第3話 研究室での助言

 翌日、私はゆかりんに指定されたキャンパスに時間通りに来ていた。ゆかりんは私と違い都心から少し離れた国立大学の文学部に通っている。今回言われた研究室はその大学にあるそうだ。キャンパスがまあまあ行きにくかったものの、地元の電車に比べれば本数は多いので何とか時間には間に合えた。

 研究室では研究生や教授に擬人、あの爺のような道具の人に関することについて。あの擬人は見える人と見えない人がいて見えない人やカメラがあると周りに干渉できないとか、そんな感じの特性などについて分かりやすく教わった。思わずポロっと爺の見た目が老人だといったらこっちが質問攻めにあった挙句、調査させてくれと頼まれた。疲労困憊の私はさっさと帰るために明日調査をしたいという頼みを受け入れた。

 帰りは下藤さんという四年生の人に送られた。眠そうな目つきに棒付きキャンディ口に咥え、何となく退廃的な感じが漂う美人だ。正門に着くまで、ずっと黙っていたのに、急に話しかけられた。


「今日はお疲れ様」

「いいえ、こちらこそ聞けて良かったです」

「……それ、本気?」


 どういう意味だろうか。


「いえ、あなたはあんな肩ひじ張ったものを聞きに来たのかと思ってね」

「それは……」

「これは私なりの予想なのだけれど、西城さんは家に唐突に表れた老人にどう向き合えばいいのか聞きに来たのではないかと思うの。違った?」


 それは――その通りだ。頷く。


「突然見ず知らずの人が家に現れたら驚くわよね。私にも経験があるわ」


 下藤さんはポケットからライターを取り出す。軽く振って見せる。すると、それも人の形を取った。これも擬人なのか。見た目的には三〇代位の男性だ。金髪で彫りの深い顔立ちのイケメンで、体つきもガッシリしている。凄いイケメンマッチョだ。


「私のジッポ、祖母から貰ったのだけどもね。初めて見えるようになった時は驚いたわ。今でこそこうして長く付き合っているけれど、当時は捨てようか真剣に悩んだわ」


 ジッポはこちらに一礼する。話しかけては来ない。


「で、一応先達として言えることはなるべく今まで通りに扱いなさいってことかしら。結局は見た目が変わっただけで使う点では変わらないし。ただ、意思疎通ができるのだからもう少し色々話してみてもいいかもね」

「話してみる?」

「そう。擬人はそうそうあなたを嫌わないわ。ペット感覚、とは違うけれどそれに近い感覚で接して見ればいいんじゃないかしら?」


 犬に話しかけるとか、そう言うことだろうか。


「偉そうに話してごめんなさいね。突然擬人が家に現れる経験があるのは実は私と倉田だけだけど、倉田は一切抵抗なく受け入れたからアドバイスも何も出来ないの」

「……いいえ、ありがとうございます。やっていけそうです」

「そう。それは何より。ああ、明日の調査はよろしくね」


 下藤さんはジッポを伴い颯爽と帰っていった。




 家に帰ると、暗い中で爺が居眠りしている。ただいまーと言いつつ荷物を置きに部屋へ行く。


「お帰り。ずいぶん疲れているな」


 爺が声をかけてくる。なんて返そうか詰まった。いつも通りにしろだって? いやいや、いつもは冷蔵庫は喋ってこないでしょ。


「ありがと。色々疲れた」

「うむ」


 こんな感じでいいのだろうか。難しく考えても仕方ない。適当にやろうそうしよう。難しく考えずにやっていこう。部屋に荷物を置き、夕食をどうしようかと思い冷蔵庫に向かう。


「どうかしたか?」

「中に何あったっけ?」

「卵にキャベツの残りに豆腐だな。後は飲み物やら。食べられそうなものはほとんどないぞ」

「うっそ」


 確かに言われたもの以外は調味料しかない。冷蔵庫以外を見ても米しか出てこなかった。買い出しに行かざるを得ないか。疲れているけど。


「あ、そうだ。明日研究者が来てあんたのこと調べるから」

「そりゃまた急な話だの。あれか? わしは解体されるのか?」

「多分無いよ。聞かれたこと答えたり動いたりすればいいはず」

「……そうか。それは良かった」


 心底安心したと言った様子だ。


「そんなに嫌だった?」

「いや、お前さんわしが一度捨てられているの知ってるじゃろう。今度もかと思っての」


 暫く考える。確かこれは母方の田舎に不法投棄されたのを祖父が見つけ、それを聞きつけたお父さんが使えるのを確認したうえで私の新居に持ってきたのだ。


「そう言えばそうね」

「捨てられるというのは怖いものだぞ」


 しみじみと言う。説得力あるな。


「そっか。まあ、今のところ捨てる予定はないから」

「ありがたいの」


 捨てられるのは嫌、か。まあ、分からんでもないな。


「取りあえず買い物行ってくるね」

「うむ。気を付けて行ってくるがよい」

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