最終話 九重波留は、電波にモテる。

貴士たかし!あそこ!』

「あ、居た居た。おい、波留はる。なんだそれ」

「あ、三國みくにさんんー、ちょっと助けてくださいぃー」


 三國さんと合流すべく、待ち合わせ場所で待っていると、突然集まってきた電波たちが僕を取り囲んだ。

 若干、ピリピリと微妙に痺れる電波を発するコたちに、キャスは触れることが出来ず、三國さんを呼びに行ってもらってから数分後、僕の先輩の三國みくに貴士たかしは驚いた顔をしながら駆け寄ってくる。


「急に圏外になったと思ったら、お前ら、波留にくっついてたのか」


 三國さんが呆れながら手に持っていた端末を僕の周りの電波達に見せれば、そのコ達は『!』と端末に気がついたらしく、ぱぱぱぱ、と全員が僕から離れていく。


波留はる!大丈夫?!』


 慌てた様子で駆け寄るキャスに、「大丈夫ですよ」と告げれば、キャスがほっと胸をなでおろす。


『キャス、貴女は怪我は?』

『リック、大丈夫。ありがとう』

『いえ、無事ならいいの』


 キャスの手を取ったのは、三國みくにさんの相棒の電波で、彼女の名前はリック。元はパラボナアンテナの電波で、キャスとの相性は非常に良く、2人は触れ合ってもお互いが怪我をすることは無い。


「それにしても…本当に波留はるは電波にモテるよな」


 クックッ、と可笑しそうに笑う三國さんに、「嬉しいやら悲しいやら…」と言葉を返せば、三國さんはまた「ハハッ」と愉快そうに笑っている。


「ついこの間も、六沢ろくさわさんと八嶋やしまさんに同じようなことを言われました」


 少しだけ痺れている右手をぷらぷらと振りながら言えば、三國さんが「へぇ?」と興味深そうな声を出す。


 リックくんと話し始めたキャスを見ながら、六沢さんと八嶋さんの話をしつつ首を傾げる。


「でも、僕に彼女が出来ない理由と、キャスが繋がることがよく分からなくて…」


 何でキャスの話が?と首を傾げた僕に、「ま、波留ならそうなるわな」と三國さんがクツクツと笑っている。


四季しきがその場に居たらもっと面白かったのに」

「え、何故ここで、柳屋やなぎやさんの名前が」

「何でだろうなぁ」

「え、ちょっ?!三國さん?!ますます訳が分からないんですが!」

「ま、悩め悩め、若者ー」


 ガッ、と僕の肩に腕をまわし歩き出した三國さんに、連行されるような形で歩き出した僕を、キャスとリックくんはクスクスと小さく笑い、2人はのんびりと僕たちの背を追った。


「お、お、お、つかれ!九重ここのえ!」

「あ、お疲れ様です。柳屋さん」


 暫く歩いた先に居た柳屋やなぎや四季しきさんがバッ、と大きく手を振って僕の名前を呼ぶ。


「今日も元気ですね。柳屋さん」

「あ、そう、かな」

「元気っつうかうるせぇけどな」

「三國?!」

「クックッ」


 柳屋さんの元気の良い挨拶に、思わずふふ、と笑いが溢れれば、柳屋さんも嬉しそうに笑い、その様子を見た三國さんがクツクツと愉快そうに笑っている。


『四季!久しぶり!』

「キャスちゃん、久しぶり」


 ひょこ、と僕の後ろから顔を出して嬉しそうに言うキャスに、柳屋さんもまた嬉しそうに答える。

 キャスやリックくん達の姿や声が視えない柳屋さんは、データ化された姿をメガネを通して確認し、スピーカーを通して声を聞いている。


『四季、何か今日、いつもと違うね!ね、波留』

「キャ、キャスちゃんっ!」


 クン、とキャスに袖をひかれ、改めて柳屋さんを見るものの、いつもと何処かが違う。


「確かにいつもと違いますね。あ!」


 ジッ、と柳屋さんに近づいて彼女の目を見れば、彼女の瞼を彩る色が、いつもと違う。


「アイカラー、でしたっけ?それが違いま」

「うわぁぁぁああ?!!」

「柳屋さん?!ゴフウッ」


 分かった!とニッコリと笑いながら目の前の柳屋さんに言えば、柳屋さんの頬が真っ赤に染まり、叫び声の直後、腹部に衝撃を感じた僕の、その後の記憶は、そこで一旦途切れた。




