第6話 見つからない指輪
俺はフィーネの言う『美味しい物』という餌に見事引っ掛かって俺らは昨日と同じハトルムの街の北東部を訪れていた。
ここハトルム北東部はいわゆる
「あのカイルさん、あっちの人がこっちをずっと見てるんですけど・・・・・・」
俺の前に立つアリサの声が心なしか少し震えている。
普通に暮らしてるとここはやっぱり怖いだろうな。
フィーネが付いてるからアリサ達は安全だが、やはり恐怖は感じるのだろう。いつもはよく喋るメイアも貧民街に入ってからは一言も話していない。
ルリは相変わらずの無表情だが、よく見ると目元が若干潤んでいる。実はルリが一番怖がってるんじゃないか?
そんな彼女達を横目に俺はいつも通り呪文を唱えて、魔方陣で位置を探った。
「我求むるは失せし物、銀に輝く小さな円環。一対となりし物の片割れの居場所を示せ」
すると魔方陣の上の指輪はアリサが立っている方、つまりさらに上を指した。
「もう少し北側だな。────フィーネ、アリサ達を連れて館まで戻れ」
館とは俺が経営する何でも屋の建物の見た目のことだ。あれはこの街でも結構な名物らしい。皆が『館』と呼ぶので定着してしまった。
結構安く売ってたから買っただけなんだが……元は貴族の別荘だったようだし目立つのだろうか。
彼女たちと別れると俺は歩く。
ハトルム北東部の貧民街のさらに奥。そこは裏貧民街と呼ばれ、裏社会の人々の溜まり場でもある。
そのため、俗に言うマフィアやギャングといった連中も多い。いつ襲われるかなんてわからない。
そんな中で、俺一人ならともかくアリサ達を守りながらなんてここでは不可能だ。そもそもここへは俺もできる限り近づきたくは無いのだ。
パンッ!
銃声なんて日常茶飯事だ。いつ自分がそれに巻き込まれるかもわからない。
なんせ一日中銃を握って撃ちまくってるような連中だからな。
そんな連中から絡まれないための予防策はある。
一つ目は絶対に目を合わせないことだ。
目を合わせればもう逃げられないと思った方がいい。それほどまでに連中は危険だ。
二つ目は───
「怪しいことをしない。なんだが・・・・・・」
俺はそんな危険な場所の道の真ん中でさらに怪しいことをしてる。
そんなことをしてるとさすがのギャング達も今は俺に絡もうとして来ない。
「今度はもう少し西・・・・・・いや、南西側か・・・・・・?わからないなこりゃー」
魔方陣の上に置いた指輪は今度は少し左下側、つまり南西側を指した。
その時だった。
────カチャリ。
後頭部に何か硬い物が押し付けられる感覚。
金属の擦れる音と感覚でわかる。これは────
まさかこんなに早く自分にその出番が来るとはね。
────銃だ。
「両手を上げろ。そして立ち上がり、こちらを向け。従わなければ即座に撃つ」
背後から聞こえてきたのは男の声だ。そして足音と影の数から人数は4人といったところか。
「さすがに分が悪いや。素直に従うからさ、今回は見逃してくんない?」
俺はおどけた調子で両手を上げ、立ち上がった。
「そうそう。素直に従ってくれれば───グボァッ!」
俺は振り向きざまに背後の奴に根心の裏拳を食らわせた。
見事に顔面に食らったそいつは地面にぶっ倒れた。
俺は即座にそいつの落とした銃を拾い、あとの3人を牽制する。
「別に俺もこの状況で勝てると思っちゃいない。俺は『働かない』をモットーに生きてるんでね。今ここで見逃してくれれば誰も血を流さずに済むが・・・・・・どうかな?」
あとの連中は少し迷っていたがそいつらも銃を下ろした。
それを見た俺も銃を下ろし、後ろ向きに歩き、裏貧民街の出口へ向かう。
俺はそのままそっと裏貧民街を出て、普通の貧民街に入った。ちなみに既に先程の銃はとある方法で破壊している。
「まさかギャング連中に目をつけられるとはね・・・・・・顔もばれたしあそこで堂々と調査するのはもう難しいかもな」
はぁ、と俺はため息をつくと見慣れた繁華街が見えて来た。
ここまで来ればもう安全だ。後ろを振り向いても誰も付いてきてはいない。実はさっき一瞬だけ誰かの視線を感じたのだけどあれは何だったのだろう?
