第8話 蒔村隼の、懐かしいにおい

 蒔村隼は、ボイジャーの成果をすべてJAXAに放り投げ、炊飯器、空調機の権利関係をすべて郡上重工業に対して放棄し、都会を離れ田舎に帰った。もう二度と海に近づくものか。ポッドは着水後すぐに沈み、空腹で、寒く暗く2日もがいた地獄を思い出すと今でもぞっとする。

マイとレイは、その時ポッドに残ったまま沈んでいった。ボイジャーの記録は、首から隼がぶら下げていたため残されたが。

数年の月日が過ぎたが、金だけはいくらでもあるので、米を作り、自然の中で生きていた。かまどで火を起こし、湿っぽかったり刺すような冷たさの自然の空気の中で暮らしていた。宇宙の果てで、人工知能を積んだ「ヒトを駄目にする炊飯器」「ヒトを駄目にする空調機」と4年生きたとは今では幻想の彼方だった。だが、今でも思い出す。あの時、レイは空調機だてらに愛していると言ってきた。それは本当だろうか。いまでは確認のしようがない。

 いまや、隼は魂を抜かれ機械のように生き、機械からひたすら離れていた。すべての機器にAIが搭載されているため、どうしても思い出してしまうから。本当に、駄目なヒトになってしまったものだ。


 飯炊き釜が割れた。

 そんなことがあるものか、と思うが、この古民家、江戸時代から同じ釜を使っていたらしく、それでは仕方ないのかもと麓の街に電話をする。修理のものが向かうから、と。ついでになにか家電は買わないかと聞かれるも、無視して縁側でぼうっと風に吹かれていた。


 目が覚めると、どこかから良い、米が炊ける匂いが自然のものではない冷風にのって鼻腔をくすぐる。懐かしい、二人の面影。

 振り向けば、修理のものという二人の女性が立っていた。隼の姿を見ると、黒く長いポニーテールの女性が抱きついてきて、青い髪の女性の髪がピンク色に染まった。

もう一度、駄目なヒトになるか。

おかえりと、二人にそう微笑みかけた。


おしまい


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

食う寝るところ、住むところ、といっしょ 井守千尋 @igamichihiro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