第5話 爺との日常
「ずいぶん疲れた顔をしている」
「そりゃあ、買い物してたらよくわかんない怪人に襲われたらそうなるでしょ」
家に帰り、食材を爺に詰めつつ話す。話すのには多少慣れたけど、やっぱりこう腹が開いているというのは慣れない。やはり爺の腹が開いているというのが現実的でない。切腹か?
「食べ物が歪んでたりするのもそのせいか。割れ物は大丈夫か?」
「せいぜいめんつゆ位だけど、詰め替えようのペットボトルだから割れてなかった。割れてたらそもそも袋がダメになってたから、よかったよ」
めんつゆを台所下の棚に収める。その前に詰め替えの瓶を爺の胸を開けて取り出し中に入れていく。
「それにしてもよく無事だったの」
「運が良かったよ。ゆかりんとブラックマン?てのが助けてくれた。いなかったら、どうだろ。大怪我は少なくともしてたと思う」
それを聞いた爺は何とも言えない複雑な顔をする。爺って喋らないけどすっごくこういう感じに顔によく出る。もっとも何考えているかは分からないけど。
「さて、じゃあ米炊いて夕飯の準備しちゃいますか」
米を炊く準備をしたところでふと気が付く。
「爺さ、料理手伝ってよ」
「何を急に。冷蔵庫が料理できるわけなかろう」
「いや、腕とかで物動かしたりは出来るんでしょ? 欲しい食材出したり仕舞ったりとか、あとは野菜洗ったりとか、そういうのやってよ」
あの研究室でそんなのが資料にあったのを思い出す。とは言え、先のヴィランのせいでその情報も信頼に欠けるが。
「……まあ、出したり仕舞ったりは出来るとも。だが、それ以外は無理だな」
「何で?」
「移動できない。前も見せたがコードが短いからの」
確かに、移動できる範囲ではレンジを眺めたり棚から物を出すのが精いっぱいだろうか。
「……そう簡単に楽できないか。まあいいや。とりあえずキャベツ出して」
「あいよ」
冷えたキャベツを受け取る。水洗いをしつつ適当に爺と話す。
「あのさ、今更だけど爺は食事しないの?」
「今のところ不要なようだの。何か食べたいとかそう言ったことは一度もない」
「へえ、じゃあなんも食べないんだ」
「食べられん。冷蔵庫に胃袋は無いからの」
そりゃそうか。……?
「そうだ。何で爺って外とか分かるの?」
研究室の資料にそこら辺もあったような気がしなくもないが完全に読み飛ばしていた。
「なんて言えばいいか、いるってことが感じ取れるのだよ。目で見るとはおそらく違う。何せこっちは色が分からん。ただ、目の前に紫苑がいるんだなと分かるだけなのだよ」
「ふーん。色が分かんないのによく食材見分けられるよね」
「それはそれ、食べ物に関しては大概知っておる。大きさや重さもヒントにはなるが、やはり大体分かるのだよ」
何か目以外の方法で見ているのか。
その後も食材を出したり仕舞ったりは正確に爺が行っていた。途中で気になって中を確認したところ、私以上に整理された状態で置くべきところに食材が置かれていた。
「ほれほれ。さっさと肉を焼くがよい」
いや焼くけどさ。そんなに勝ち誇られるとなんかむかつく。
「まあまあ。これからは整理してやるから任せるがよい」
自慢げに言うのであった。
翌日になった。ニュースを見ると昨日のスーパーについて謎の人物らによる襲撃事件とされていた。視聴者投稿の映像では昨日のヴィランはしっかり映っていたが、ブラックマンの方は真っ黒いモザイクがかかったようになっていた。なるほど、確かに人型の真っ黒い影やつでブラックマンか。では、昨日私が見えたあれは――やはり擬人に関係しているのだろうか。この二体はその後スーパーの中で戦い続け、ヴィランの方が最後は爆発四散したようだ。元の冷蔵庫はそこから少し離れたところにボコボコで転がっていたが、キャスターの話だと警察とかはその人物は爆破テロだとして死んだものとしていた。
そんなのを見た後に、ボケっと爺と話しつつ家を綺麗にしたくらいでチャイムが鳴る。研究室の人らが来た。先頭にいた教授は目をキラキラさせている。
全部の調査が終わったのはやってきてから四時間後だった。長かった。長かっただけで私は特に何もしていないのだけど。なお、教授からのお礼は現金だった。同じだけバイトしても少し安いくらいだから満足ではあった。
あと、ブラックマンやあのヴィランについても聞いてみた。どちらも研究中だそうだが、ヴィランの方は最近似たのが多く出ているそうで、どうも見える人を積極的に狙ってくるので気を付けるようにと言われた。気を付けるも何もあんなのに襲われてしまえばどうにもならないと思うのだが。ブラックマンは本当に正体不明だそうだ。あれだけ研究している人でも分からないものかと驚いたものの、仕方ないのでそれ以上聞くのは止めた。
さて、その後は穏やかな日々が続いた。穏やかっていうか、何もない、バイトして、ゆかりんや他の友達とお茶したりカラオケ行ったり、絵を描いたりそんな日々だ。今までと違うのは爺が居座っているだけ。まさかこの爺のいる生活に慣れるとは想定していなかったが、慣れればただ単に冷蔵庫が喋るだけと腑に落ちた。いや、腑に落ちたわけではない。なんか難しく考えるのがどうでもよくなってきたのだ。
「爺は好きな天気とかってあるの?」
「無い。そもそも天気で性能が影響されない以上、天気なんぞに興味はない。というか、認識できない」
「そうなの?」
「あの研究者どもにも聞かれたがの、分からんものは分からん」
「へー」
手慰みに爺の絵を描いている。モデルがいると描きやすいものだ。
「じゃあ、爺にとって好きなものってないの?」
「好きなもの、と言われてもの。強いて言うなら人かの。なんせ儂にまともに感じ取れるのは人と自分の中身だけだ。どちらがいいかと言われれば、ずっと儂が冷やしているだけのものよりは外の人の方が面白いしの」
爺はピクリとも動かない。有難い。やはり動かれると困る。
「ふーん。あ、じゃあ擬人はどう見えるの? この前の調査のとき会ってたけど」
「あれか。恐らくおぬしらと同じく人型に見えたぞ。もっとも、ただのジッポだというのも見ればわかったが」
「違うの?」
「違う。あれは人ではない」
顔が強張る。指摘して元の顔に戻ってもらう。
「どう違うの?」
「どうと言われてもの。分からんか?」
「なんか元があるってのは分かるよ」
「じゃあ、それだの。どうにもそれがあると偽物臭い」
「自分はどうなのさ」
「何度も言っておるだろうに。ただの冷蔵庫、それ以上でもそれ以下でもない」
どうやら擬人が嫌いなようだ。はっきりとは言ってこないけど。
「ふう、出来た」
離してみてみる。相変わらずの自分のそれほど上手くない絵だ。でもまあ、こんなものか。
「あげるよ」
「む。これは、絵か」
「あー、見えないのか。残念」
「いや、有難い。嬉しいぞ」
爺が笑う。二十歳は若返ったような顔だな。
「さて、お絵描きもしたし歯を磨いて寝ます。お休み」
「うむ。良い夢を」
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