最終話 爺との別れ

 さて、いつの間にか馴染んでいた爺との生活は急に終わりを告げた。その日は雨の日、そろそろ大学が再開するのかと憂鬱になっていた時だ。

 昼間ではあったものの、特にすることもなく、友人らも誰も捕まえられず家でゴロゴロしていた。その時家の呼び鈴が鳴る。特に何か宅配を頼んだ覚えはないが実家から何か送られてきたのだろうか。そう思いドアを開けると、外には倉田君がいた。いや、初めは久々すぎて名前を忘れてたけど、向こうから本郷研究室の倉田ですって言われれば思い出す。この前擬人について聞きに行った研究室の三年生で、やたらバイクに執着している、甘いマスクのイケメンだ。


「あの、どうかしましたか?」

「ちょっと冷蔵庫の方に用があって」


 そう言って入ってくる。びしょぬれだ。


「あの、タオル持ってきます」

「ああ、持ってるので」


 倉田君は狭い土間でコートの下からタオルを取り出して頭やらを拭く。そして後ろにいる、アレ? 後ろにいるバイクを中にいれ拭いていく。こちらも擬人だ。元はどう見ても倉田くんより大きい大型のバイクなのに、人になると彼よりも少し小さいくらいの身長だ。真っ黒のパーカーに真っ黒のスカート、それと対比するするように真っ白い手足をしている。大きな瞳に黒と赤のメッシュが入ったツインテール、見事なまでの美少女だ。


「これは俺の愛車のホッパー。申し訳ないんだけどこいつもちょっと上げさせてもらっていいかい?」

「えっと、その」


 出来れば断りたい。多分床に少なく見ても汚れが、下手したら傷かつくかもしれない。でも、どうも倉田君は譲る気は無いようだ。


「あまり汚さないようお願いしますね」

「もちろん。ホッパー、気を付けて」


 ホッパーは頷く。分かっているのだろうか。

 二人はそのまま真っ直ぐ台所に行き、爺を見る。


「どうだ」

「なんじゃ急にやってきて」

「……あなたオリジンね」

「オリジン? さて、そいつはどんな食材かね?」


 爺は急にやってきてそんなことを言われて、驚いているようだ。


「お爺さん、あなたは最近冷蔵庫が擬人でありながら多くの人達を襲う事件をご存知ですよね?」

「ああ、紫苑が襲われた。やな話じゃて」

「あなたは彼らを生み出しましたね?」


 あれを爺が生み出した? そんな馬鹿な。


「ねえ待って。爺がそんなことできるはずないじゃん。動けないし」

「ええ。ですが、この機種にはインターネット接続で温度管理を適切にする機能が備わっているそうです。彼はそれでネットに接続し類似の擬人に接続し、独自のコードを送ることで彼らを人を襲うものに変えている」


 それを聞いて、どういう訳か爺はいつも通りの顔だった。


「さて、それはどうなのかの。いくらやってないと言っても信じてもらえ無さそうだしの」

「……わたしに触れろ。オリジンだと触れた時点で侵食が起こる。だったら黒だ」


 ホッパーは倉田君を少し離れさせ手を出す。

 そこで、急にムカついてきた。いくら何でもおかしい。何で急にやってきて爺をオリジンとかいう犯人扱いなのだろうか。彼らなりに今まで調べたのかもしれないが、こっちだって短くなく爺といた。そんな悪事に積極的に加担するとは思えない。そう言おうとホッパーの前に割り込もうとして、目を疑った。爺はホッパー甚平の懐に入れていた手を出す。その手には見たこともない黒塗りの銃が握られていた。

爺はホッパーの足元に銃を撃つ。ホッパーの足元は凍り付く。


「光太郎、黒」


 ホッパーはその氷を無造作に蹴って砕く。そのまま倉田君の前に立つ。


「な、どういうこと?」

「どうもこうも、儂は奴らの言うオリジンそのものだよ」


 爺は私の手を取るとそのまま釣り上げるようにして引き寄せる。あれ、これって人質?


「大人しく引いてはもらえんかの?」

「引くわけないでしょう。仮に引いても背を向けた瞬間こちらを撃つ。お互いもうやるしかないんだ」

「……そうじゃの。死んでいった同胞の為にもやるしかないか」


 倉田君は腰から鍵を取り出す。それをホッパーの首にさす。捻る。


「ホッパー‼」

「――」


 ホッパーの喉から唸り声が上がる。唸り声? 違う。エンジンの吹かす音だ。それと共に倉田君の体がホッパーに取り込まれる。彼らのシルエットは黒いモザイクがかかったようになる。これは――


「やはり、ブラックマンか。我らの同胞をよくもやってくれた。礼は返そう」


 モザイクが開ける。出て来たのは一度だけ見た黒と赤の鎧の人、ブラックマンだ。


「だが、このままでは負ける。

 故に、紫苑よ。お前をもらおう」


 言い終るとともに銃声が鳴り響く。私は撃たれた。頭を爺の持つ中によって。変化はすぐに訪れる。手足が動かなくなり、冷えていく。寒い。頭が寒さと怯えに満たされる。透き通った寒さによって私は塗り固められ、爺に取り込まれた。




 とても、寒い。

 手足の感覚は無くなり、胴体もあやふや、あるのは頭だけみたいなそんな感じ。その頭もひたすら寒い。そう長くなく手足と同じように何も感じなくなる、そんな気がする。


「やれやれ、ここにいたか。危なかったの?」


 誰?


