第3話

『ぐっ!!』

「起ぎろ死神!! 奴隷の癖に何時まで寝てるつもりだ!!」


 こめかみに走る激しい痛みに、耳を不快にさせる濁った声。

 ほらな、予想通り。やはりコイツは、マトモに起こしゃあしない。


「ん~、もう何事だい?」

「おはようございます姐さん、おっとっと。

 ゲヘヘ、今日もお美しいお姿ですな」

「ゴドリア!? ……はあ、何時も言ってるだろ? アンタの声は耳に障るのさ!

 起こすならもっと静かに起こしな」

「へぇ」

「で? どうしたんだい?」

「へぇ。どうやら、奴隷のぐせに仕事をサボっている奴が此処にいるようで」

「仕事をサボる? ふん。一体、誰のこと言ってるのさ?」

「へ!? そいつですよ姐さん!!」

「はん?」

「そごの死神です!!」

「……全くうるさいねぇ、アンタは。九六〇のことかい?」

「へい!!」

「なら、問題ないさ。ゴドリア、アンタ早く持ち場に戻んな」

「あ、姐さん!!」

『起きればいいんだろ?』


 ヤツの指が俺の方を指していた。間違いなく俺のことで揉めてんだろう。


 よく見れば、コイツの緑の肌が所々黄色くなっている。

 コイツだけがなのか、またはゴブリン種が皆そうなのかは分からないが、黄色い肌への変化はキレている証拠。


 只でさえ、俺はコイツから目の敵にされているんだ……。

 もう、これ以上無抵抗でボコられるのは勘弁願いたい。


『で? どうしたらいい?』

「九六〇? アンタはいいんだよ」

「姐さん!!」

「いいかい、ゴドリア。九六〇を買ってからウチらはどうだい?」

「な、何を──」

「お宝はすぐ見つかるは、ナビも的確で階層を下りるもかなり楽になった。

 ゴドリア、アンタと違って九六〇は床上手だしね……何か問題でもあるかい?」

「ぐっ!!」

「ないね。むしろ良いこと尽くしさ」

『おい、俺は──』

「ちっ!!」

『っ!? たく、何がしてーんだよ!?』


 思いっきり突飛ばしやがって……肩が外れんだろ!