俺はそんなことを考えつつ店に戻ることにした。
俺の家兼何でも屋の館はこの街の西の外れにある。だから今いる貧民街からは結構遠く、歩いて二十分は掛かる。
館に戻るには繁華街を通るため、そこで売ってるこの街の名物の蜂蜜パイを俺は買って帰ることにした。
普段だったらいつも結構混んでいるだろうから買いに行ったりしないのだが・・・・・・。
多分アリサ達は心配しているだろう。俺は心配掛けたそのお詫びとして買ってくことにした。
「すいませーん。普通の蜂蜜パイ二つと砂糖掛け三つくださーい」
俺が行きつけのスイーツ店に行くと案の定結構混んでいた。でも三十分足らずで注文できたから空いていた方だと言えるだろう。いつもだったら一時間とか普通に待つからな。
紙袋の中から甘い匂いが漂ってくる。
多分出来立てなのだろう。こういった店は大抵魔術で常に温めているけどこの店はそういったことは一切しない。
まだ温かいということは出来立ての印だ。
俺は冷めない内に持ち帰ろうと帰路を急いだ。
「ただいまー」
あれ、誰もいないのかな?反応が無い。
俺はそっとリビングを覗き込んだ。
するとそこには肩を寄せて眠っている三人娘と本を読んでいるフィーネがいた。
だけどフィーネがこっちをニコニコしながら見つめている。な、なんか怖いんですけど・・・・・・。
「え、えーっと……ただいま。これ、お土産ね」
そう言って俺はそっとフィーネの目の前に蜂蜜パイの入った紙袋を置いた。
それを見たフィーネの顔が少しだけ怖くなくなった。
「おかえり。彼女達ね、あなたが帰って来るの待ってたのよ。ちゃんと謝りなさいね。────で、見つかったの?指輪」
フィーネは何か期待するように聞いてきた。が、俺は首を横に振るしかできなかった。
「そう。私もね、ちょっと気になることがあってしばらく調べてたの。そしたらね面白いものを見つけたのよ」
そう言ってフィーネは一枚の紙を出した。
そこにはよくわからない記号のようなものが数多く書いてある。
「フィーネ、これは?なんかの記号というより模様みたいだけど」
そう聞くと彼女は頷いた。
「ええ。それは模様よ。あの指輪に書いてあったものと同じものよ」
俺はしまってあった指輪を取り出し、見比べた。
確かに同じだ。全く、一切の誤差無しに。
「ここまで一緒とは・・・・・・でもちょっと待ってくれ。指輪はずっと俺が持ってた。どうやってこれを書き写した?」
俺がそう聞くと、彼女は持ってた本を俺に差し出した。
それはどうやら魔術の一種である『模様』を用いた魔術を詳しく扱っているものだった。見るとかなり昔の物で、相当高度な物らしい。
「フィーネ、これをどこで手に入れた?これはその辺の本屋で売ってるような代物じゃないぞ」
俺は訝しげに聞いた。すると彼女はいかにも当然というように答えた。
「アリサ達に持ってきてもらったのよ。彼女達が通う学院からね」
そこは盲点だった。俺は頭を抱えた。フィーネがこの前じっくりと指輪を眺めていたのはこの模様を見ていたのか・・・・・・。全然気付かなかったな。
「フィーネ・・・・・・よく気づいたな、これが魔術の一種だって」
「昔ね、似たようなものを見た覚えがあってね。それでちょっと気になったのよ。それより見てこの文章」
フィーネが自慢気に言うと彼女はある一文を指差した。
そこには神話に出てきそうなことが書いてあった。
「神様に・・・・・・触媒?大きな・・・・・・ってこれじゃ穴が多過ぎて読めないじゃん」
するとフィーネはその文の先のある一単語を指差した。
そこには、『指輪』と書かれていた。
「これは・・・・・・まさかな」
俺が驚きの声を上げると今度は二つの単語を指差した。
『神』、そして『蜘蛛』。どちらも同じ文章中にあった。そして俺はこの三つの単語をつい最近聞いたばかりだった。
「カイル・・・・・・気づいたでしょ?この前の『代筆』の依頼の時、依頼人が言ってた言葉とここに書かれてることが一致してる事に」
そして、と彼女は続けた。
「そのあとに来た指輪を捜す依頼でその指輪にあった模様を調べたら全く同じ単語が出てきた。・・・・・・偶然にしてはいくらなんでも出来過ぎてると思わない?」
出来過ぎてる。
彼女がそう言うのも無理は無い。
そもそも、指輪の模様を調べたのもあくまで彼女の興味本意だったのだから。
それでもだ。そのことが書かれている文章が書いてある本はかなり昔の物で、その存在を知っている人も少ないだろう。
もちろん本当に偶然ということもありえるが・・・・・・ほぼ可能性は無いだろう。
すると彼女は何かを言おうとしていたが・・・・・・どうやら何かに中断されたようだ。
彼女の視線の先を見るとちょうど三人娘が起きたところだった。
仕方ない。続きは甘い蜂蜜パイ食べてからだ。
俺はそう思いつつ、蜂蜜パイを全員に渡した。
すぐに甘い匂いが広がり、ついさっきまでの重い雰囲気は完全にどこかへ行ってしまったようだった。
グータラ何でも屋はなんだかんだで無双する 文月 @RingoKitune
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