出し、思いっきり床に投げつけた。


「あと、残すところはボス部屋のみ。

 さっさと終わらせてさ、帰って休もうじゃないか」

「「「へぇ」」」

「……へぇ」


 一人だけ納得出来ないって感じか、ゴブリンだけが、中々、動こうとしない。


「諦めな、ゴドリア。さっさと行くよ!!」

「……へぇ」


 あんまりしょんぼりしてるようなんで、すれ違いざまに、ゴブリンの肩をポンポンと軽く叩いてやった。


『お前さ、何時まで拗ねてんの? 大の大人がみっともないぜ? 子供じゃねーんだからさ』


 慰めの言葉? はっはっは!! ……んなもんするかよ。

 コイツ、何かとすぐ暴力に走るからな。

 言葉が通じねーんだ、少しぐらい馬鹿にしてもバチは当たんないだろ。


「お前…俺を馬鹿にしてるのが?」

『ああ、分かるぜ。ダセぇんだよ、お前』


 顔では、慰めてるアピール全開だけどな。


「ぺっ!!」


 へぇ……中々、勘の鋭いヤツだな。床に唾を吐きやがった。


「拾ってごい」

『ああ?』

「聞ごえながったのが? お宝だ。

 向ごうに飛んでいったやつだ」


 ちっ!! ……顎で指図しやがって。銀色で光ってるアレがどうした?

 おい、あれって……あれはお前が投げ捨てたやつだろうが!! 自分で行けよ!! 自分で!!


『あれを拾えば良いんだな?』

「ふっ」


 憎たらしい勝ち誇った顔。


『だから、ダセぇんだって……』


 まあ、ダセぇのは俺も一緒か。色んなものをリタイアしたんだからな。


「早ぐしろ、置いて行ぐぞ」


 手を払うな。急げってか?

 今から、向かおうとしてんだろうが!!

 ちっ!! 遠くに投げやがって!!


『ん? おいおい!? これって、鉄製の剣じゃねーか!?

 何の不満があんだよ、お前ら……はぁ!?』


 どうやら、あのジェスチャーの意味は合っていたらしい。

 振り返ると既に、皆の姿が消えていた。


「死ね」


 出入口の壁から、ひょこっと顔だけ出したゴブリン。

 言葉を全く理解できない俺でも、今のは雰囲気で伝わったぜ。


『ははっ!! お前……絶対ぜってー、録な死に方しねー』


■□■□■□■


 各、フロアごとに、ボスと呼ばれるモンスターが存在して、それを倒さないことには先に進むことが許されない。


 因みに、今、俺たちがいるフロアは地下十階だ。


 言葉や文字を知らない俺が、何故、現状を把握出来ているかというと、もちろん理由は存在する。


 基本、俺は荷物持ちだ。

 だが、種族によっては、俺を別の用途で仕様する者がいる。


 特に獣人は、ノーマルを荷物持ちとして使うことはない。

 理由は単純。自分たちより力が弱い種族に、命の次に大事な宝や道具を預けられないという認識から来るもの。


 よって、俺に与えられる仕事は、主に各フロア図の作成。


 そのお陰か、何処に何があって、この通路は何処に繋がってるなど、自ら経験した知識や情報は、全てに頭の中に入っている。


 洞窟内では、通常、通路と部屋を隔てる物は存在しない。

 それは、ボスがいる部屋も然り。

 だが、五の倍数の階層だけは特別で、ボスの部屋には必ず扉が設置されてあるのだ。


 なので、俺の記録に間違いがなければ、俺たちは今、十階のボスの部屋の前にいることになる。


「いいかい、アンタたち!?

