第4話

「ゴドリア、ププ、中の様子はどんなだい?」

「部屋の中央にヒカリキノコの山。その周りをイアルグ鋏虫が三、更にスケルトンも何体が転がってる」

「……天井にハントマン穴蜘蛛が二体」

「んむ、敵、多い」

「蜘蛛の癖にズル賢いねぇ……ハンター探索者泣かせじゃないか」

メルロー姐さん殿、熟考を!!

 ハントマン穴蜘蛛までいる以上、私たちに危険の可能性が…」

「ああ、分かってるよ。アタシらがどんなに強かろうと、油断は禁物だからねぇ」


 部屋の中央には、何故か光る謎のキノコ群と、それを寝床にするハエ。

 また、ハエを餌にするコウモリが存在し、コウモリが出す糞を別の虫が餌とする。


 更に、その虫を狙うネズミや大きな虫。

 特に、あのバカでけぇハサミムシは、どんだけ食ったら、あそこまでデカくなるんだろうな?


 ……まあ、足下の骨を見れば一目瞭然。

 アイツらにとって、人間は単なる餌に過ぎない。


 人食いのモンスターは危険だ。姿を見つければ、積極的に人を狩りに来る。


 だが、あの部屋には、ハサミムシより厄介なヤツが存在する。

 恐らく、天井に張り付いてるアイツらが、部屋の中では一番の強者と言えるだろう。

 

『……で、お前らどうすんだ?』

「ん? 何だい、九六〇? あ、アンタまさか、囮になるって言い出すんじゃないだろうねぇ?」

『まあ、分かってるとは思うが、先ずんなくちゃいけないのは、上のデカイ蜘蛛からだ』


 指差しまですれば、言葉が通じなくても大体分かんだろ。


「な、何と!? 自らを犠牲にし、ハントマン穴蜘蛛を誘き出すと申されるか!?」


 豚さんよ……何でお前さん、プルプル震えてんだ?

 お、おい、まさかお前ら!? あんなにでけぇ蜘蛛、気づいてなかったとか有りねーからな!?


「ふんっ!! 死んだら次の奴隷を買えばいいだげだ──」

「馬鹿言うんじゃないよ、ゴドリア!!

 九六〇ほどのポーターが何処にいるんだい!?」

「……ちっ!!」


 めっちゃくちゃ怒られてんじゃん……お前、マジで気づいて無かったのかよ!?


「……魔法で──」

「俺、行く!!」

「「「「!?」」」」

「オーギ、アンタ!?」

「死神、ハントマン穴蜘蛛、囮。俺、イアルグ鋏虫、戦う。皆、スケルトン、ハントマン穴蜘蛛、頼む」

「オーギ殿!!」

「オーギの兄貴!!」

「……」

「んむ!! 死神、頼んだ!!」

『……はあ?』


 どうやら、作戦が決まったみたいだが、何故か皆が俺を見てやがる。


「九六〇!! これを受け取りな。アンタ、絶対死ぬんじゃないよ!!」

『……へ?』


 何だコレ? 木剣? 木剣がどうかしたのか?

 木剣ね~……って!? まさか、おい!?


『俺を戦わす気か!?』

「よし!! アンタたち、任せたよ!!」

「うおぉおお!!」

『お、おい!? 待てオーガ!! 一人で突っ走るな!!』


 ちっ!! こいつら、勘違い野郎ばかりで本当に世話が焼ける!!


 幸いなことに、あのオーガの足は遅い。


『ならば!!』


 早速で悪いが、この剣使わせてもらうぞ。


 天井に張り付いているデカイ蜘蛛を目掛け、木剣を投擲する。


「き、九六〇!?」

「ああっ!? なんてことを!!」

「死神!? 貴様!! 姐さんがら貰った剣を何で捨てた!?」


 うるせぇんだよ、お前ら……的に当たりそうに無いからギャーギャー騒いでんだろ?


