第4話 ヴィランと都市伝説

 買い物のために足を伸ばした先は少し距離があるスーパーだった。近くのコンビニでもよかったが、一々買いに行く方が面倒なのでこちらに来る。なお、食費的にはこちらの方が割高になることが最近分かってしまったが親から食費だけは貰えているのでこうしてスーパーに通っている。

 そういうわけで、徒歩でエコバッグ片手に着いたスーパーでは、近所のおばさま方が少しづつ集まりつつあった。これからセールの時間だからだろうか。私の場合セールで安く買った場合でも元の額面通りの値段で親に食費を求められるが、セールで何か物を手に入れる恐ろしさを知ってしまったため手を出すのは諦めた。大人しくお徳用の肉なり魚なり野菜なりを手に入れよう。時期が時期だしそうめんもいいなぁ。そう言えばめんつゆ切らしてたな。

 などと頭で買い物の内容を考えつつ買い物かご片手に物を放り込んでいく。以前カートで調子に乗っていっぱい入れたら帰りが過酷になった。教訓とはこうして得られるのだなとしみじみ思った。

 だんだん重くなる荷物に耐えているところで顔見知りを見つけた。ゆかりんだ。


「あら、紫苑。変人どもから話は聞けたかしら?」

「まあ、うん。一応何とかできる気がしてきた」

「それは良かった。これで何の参考にもなりませんでしたとかだったら流石に申し訳ないもの」


 ゆかりんはカートを使っている。原付を持っているから荷運びは楽だそうだ。


「今日は妹ちゃんいないんだ」

「そうなの。部活があるらしくてね。そろそろ家に着くころじゃないかしら」


 ゆかりんは妹と二人暮らしだそうだ。踏み入ったことは聞かない。何で一緒に東京に出て来たのかなんて気になったものの、そこら辺を聞くとはぐらかされる。


「そっか。こっちにも馴染めてるんだね」

「……そうね」


 ゆかりんと共にスーパーを巡回する。大体見るものが同じだが、大概私は安めでゆかりんは高めしか買わない。まあ、価値観の差と食費の差だろう。私の場合あんまり高いと突き返されるし。適当に研究室のことを話しつつさっさと買うものを決めてしまう。

 そんなこんなでゆかりんと買い物を済ませレジを通し、エコバッグに荷物をいかにうまく詰めるかというミッションをちょうど済ませた時に異変が起こった。スーパーの奥、鮮魚とかを扱っているゾーンから悲鳴と、物が倒れる音がしてきた。あと叫び声。

 周りの人は何事かとそちらを気にしたり寄ったり、あるいはさっさと外に向かっ

ていたりした。


「紫苑、離れましょう」

「え?」

「こっちに来てる」


 この声と同時に少し先のお菓子とかコーヒーの袋とかがある棚が横に吹き飛ばされる。棚はそのままその次の棚に倒れる。周りの人らは悲鳴を上げて逃げ出した。

 棚の先から出てきたのは、二m位のデカい人型のナニかだった。人、に見えなくもないけど髪の毛はコードで手足や胴はメタリックだ。それがスーパーで暴れている様は、紛れもなくヒーローもののヴィランだった。

 私も逃げようと出口に向かおうと走る。荷物を持って行こうとするが、無茶を悟り端にそっと置き走るのを再開する。と、そこでそのメタルなヴィランはそれまで暴れていたのに、急にこっちに向かった走ってきた。


「何でなの? 私関係ない!」


 必死に走るもののヴィランの方がデカいし早いしで一気に近寄られた。恐怖で足がもつれ転ぶ。ヴィランは腕を引き、叫びながら殴りかかってきた。そこで急に横に引っ張られる。拳は先程私がいたところにめり込む。


「立てる?」


 ゆかりんだった。彼女は空の買い物籠を持っていた。もがく様にして立ち上がる。


「あ、ありがと」

「先行って。あれは紫苑を狙ってる」


 ヴィランの二発目をどういうわけかゆかりんは籠でいなす。結果、ヴィランのパンチはゆかりんの横に流れる。


「ゆ、ゆかりん?」

「む、結構まずい」


 言われた通りその場から離れるものの、ヴィランはこっちを真っ直ぐ追いかけてくる。そこで、どういうわけか気が付く。あのヴィラン、冷蔵庫の擬人では? 擬人を見るときのあの頭にかかる独特の負担がヴィランを見ている時にもある。特に、爺を見ている時に近い。その負担を頭から追い出そうとすると、やっぱり一瞬冷蔵庫に見えた。

 擬人なら、カメラとかで撮れば外部に干渉できないというのを思い出す。慌ててスマホのカメラを取り出し、後ろに向かって録画をする。画面を見る。擬人のはずなのに、どういうわけかあのヴィラン姿で録画されている。意味が分からない。あの研究室での説明や渡された資料は嘘だったのか。

 ヴィランはゆかりんの妨害を振り切り、一気に走ってくる。ゆかりんの手にはなぜか短ドスが握られているが、そんなことよりも目の前だ。ヴィランがまたも拳を引き、こちらに殴りつける。思わず目を閉じる。

 ――? パンチは来ない。目を開けると、目の前には真っ黒い人影がいてヴィランのパンチを受け止めていた。目を凝らす。真っ黒い人影は、その実、黒と銀の妙な鎧みたいのを着ていた。頭はフルフェイスのヘルメットみたいなので丸くなってる。それが私とヴィランの間に入り込んでいた。


「オマエぇェエ、ナカマノカタギぃィイイいぃ」


 ヴィランが叫ぶ。

 人影はヴィランの懐に入ると蹴り上げた。足を見る。タイヤだ。かかとの部分にタイヤがはめ込まれている。それで蹴り上げる。体格はヴィランの方が二倍はあるのに蹴りで体が浮き上がっていた。人影は浮いた体を横に蹴りつける。ヴィランは棚を巻き込んで飛んでいった。

 茫然とする。何が何だか。あと、あの人影の方もなんか擬人みたいな感じがした。そこで腕を引っ張られる。ゆかりんだ。彼女に引きずられて店の外に出された。


「大丈夫?」

「い、今の」

「ああ、知らない? ブラックマン」

「……何それ」

「都市伝説よ。あんな風に怪物が現れたら助けてくれる正義のヒーロー、らしいわ。周りの被害は酷いものだけどね」


 ゆかりんは何事も無かったかのように言ってのける。


「そうだ、さっきは平気だったの? 庇ってくれたけど」

「あー、怪我は無いわ。服が台無しだけどね」


 ゆかりんの服はボロボロになっていた。足の方からかなり長いスリットが出来てしまっている。


「――そうだ。ゆかりんさ、さっき何かドス持ってなかった?」

「何言ってるの? そんなの持ってるわけないじゃない。今日は帰りましょうか。荷物これだったわよね」


 堂々とはぐらかされた。一方、ゆかりんはいつの間にやらカートで自分と私の荷物を外に出していたらしい。こんな時でもしっかり買い物を済ませる気なのか。


「流石だね」

「いいえ、それよりも気を付けて帰ってね? あんなのにまた襲われたら大変だから」

「……一緒に帰ってくれない?」

「流石にね。妹が心配なの」


 そりゃ、無理だ。仕方ない。荷物を持って走ろう。

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