『お、おい! 何処へ行く!?  俺を呼びに来たんじゃなかったのか? 俺は何をしたら──』

「九六〇~?」

『はん?』


 ……マジか、嘘だろ? 手招きしてやがる。


「おいで、坊や。アンタの仕事はこっち」

『……あ、ああ』


 ノーマルに比べれば、魔族は性に対しての欲望はかなり強く、一回では足らず、なかなか満足してくれない。

 あまりのしつこさに、流石に疲れてウンザリすることもあるが、それでも、これはまだ可愛いほうだ。


 何故なら、俺は知っている……もっと上位の種族が存在することを。

 肌と肌を重ねるのが恐ろしくなるほど、休みなく何度も何度も求められ、精液は枯渇し、げっそりするほどの地獄を俺は経験してきた。


 獣はヤバい。特に兎はヤバすぎる。


「早くおし」


 生死を賭ける仕事の前に、とりあえず一発やっとこっか、なんて普通ならマジあり得ないだろ。


 ……まあ、俺には選択肢はないんだがな。


 上半身だけ起こした女の前に立ち、服を脱ぎ捨てる。


「うふふ」


 彼女は妖艶な笑みを浮かべ、『え』と『お』の中間の形に口を開くと、舌を出してを迎え入れた。


■□■□■□■


「やっぱり、敵さんモンスター大したことないねぇ。

 十階でこんなんじゃさぁ、もっと楽に下りれそうなもんだけどねぇ?」

「それムリ。十階の下、道ナイ」

「そんなこと分かってるさ、オーギ。

 でもねぇ、幾ら探しても見つからないんじゃ、此処より下って本当は存在しないんじゃないのかい?」


 何を話してるのか分からないが、もう少し行けば道は三つに別れる。

 ボス部屋へ行くならこの先を右なのだが、宝箱を目指すなら左に曲がらなければならない。


 透かさず、前を歩く女の肩を軽く叩く。


「ん? みんな、止まりな!! 何だい九六〇?」

『宝かボス、どっちに行けばいい?』


 言葉が通じない以上、会話はジェスチャーか、獣皮紙に画かれた絵に限られる。


 剣と剣を合わせた絵がボス部屋。宝はそのまんま宝箱と、絵を指し道を示す。


「右はボス部屋かい? もちろん先に宝だねぇ、次を左に曲りな!!」

「「「へぇ」」」


 行く先はすぐ決まったらしい。歩き出すまで時間はかからなかった。


 分かれ道の前で、先導するゴブリンが足を止めて振り返る。


『……お前、洞窟内でそれは自殺行為だろ?』


 攻略が上手くいきすぎて図に乗っているのか、油断が生じ、身を危険に晒す行為を平気でやってのける。


「どうしたんだい、ゴドリア?」

「姐さん。道が三つあるんですが?」

「道が三つ?」


 周りも周りだ。


 あろうことか、誰一人としてコイツを注意しようとしない。

 先頭のゴブリンだけじゃない。ここにいる全員が危険な状態に今、晒されてるのに気づいてさえいない。

 メンバー全員が浮かれてやがる証拠だ。


「九六〇、これはどういうことだい?」

「おい、死神!! 聞いてるのが!?」

『……ん? どうかしたのか?』


 何故か皆が俺を見てる。


「アンタ、さっき右か左ってアタシに言ってなかったかい?」

「道、三つ。中、何だ?」


 ああ、言ってなかったな。

 オーガの男が指差す方は、


「……行き止まりねぇ。因みに、ドクロ。

 行けば死ぬってかい?」

「嘘をつぐな!! 姐さん!! ごいつ、何が隠してやがりますぜ!?」

『お、おい待て!? こっちに来んな!!

 お前が持ち場から離れたら皆が危険だろうが!!』

「やはり!? こいつ嘘ついてやがった!!」

「待ちなさい、ゴドリア!!」

「オルクの兄貴!? 何で止めるんだ!?

 あの慌てようは嘘がバレたがらに違いねぇ!!」

「私もあなたと同じですよ。死神の全てを信じてるわけではありません」

「だったら!!──」

「あなたは早急すぎる。悪いクセです。

 ププ? あなたの魔法で、この先に何があるか探れますか?」

「……ああ」


 ん? お、おおっ!? こんな所に居たのかコイツインプ

 全く姿が見えねーなと思ったら、オーガの背中って……てっきり、袋でも背負ってんのかと勘違いしちまった。


「どうですか?」

「……強敵。……死神の言う通り」

「分かりました。ゴドリア?」

「……ああ」

「よろしい。納得しましたね? 死神」

『あん? 呼んだ……のか?』

「あなたを疑ってました。この通り」

『おお!?』

「オルクの兄貴!?」


 何故に、俺へと頭を下げてんのか分からんのだが……。

 アンタの後ろのゴブリンが、凄い形相で歯ぎしりしてんだよ。


 早く頭を上げてくれ、豚さん!!


「オルク、アンタ何時まで頭を下げてるつもりだい?

 それに、ゴドリア。もう分かっただろ?

 さっさと、左へ進みな」

「……へぇ」


 ゴブリンゴドリアの先導で、左へと進み始める。

 その後ろをオーガオーギと、その背中のインプププが続く。

 更には、オークオルク魔人飼い主と続いて、恐らくノーマルであろう荷物持ち。


 魔族の五人で組んだパーティーと、プラス俺。


 やはり、種族が違うせいか、特にゴブリンのヤツと仲良くなるには、もう少し時間がかかりそうだかかりそうだ。

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