 この扉の向こうが、今日、最後の冒険ってことになるねぇ。体調はどうだい?」

「怪我、少しだけ。問題ない」

「……残りの魔力が半分」

「私の魔力も、半分を切った位でしょうか」

「多分、大丈夫」

「何だい、何だい、たよりないねぇ……。

 なあに、お宝は手に入ったたんだ。

 此処まで来といて、アイテムをケチる必要はないよ。

 万全の状態で挑むんだ、いいね!?」

「「「「へぇ!!」」」」

「ああ、ゴドリア。干し肉と水。

 それから、回復薬を取り出すよう、九六〇に指示しておくれ」

「へぇ。おい、死神」


 ん? 呼ばれたような気がする。

 

『誰だ?』


 指を鳴らしたヤツ……は、お前か。


『何だ?』

「肉と水。あと薬だ」


 食う、飲む、塗る……ね、誰でも分かりそうなジェスチャー。

 まあ、お前のそういう馬鹿っぽい所は嫌いじゃない。


『ほらよ』


 担いでいた袋から、干し肉、水筒、薬草類を取り出し、ゴブリンに渡す。


「一体、何がいるんだろうねぇ?」

「おい、地図だ」


 紙を丸める様なジェスチャー。考えられるのは地図か巻物。

 ただ、担いでる袋の中に、巻物は一つも存在しない。したがって、考えられるのは


『地図か』


 これもゴブリンに渡した。


「ボス部屋なんだけどねぇ……九六〇。

 アンタ、もしかして中を知ってたりするかい?」

「ボス部屋だ、何がいる?」


 ゴブリンが地図を叩く。指で指しているのはボスの部屋。


『中か? 中は……』


 青銅の装備をした骸骨が十。

 それに加え、それらを束ねる鉄の鎧を着た骸骨が一。

 たしか、別の獣皮紙に描いてあったはず。


 袋から取り出したのは、雑ではあるが、一階から十階までに存在するモンスター絵図の束。

 階層ごとに作成した為、全部で十枚ある。


「へぇ~、良く出来てるじゃないか」

「姐さん」

「ん~? 何だい、これ? 見たことないねぇ」

『ソイツがいるんだ』

「んん? 何だって?」


 何って言った? って顔だな。


『だから…』


 女から絵図を奪い、ゴブリンからは地図をむしり取り、地面に並べて置く。


『コイツが此処に──』


 ぐあっ!? ……めちゃくちゃ痛ぇ。


「ゴドリア!?」

「……」


 今のは間違いなく、顎、外れたぞ……。


「ゴドリア!! 聞いてんのかい!?」

「……」


 顔を振り、口を開いたり閉じたりして確かめてみたが、どうやら問題ないようだ。


『てめえ…』

「何だ、その目は」


 人様の顔を、爪先で蹴りやがって!!


「お前、やっぱり立場を理解してないようだな」

『ぐっ!?』


 どんなに小さくても、ゴブリンは鬼の種族と言ったところか。

 振りほどこうと抵抗はしたものの、がっちりと頭を掴まれては、全く抜け出すことが出来ない。


『ぐぅぁぁあああ!!』


 頭を強く掴まれたまま、ゴブリンに引きずられ続け、


『あっ!?』


 急に視界が反転した。


『……え?』


 目を開き、状況を整理する。


『何が、どうなってるんだ?』


 目に映っているのは、逆さまなゴブリンとゆっくり閉まっていく扉。


『お前、何で扉の向こうに……はっ!! まさか!?』


 直ぐ様、跳ね起き扉へと駆ける。


『間に合ぇぇええ!!』


 ……何とか助かった。


 完全に閉まる前に、運良く扉の取っ手に指が引っ掛かった。


『ぐぐぐっ!? くそっ!! むちゃくちゃ重てぇ!!』


 取っ手を掴み直し、どんなに力を込めても、扉は中々開こうとしない。


『何でだよ!? 何で開か…ねぇ…ん…』


 扉の隙間から覗かせる、伏せた緑色の顔。

 言葉が出なくなった瞬間を待っていたように、ソイツはゆっくりと顔を上げた。


『お、お前……』


 血走った狂気の目。


「いひ、いひひっ!!」


 笑い声が決め手となり、取っ手を掴んでいた俺の手から、次第に力が失われていく。


「いひいひ、いひひっ、いっひっひっひ!!」


 徐々に閉じていく扉が、笑い狂うゴブリンの姿を完全に遮った。


 ガチャかガコッ。


 続いて訪れたのは、部屋全体に響かせる、鍵を掛けたような音。


『……死んだな』


 これを合図に、俺の背後からは、人ならざる者の雄叫びが一斉に上がった。

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