『だけどな、狙いは蜘蛛じゃねーんだよ』


 投げた木剣が勢いよく天井に当たり、高い音が部屋中を響かせる。


『狙い通りだな』


 全てのモンスターの意識が、オーガの雄叫びから天井へと切り替わっていく。

 いち早く反応を示したのは、コウモリだった。


 室内にいる全てのコウモリが、混乱から羽をばたつかせ、右往左往と飛び回る。

 中には、天井の蜘蛛にぶつかる物まで出る始末。

 たまらずといった感じか、尻から糸を垂らし、二匹とも床へと降下を始めた。


「うおぉおお!! お、おぉお!? ぬん!!」


 突然の蜘蛛の出現に、若干、雄叫びが悲鳴に変わったように聞こえたが、それでも、やはりオーガはオーガといったところか。

 振り下ろした鎚が、蜘蛛の頭胸部を叩き潰していた。


 潰された蜘蛛は、次第に泡となって床へと広がり、やがて消えていく。

 ただし、完全に消滅する訳ではなく、モンスターが死に絶えた場所には、そのモンスターの一部素材をお宝として残していくのが此処のルール。


 俺の仕事は、お宝が床に飲み込まれる前に、素早く拾い集めることだ。

 だが、今は忙し過ぎて拾う暇がない。


 もう一匹の蜘蛛が、オーガに向かって前足を上げ威嚇しているのが見える。

 更に奥には、体の向きを変えようと、ゆっくり動き始めた三匹のハサミムシ。


『不味いな』


 どんなにオーガの力が強かろうと、あのトロさで四体を相手では、ハサミに捕まり体が真っ二つになってしまうのがオチだ。


『仕方ねぇ。俺がハサミムシのターゲット……って、何だと!?』


 奇妙なことが起きている。


 オーガの腰から二本。左右へと腕が生えたのだ。

 しかも、その両腕の掌には、ボンヤリと赤い光を宿している。


『ば、馬鹿な!? アイツに魔法が──』

「ファイヤーボール」

『使える…訳が…!?』

「ギャシィイイ!?」


 顔に着弾した二つの火の玉が、蜘蛛の目を焦がす。

 痛みに耐えかね、蜘蛛はひっくり返ると、足をバタつかせながら苦しみ悶え出した。


『い、いつの間に…』


 魔法を覚えたんだ!?

 正確さといい、威力といい、ビギナーの動きでは無かったぞ。


「……狙ってやったのか?」


 オーガの背中から顔が浮かび上がる。

 お、おう!? ……な、なるほどな。あの魔法はお前の仕業か。

 てか……まだ、そこにいたんだな。


「シ、シャギャアア!!」

「「!?」」

『!?』


 上から降ってきた三又槍が、蜘蛛の腹部に突き刺さった。


「オーギ!! 前へ進みな!! それに九六〇!! ぼっとしてんじゃないよ!!

 アンタは早く後ろに下がりな!!」


 魔人は蜘蛛の腹部を足で押さえつけると、自身の武器である三又槍を引き抜く。

 生命が無くなった蜘蛛は泡となり、お宝を残して消えていった。


 魔法攻撃も可能な中衛魔人が、積極的に前に出てきた理由。

 遊撃タイプのゴブリンと、前衛のオーガとの連携で、あとは、ゴリ押し気味に残りを片付けていくに違いない。


 そうなっては、俺と回復役の豚さんは完全に待機。

 それと、魔法使いのインプは後方から支援ってとこか。


「姐御!! 行ける!! 俺たち、ヤッパリ、強い!!」


 一匹のハサミムシの体が、既に消え失せようとしていた。

 オーガの振り下ろした鎚が、頭部を叩き潰し絶命させたのだ。


「いいねぇ、オーギ!! このまま、手を緩めず攻撃を続けるよ!!

 ゴドリア、分かったかい!?」

「「へぇ!!」」


 魔人が、ハサミムシの頭部を目掛け、高く跳ね上がった。

 都合が良いことに、ハサミムシの足下にある骸骨どもは、一向に動く気配がない。


『もう、大丈夫だろう』


 勝利の流れが出来ている。

 それなら、後は自分の仕事をするだけでいい。


『お宝を拾ってくる』

「んん? ……ああ、なるほど。気をつけなされ」


 一瞬、しかめっ面を見せた豚さんだったが、気持ちが伝わったのか、俺に頷いて見せた。


 それならそうと、回収を急がなければ。

 お宝が消えてしまっては、怒鳴られるだけでは済まなくなる。


『最初に出現したお宝の位置はと……よし、あれか!!』


 素材が、まだ床に残ってある。

 どうやら、今回は怒られずに済みそうだ。


 向かう途中に素材が消滅しないよう祈りながら、俺は急いでその場を離れた。

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