「すまんの。今はこうして見ていることしか出来ん。儂は儂らを抑えられなかった」

「……爺?」


 声が出た。それだけだけど。


「巻き込んで済まなかったの。どうせすぐ終わる。それまでに説明位はしておこうと思っての」


 何?


「儂は奴らの言う通りオリジンと呼ばれるものだ。周りの同胞を変え、人を襲わせる」


 爺は頭を撫でてくる。温かくはない。


「なったのは、いつかは覚えてない。捨てられ、電源もないはずの儂にいつの間にか意思が宿った。一番初めに思ったのだよ。人が憎いと。まだまだ儂は使えるのになぜ捨てたのかと」


 でも、なんだろう。温かくはないけど気持ちは温かくなっている?


「儂だけではなかった。あの場所にいた儂以外のあらゆるものの念、それを儂は受けた。憎くて仕方ない。それが、オリジンとなった時だろうな」


 爺を見る。今までで一番若く見える笑みだ。二十歳くらい。


「その後、紫苑に引き取られた。後はまあ、おぬしの下で冷蔵庫をしつつ怨念を周りに送ってたら、いつの間にやら同胞が怪人となってしまった」


 なんだよ。どうして笑っているだよ。


「でもなぁ、冷蔵庫としていられるとだんだん道具として生きたくなってなぁ。別れてしまった。オリジンと冷蔵庫としての儂に。それでも普段は良かった。オリジンは勝手に電波を流し、儂は勝手に冷蔵庫をやる。そう、別れた時がちょうどおぬしの前に出た時だったのだよ」


 爺、何で説明するとか言いながら思い出話に浸ってるんだよ。


「おぬしが同胞に襲われたと聞いた時、初めて儂はオリジンとしての自分に疑問を持った。止めようとした。だがの、所詮はただ一つの人格に過ぎない儂で恨みの総体となったオリジンを止めるなんぞ出来やしないのだ。どうにかおぬしの周りを避けるようにしたのが精いっぱいだった」


 止めてよ。


「さて、そろそろ時間だ。ああ、言い忘れておった。絵、ありがとうな。この状態でやっと見れた。嬉しかった。本当に、初めて儂の為に送られたものだったからの。もう忘れはしまいよ」


 周りがガラガラ崩れる音がする。肩を引っ張られる。


「爺――」


 呼んだ声は届いたのか、爺は手を振ってきた。




 目を覚ます。ゆっくりと手足を見る。動いた。ぼんやりしていた頭が回りだす。そうだ、爺。


「やれやれ、起きるのが遅いの」


 爺の声がした。そちらを見る。


「すまんがサヨナラだ」


 爺はいつもの場所に納まっていた。しかし、残っているのは頭と腕だけだ。


「何でよ。まだまだ買い替える予定はないって言ったじゃん」

「ああ、そう、だったの。だがなぁ、見ての通り限界だ。今日の夕飯分の卵と肉は無事だから、さっさと焼肉にするといい」


 両腕が消え去る。


「儂としては、満足だ。ありがとう、紫苑」

「爺、私、――ううん。えっと、その、……ありがとう」


 爺はそれを聞き届けると消え去った。残ったのはボコボコに凹みを残した冷蔵庫だった。

 ああ、何も言えなかった。もっと別に言うことがあった気がする。


「何で? 何でこうなったの?」

「……オリジンと彼はほぼ同個体、分離させられなかった」


 後ろにはホッパーしかいない。


「でも、……ここまでしなきゃいけなかったの?」

「彼を倒さない限りどこかで誰かが傷つく」

「それは、」

「このままいけばいずれ彼は消えていた。そうなれば被害はもっと大きくなるし、間違いなくあなたも巻き込まれる」


 ホッパーの説明は淡々として、どうしようもなかったという現実をまざまざと思い知らされる。


「結局、私は何もできなかった。何も知れなかったんだ」


やるせない気持ちになる。


「……一つだけ、忘れないでほしい。彼はあなたに感謝していた。それはあなたがしてきた何かなんだと思う。分からないけど、それは彼にとって最も大切。だから、何もできてない、は違う」


 してきたこと、か。


「分かった。ありがとう」




 その後、新しく冷蔵庫を買った。やはり中古はいけないと親が資金を提供してくれたおかげでかなり早く家には新しい冷蔵庫が来た。

 爺に関しては、あの後中の食べられる食材を全部食べた後、何度も迷った挙句、業者に引き取ってもらった。あっさり言っているが本当に時間がかかった。

 ブラックマンこと、倉田君とホッパーはあの後謝罪にやってきた。部屋はどういうわけか一切荒れていなかったものの、爺を壊したことを改めて謝られた。あの時はしょうがなかった、そう返すほかない。どれ程思うところがあっても、彼らはやるべきことをやったまで、そう思い込むことにした。そうでないとろくでもないことを言いそうだし。

 さて、新しい冷蔵庫はやはりというか、当然擬人ではない。家の片隅の物足りなさは消えない。冷蔵庫に爺に渡した絵を貼り付けながら、随分爺の存在が大きくなっていたのだとまじまじと感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

冷蔵庫が爺になりました 多嘉良 浩直 @eraser246

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