第5話 モテる条件は揃っている。
「お、
「八嶋さん、おはようございます」
「おはよー。もっとゆっくりすればいいのに。課長から早く来いとも言われてないだろう?」
六沢さんとの任務から一夜明け、報告書の作成にデスクへ来れば、コーヒーを片手に現れた夜勤明けの八嶋さんと出会う。
「部屋に居てもすること無いですし…他にも溜まってる仕事もありますし。それに、もし万が一にでも早く終われば早く帰れますし」
「お?珍しいね。波留くんが早く帰るなんて。はっ?!まさか、おっさんを裏切ってデートじゃないでしょうね?!」
はっ!という顔をしながら言う八嶋さんに「違います」と即答すれば、「何だ、違うの」と何故か嬉々とした顔をされる。
「って、何で八嶋さんが嬉しそうな顔をしているんですか」
八嶋さんの表情に、クス、と笑いながら問いかければ、「だってさあ」と八嶋さんが唇を尖らせながら言葉を続ける。
「波留くん、彼女が出来たら絶対、おっさんと遊んでくれなくなるでしょ。ご飯も呑みも付き合ってくれなくなるでしょ。そんなのつまんないじゃん。
「はは…」
一課のメンバーのことを指折り数えながら言う八嶋さんに、皆のことを思い浮かべながら八嶋さんの話しに、「ええ」「まぁ」と相づちをうつ。
「そうなるとやっぱり一課のメンバーだと波留くんが一番、声かけても嫌な顔せずに行ってくれるんだものー。嫌々じゃないっていうのも、知ってるし。一緒に行ってもらえなくなるのはやっぱり寂しいじゃん」
ズズ、と珈琲を飲みながら言う八嶋さんに、ふふ、と小さく笑い声を零す。
「ま、僕が嫌々なら、まずキャスが五月蝿いですしね」
「それはあり得るね。キャスちゃん、怒ると怖そうだし」
「大丈夫ですよ。キャスはそんなに怒らないですから」
八嶋さん同様に、室内にある珈琲マシーンに珈琲を取りに行きながら答えれば、「ううん」と八嶋さんの唸る声が聞こえ、振り返る。
「八嶋さん?どうしました?」
首を傾げながら八嶋さんを見れば、八嶋さんも僕を見ながら、首を傾げる。
「やっぱり謎なんだよねぇ。波留くんモテる条件は揃ってんのにね」
「はい?」
ゴゴ、と珈琲マシーンが動き出す。
「いや、ほら。顔もイケメンだし、髪だってさらさら。身長もあって、任務のために身体もそこそこ鍛えてるけど、マッチョじゃない。こう見えてIUCSIGも国際機関だから、語学力も必要だけど、それもクリアしてるじゃん?それに、波留くんは真面目だし、優しい」
「…八嶋さん?どうしたんです?」
妙に褒められると、照れる。耳が赤くなっている気はするが、とりあえず珈琲が出来上がったようだ、と八嶋さんから視線を外す。
「いや、ふと思っただけなんだけどねえ。なんで彼女出来ないのかねー?おっさんは不思議で堪らないよ」
ズズ、ともう一度、少しの音を立てて珈琲を飲んだ八嶋さんに、「ええと…」と返事に困っていると、「てゆーか、おっさんのせいじゃない?」と呆れた声が、入り口のドアから聞こえる。
「あ、
入り口ドアに寄りかかっていたのは、まだ少し眠たそうな顔をしている六沢さんで、ふあ、と彼女は小さく欠伸をしながらゆっくりと室内に入ってくる。
「おはよう、
「ミルクも、ですよね。入れときます」
「さんきゅ。九重、昨日の報告書だけど」
「ちょっと待った。そらちゃんや、波留くんに彼女が出来ないのはおっさんのせいって、どういう事さ!別におっさんは波留くんの出会いの邪魔してないよ?!」
「そうだよね?!」と八嶋さんに問いかけられ、「まぁ…そうですねぇ」とのんびりと答えていれば、「九重も九重でしょ」と六沢さんはもう一度呆れた声を出す。
「こんなおっさんと飯なんて行って何が楽しいのよ」
六沢さんがソファに腰掛けたのを見て、八嶋さんが「波留くんも楽しんでるし、別にいいじゃんさぁ」と口を尖らせながら言う。
「その辺のご飯屋で
「え、そうなの?!」
はぁ、とため息をつきながらサラっと僕について話した六沢さんに、八嶋さんが驚いた表情を浮かべて僕を見る。
「いや、別に道を聞かれたり、待ち合わせなのか、と聞かれるだけで別に…」
「えっ?!」
『
「いや…違うと思いますよ…?」
ひょい、と現れた相棒のキャスの言葉に、首を傾げながら返せば、「天然か」『うん、波留、天然なの』と六沢さんとキャスが何やら呆れたような表情で頷き合っている。
「波留くん、それ、ナンパだよ。間違いない」
「でも、八嶋さんだって、よく声かけられてるじゃないですか」
「それはほら、大人の魅力ってやつでしょ」
「無いわ。おっさんに魅力?…無いわ」
「おい、そら?!二回も言うな!傷つく!」
僕の言葉に答えた八嶋さんに、六沢さんが首を振りながらため息混じりに呟き、八嶋さんが六沢さんに抗議の声をあげる。
まぁまぁ、と八嶋さんを宥めつつ、出来上がった珈琲を六沢さんへと持っていけば、六沢さんが、自分の反対側のソファへ腰掛けているキャスをちらりと見た後、甘めに仕上がった珈琲へ口をつける。
「でも、まぁ、九重に彼女が出来ない理由は、おっさんじゃないとは思うけどね」
そう呟いた六沢さんの言葉に、「あー、それはあるかもね」と八嶋さんもキャスを見て大きく頷く。
『?』
六沢さんと八嶋さんの2人に見られ、首を傾げたキャスが、『何のこと?』と僕に問いかけるものの、僕にも何がなんだか理解が出来ない。
「さあ…何でしょう?」
キャスと同様に、首を傾げながら、2人を見れば、「気にしない」「何でも無い」と六沢さんも八嶋さんも答えてはくれない。
「…はい…?」
まぁ、必要なことであれば、後ででも言ってくれるだろう、と勝手に結論付けた僕は、さっさと仕事を始めよう、とソファから離れ、デスクへと向かう。
そんな僕の背中を、キャスが追いかけ、その様子を六沢さんと八嶋さんがふふと笑いながら見ていたことなど、僕達は知る良しも無かった。
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