波留はる


 一筋の光のような声に、目を開ければ、キャスがホッとしたような顔で、僕を見ている。


「キャス?どうしました?」


 ピタ、と彼女の頬に触れば、キャスの身体がぴくり、と動く。


『起きてくれないのかと、思った』


 俯いたままの、彼女の声に元気が無い。

 多分、前に任務中に怪我をした時のことを思い出しているのだろう。


「キャス。僕、そんな簡単に死にませんから、大丈夫ですって」


 よいしょ、とソファに寝かされていた身体を起こしながら言えば、『でも』とキャスの小さな声が聞こえる。


『上から見てたもの。人間は、簡単に死んじゃう。波留だって、電波ばっかり惹き寄せるけど、波留だって人間だもの。急に、死んじゃうかも知れないじゃない』


 ふるふる、とキャスの手が小刻みに震える。

 その手に、そ、っと触れた時、キャスの身体がビクッと大きく揺れる。


「でも、君は、僕を簡単には死なせないでしょう?危なくなったら、誰かを呼んできてくれる。僕は君とそう約束をしました。さっき、ちゃんと約束守ってくれたじゃないですか」


 前に、怪我をした時、暫く立ち直らなかったキャスと、そういう約束をした。

 だから今回も、まぁ、倒れたのは、柳屋さんの少し強めのパンチで、ちょっとした不可抗力で、気絶したのは僕が受け身を取れなかったからなので、どうしようも出来なかったのだけど、でも、さっき、電波たちに囲まれた時は、慌てて三國さんを呼んできてくれた。


『でも』

「柳屋さんは仲間を大切にする人です。仲間を殺したりなんてしませんよ。だから、大丈夫」


 手をもう一度握り直し、「ね?」と声をかければ、『波留のバカ!』とキャスが勢いよく抱きついてくる。


九重ここのえ!」


 バタン!と大きな音とともに、部屋のドアを開いたのは柳屋さんで、「あ、柳屋さん」と彼女の名前を呟いた瞬間、ダッ、と彼女がこちらへ駆け寄ってくる。


「ごめん!」


 バッ、と頭を下げた柳屋さんに、「大丈夫ですよ」と笑顔で答えれば、柳屋さんの目が、じわぁ、と潤んでいく。


「え、え?!柳屋さん?!どっか痛いんですか?」

「違っ、ちがうっ、すまん、何でも無いんだ」


 グッ、と袖で涙を抜くった柳屋さんの手を思わず握りしめる。


「目、擦ると赤くなるから」

「っ?!」

「あ、ごめん」


 ぼっと耳まで紅くなった柳屋さんに、思わず謝りながら手を離せば、『四季しき!』とキャスが僕に抱きつきながら、柳屋さんの名前を呼ぶ。


『四季にだって、波留はるはあげないんだから!』

「キャス?」

「わ、私だって負けないからな!」

「えっと、柳屋さん?!」


 ぎゅ、と僕の腕に抱きついているキャスの力が強まる。と同時に、「九重!」と目の前にきた柳屋さんに名前を強く呼ばれ、「はい?!」と思わず背筋を伸ばす。


四季しき、だ!」

「……へ?」

「私の名前は、四季、だ」

「えっと……存じてま」

「四季」


 ぐんと近づく柳屋さんの瞳に、自分の姿が映り込む。


「柳屋さ」

「四季」

「………四季、さん?」

「ああ」

「えっと、つまりは」


 名前で、呼べと?と首を傾げる僕とは違い、目の前で嬉しそうな表情で頷く柳屋さんに、僕のキャパシティはオーバーしそうになる。


 ……誰か……!と心の中で、全力で誰かしらに助けを求めれば「お、修羅場か?」と呑気な声が少し離れたところから聞こえる。


三國みくにさん!!」

「よ、波留、モテ期到来だな?」

「違っ」

『波留は渡さないもん!』

「私だって!」


 僕を間に挟んで言い争いを始めるキャスと四季さんに、僕は「三國さあぁあん!」と先輩に助けを求めるものの、三國さんはクツクツと笑うだけで何もしてくれない。



『波留はアタシを選ぶもん!』

「九重次第だ!」

『でも、四季じゃない!』

「キャスでもない!」



 九重波留、年齢イコール彼女居ない歴だった、彼は、電波にだけはずっとモテていた。

 けれど、どうやら、人生初のモテ期に突入したらしい。



 彼の物語は、まだまだ続く、のかもしれない。






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九重波留は、電波にモテる。 渚乃雫 @Shizuku_N

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