アイツと俺と、間に彼女

仲咲香里

アイツと俺と、間に彼女

 嫉妬した。

 アイツにめちゃくちゃ嫉妬した。


 いや、アイツに嫉妬するのは、よくあることなんだけど。

 今日は、さすがに……っ!



 俺、須賀すが雅樹まさきが、アイツに初めて会ったのは、一年前。

 歳も、地位も、経済力も、人生経験も、俺より上で、何一つ俺が敵うものなんか無いと思った。


 まあ、考えようによっちゃ、俺の方が若くて、これから伸び代のある分、将来を有望視された男だとも言えるけども。

 アイツに言えば、きっと鼻で笑われるに違いない。


 それより何より、アイツは、俺よりも彼女の近くにいた。

 アイツが彼女の側にいた年数イコール、彼女の年齢なわけで、俺が見たことのない小さな頃から、彼女の事を知っている。


 それは、今更どうしようもないけれど。



 俺が彼女、姫木ひめき有紗ありさと初めて出会ったのは、ちょうど五年前。

 今の会社に入社してすぐの新人研修で、同じ新入社員として。

 完全に俺の一目惚れだった。

 彼女に彼氏がいるかどうかなんて、確かめもせずに、研修最終日に、ただの勢いで告った。


「ひ、姫木さん! 付き合ってください! よろしくお願いします!」

「ごめんなさい!」


 見事に振られた。

 何なら少々被せ気味で、前のめりの俺に軽く引いてた気がするけど、俺は極度の緊張で、あまりよく覚えていない。

 理由は、付き合ってる人がいるから、って。

 彼女の、幼馴染らしい……。

 名前を教えてもらった気もするが、それも覚えていない。

 俺は文字通り、燃え尽きていたし……。



 ……だよな?

 名前に『姫』が付くのも納得できる位、こんなに綺麗だもんな。

 男がほっとくわけ、彼氏がいないわけ、ないよな……。


 マジか。

 いたんだ、彼氏……。

 え、なんで?

 なんでいんの?


 なんで、そいつと、そんな幸せそうな顔して、今夜のデートの電話なんてしてんの?



 その日、理由を知らない同期と、朝までヤケ酒を飲んで、そして、俺は吹っ切れた——。



 ここは、長期戦に切り替えるべきだ。

 うん、そうだ、それしかない。



 そこから四年間、俺は、彼女にアプローチし続けた。

 言っとくけど、別にストーカーになったわけじゃない。

 親しくなる努力をしただけだ。


 彼女の出席する同期の飲み会とか、会社のイベントなんかには、必ず出席したり、彼女が仕事でミスした時には、励ましてみたり。

 俺の面識のない、アイツとケンカしたって言われた時には、話しを聞いたりしただけだ。


 その頃には、何故か、一番仲良い同期あたりには、俺の密かな想いがバレていて、無謀だの、無理だの、身の程知らずだの、同期とは思えないご意見を、散々浴びせていただいた。


 それで諦めるくらいなら、長期戦に持ち込んだりしない。



 そして、一年前、ついにアイツを紹介された。


 俺の彼女への想いは、五年分も溢れているんだ。

 たかが五年だろ、こっちは二十八年だって、アイツは笑うかもしれないけど、でも、彼女への想いだけは、誰にも負けない自信がある。


 だから、俺が着替えを終えて、期待いっぱいで彼女の部屋に入った今、なんでそこにいるんだよ!

 ここのセキュリティ、どうなってんの?

 いや、この場合、セキュリティは関係ないかもしれないけど……。



 俺と目が合うと、丁寧に頭を下げながら、アイツが真剣な顔で言った。


「有紗のこと、よろしく頼む。雅樹」


 そんな今まで見たことない顔で言われたら、こっちも改まって、挨拶するしかないっつーの。


「有紗さんは、俺が必ず幸せにします。だから、安心してください」


 アイツは頭を上げると、いつもの顔に戻って言った。


「……なーんて、俺が言うと思うか! だいたい、雅樹! お前にそんな台詞、百年早いわ!」


「あー、それなら俺も、有紗はもう俺のものなんだから、潔く身を引け、の方が良かったですね」


「ちょっと、二人ともっ、今日一日くらい仲良くしてよ!」



 泣きそうな顔で、困惑する有紗には悪いけど、今日は譲るわけにはいかないんだ。

 一時間後には、俺より先に、彼女と腕組んで、特別な道を歩くくせに!


 だから、二人で何着も試着して決めた、彼女に一番似合う、純白のドレスを身に纏った姿は、俺が一番最初に見たかったのに!


 でも。


 アイツが彼女と過ごした時間より、今日からは、俺と彼女の二人で紡いで行く時間の方が、きっと、長くなるはずだ——。


 しょーがねーから、アイツの顔を見に、ちょいちょい有紗の実家に帰ってやるかな。


 今度は、アイツが俺に嫉妬するような、土産話でもたくさん用意して。


 楽しみに待ってろよ、


 お義父とうさん?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アイツと俺と、間に彼女 仲咲香里 @naka_saki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