のぞき穴
黒弐 仁
のぞき穴
毎年夏になると田舎にある父方の祖母の家に行くのが我が家の毎年の恒例行事だった。
父方の親戚は多く、祖母の家に行くと必ずと言っていいほどいとこ達と祖母の家の中でかくれんぼをして遊んだ。
いつの頃だったか、かくれんぼをしていた時に押し入れの中に隠れていたことがあった。押し入れの中なんてすぐに見つかりそうな気もするけれど、その時は何故か中々鬼が見つけに来なかった。
隠れ続けることに飽き始め、押し入れの中を探り始めた僕は、どうやら押し入れの中から屋根裏へと行けることが分かった。
好奇心旺盛だった僕はかくれんぼのことなどどうでもよくなり、屋根裏を探検してみることにした。
屋根裏は酷く埃っぽく、とてもカビ臭かった。また、想像以上に暗く、ほとんど手探りでしか進めないような状態だったうえに、立ち上がれるほどの高さはなかったため匍匐前進でしか移動をすることができなかった。
周りを見てみると、奥の方の暗闇の中に下から出てきている一筋の光があるのを発見し、僕はそれに向かって移動した。
近づいてみて分かったが、どうやら天井に穴が開いているらしく真下にある部屋の明かりがそこから漏れているようだった。
僕は何の気なしにその穴を覗いてみた。
穴は小さく、部屋の全体を見ることはできなくて、見れたのはほぼ真下の光景だった。
見えたのは真っ白な床だった。
こんな部屋なんてあったっけ?
祖母の家は昔ながらの家屋といった感じの古い家だったので、目がくらむような白さの床がある部屋など想像できなかった。
しばらくじっと見ていると、その真っ白な床の上を時々何か黒いものが移動していくのが見えた。
注意してよく見ていると、どうやらその黒いものは球体であることが分かった。それが音もなく、真っ白な床の上をコロコロと転がっているのだ。
その黒い球体からは生物的なものは感じられなかった。転がる以外に決まった動きをしない上に、転がっていく方向も一定だった。
僕は訳が分からなくて、しばらくその異様な光景を見続けていたが、やがて真っ暗になり何も見えなくなった。
それから元の押し入れへと戻ろうとしたけれども、視界は相変わらず真っ暗で結局押し入れに戻るころには夕飯の時間になっていて両親にはひどく怒られた。
夕飯が終わった後に祖母に例の部屋のことを話してみた。
けれど、帰ってきた答えは、そんな部屋などこの家にはないというものだった。
僕は必死になって本当だということを説明したかった。だけれども、最終的には僕が押し入れの中に隠れているうちに眠って変な夢を見たということで片づけられてしまった。
次の日には自分の家へ帰ることになっていたので、僕はもやもやしたまま祖母の家を去ることになった。
次の年の夏、祖母の家にやってきた僕は荷物を置いて落ち着くと、さっそくあの押し入れから、屋根裏へと入り、例のあののぞき穴を覗いてみた。
そこにはやはりあの真っ白な床があった。前の時と違うのは、見えたのは黒い球体ではなく、空中を漂う無数の何かだった。
それは蝶や蛾のようにふわふわと飛び交っていた。しかしよく見てみると半透明で、虫のように羽ばたいている様子は見られなかった。
しばらく見ているうちに、そのうちの一つが床に落ちていった。その瞬間、
パシャ…
そんな音を立てたかと思うとその漂っていたものは破裂し、白い床のそれが落ちていった場所がまるで投げやりにペンキでも塗ったかのように緑色に染まった。
パシャ…パシャ…パシャ…パシャ…パシャ…パシャ…パシャ…パシャ…パシャ…パシャ…
見続けていると次々にそれは落ちていき、白い床を染めていった。その色は緑の一色ではなく、赤、青、紫、黄色など様々な色に染め上げていった。
しばらくその光景を見ているとやはり急に真っ暗になり見えなくなってしまった。
次の日、早く起きた僕は再びあののぞき穴を覗こうと屋根裏へといった。
しかし、あののぞき穴を見つけることはできなかった。きっとあれは、祖母の家に来た時に一回だけ見られるものなのだろうと僕は一人で納得した。
それからも僕は祖母の家へと行くたびにそののぞき穴から不思議な光景を見た。覗くたびにそこから見える光景は変わったが、そのどれもが普段の生活ではまず見ることのないものだった。
僕の中ではいつの間にか、そののぞき穴を覗くことが祖母の家へと行く理由となっていた。
中学の時を境に、しばらく祖母の家へと行けないことが続いた。そして今年の夏、僕は久々に祖母の家へと行くことになった。多分、3年ぶりくらい。
あのころに比べると随分と体も大きくなっているから昔に比べると、すべてが小さくなっているように見えた。
久々に会う親戚たちと話に華を咲かしているうちに夜も遅くなってきたので、そろそろ寝ようと思ったその時にふとあののぞき穴のことを思い出した。
まだあれはあそこにあるのだろうか。あの部屋は一体何だったんだろうか。そもそも部屋は実在するのだろうか。もしかしたら、やはり僕はあの時変な夢でも見ていたのではないのだろうか。
そんな思いが次々に頭の中を駆け巡り、僕は我慢できなくなってあの押し入れから屋根裏へと入っていった。
3年も経ち体も大きくなっていることから、屋根裏は想像以上の閉塞感があったが、何とか移動はできた。
そして少し進んだところに、下から出る一筋の光を見つけた。
あれだ。あそこにあの穴があるんだ。
僕はその光のところまで行き、穴から下を覗いてみた。
見えたのは人の後ろ頭だった。長く艶やかな髪の毛が、その人は女であることが分かる。
下を向いてしきりに頭を揺さぶっているが、具体的に何をしているのかは全く分からなかった。
角度を変えてみてみようと思い、僕は少し自分の体を動かした。その時、
ミシッ…
僕のいる位置で鈍い音が鳴った。音にしてみれば決して大きくはなかったはずだ。だけれどもその瞬間、下を向いていたその顔がものすごい速さでこっちに向いた。
その顔が見えた時、心臓が止まるかと思うような恐怖に包まれた。
肌の色は床と同じくらいに真っ白。そしてその顔には、目がついてなかったんだ。目のついていた痕跡とか、そういうのも一切なく本来目のある位置には真っ白な肌があるだけだった。
そしてもう一つ。口だ。普通の人間とは違い、横ではなく縦に割れていて、大きく広がっている口には鋭い剣山のような歯は横に伸びているのが分かった。
恐怖によって反射的に、僕は体をのけぞらせようとした。
…きっと、色々な理由があったんだろう。
僕が昔と比べて体重が重くなっていたこと。祖母の家が全体的に古くなっていたこと。一気に大きく体を動かそうとしたこと。
その他にも様々な理由があったのだろう。 そしてその全ての要因が、最悪の結果を招いてしまったのだ。
バキッ!!!メキメキメキッ!!!!!
激しい音を立てて、僕のいる位置の天井が抜けたのだった。
そのまま落ちた僕は床に叩きつけられ、激痛で体を動かすことができなくなってしまった。
だけれど意識ははっきりしておりその目の前の光景にただただ驚愕した。
なんだ…この空間は…
僕の目の前に広がっていたのは、部屋ではなかった。壁も何もない、ただ真っ白な空間。
また、屋根裏から覗いていた時には何故だか気づかなかったけれど、床から天井まで3メートルはある。僕が開けた穴はかなり高い位置にあって、ここからだとどうやっても届きそうにない。
どうしようっ…一体、どうすれば…
猛烈に焦り、何か打開策はないかと考えるけれど、いい考えは何一つ思い浮かばない…。
そうしている間に化け物は僕に近づいてくる。
思わず僕は後ずさろうとするが、どうやら落っこちた際に足の骨が折れたらしく激痛が走り動くことができない。
化け物の顔が僕の顔を覗き込んできた。目は見当たらないはずなのにじっと僕のことを見ている。
そして、そのままさっきのように頭をしきりに揺らし始めた。その光景を見ているうちに僕は意識が遠くなっていった。
あれ?僕は一体、何をしていたんだろう。
というよりここはどこなんだろう。そもそも僕は何なのだろう。思い出せない。
さて、これからどうしよう。取り敢えず、移動してどこかに行けば何か分かるかな。
なんだか、あっちの方に何かある気がする。呼ばれている気がする。
そんなことを考えて、僕は黒い球体の形をした自分の体を転がして移動を開始した。
のぞき穴 黒弐 仁 @Clonidine
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