第2話 頼れる友はパフェ好き
息を切らしながら件の喫茶店に入る。客はあまり多くなく、目当ての人物はすぐに見つかった。そちらの席に向かう。
「あら、かなりお早い到着ね」
「ぜぇ、ぜぇ、あの、家に、家の」
「ちょっと何言ってるか分からないわ。息が収まるまで待ちなさい」
彼女は長い黒髪をかきあげると悠々とコーヒーを飲み、読書に戻った。私が息を切らしながら席に座ると、水が置かれた。礼を言おうとして、ぜいぜいと息切れしか出来なかった。
「息切れが酷いわね。高三の体育以来ろくに動いてなさそうね」
的確な指摘にぐぅの音も出なかった。もっとも、今の状態では何も言い返せないが。確かに体がろくに動かなくなっている。まさか、この程度の距離を走るだけでここまできつい息切れに見舞われるとは思ってもみなかった。
二分ほど経過し、やっと落ち着いてきたところで目の前で本を読み続けている彼女を見る。彼女は祠堂ゆかり、高校からの親友だ。今日は白のワンピースのみという落ち着いた服装である。相変わらず絵になる奴である。もっとも一度も絵を描かせてもらったことは無いけど。以前同じ格好を見た時は本を読んでいた時も相まって文学少女然としていたが、今は大人の色気も漂わせるようになっていた。ずるいなぁ。
ゆかりんはこちらの息が落ち着いたのを見て取って本を閉じた。
「さて、久々に呼びつけられたのだけれど、一体何の用かしら?」
「ああ、うん。えっとね、驚かないで聞いてほしいんだけど」
そこでなんて説明しようか詰まった。家の冷蔵庫が爺になってた? 意味が分からないし、いくらゆかりんでもこの言い方ではまともに取り合うまい。
「何悩んでいるのかしら?」
「その、なんて言えばいいのか」
「面倒ね。思うように言ってしまいなさいな」
「あー、もう。じゃあ言うけど、家の冷蔵庫が爺になったの」
それを聞いたゆかりはゆっくりとコーヒーに口をつける。そしてカップを下す。一連の動作は相変わらず優雅なものだった。
「成程」
「な、なにが分かったの?」
「なーんにも、分かんないわ」
がくりと肩の力が抜ける。そのまま机の上に身を投げ出す。
「こらこら。はしたない」
「そだよね。いくら何でも無茶苦茶だよね」
「ええ相変わらず。ですが、その事情が分かりそうな人達なら心当たりがあったりなかったり」
がばっと身を起こす。その際に膝を打って呻く。
「じゃ、じゃあその人ら紹介して」
「……ところで、今日は暑いわね?」
そう言いながらゆかりんはメニューを開く。あぁ、この感じは。高校の頃よくゆかりんと共にこうしてどこぞの喫茶店で話している時によくやってきたあれか。
「あのさ、今一人暮らしでそんなに余裕ないっていうか」
「そう。残念」
ぱたりとメニューを閉じる。くそぅ。人の弱みに付け込みやがって。
「いいよいいよ。どれがいいんですか、ゆかりん?」
「ふふふ。そうね、このチョコパフェなんておいしそうね?」
早速そのチョコパフェを頼む。
その間にゆかりんはバッグからスマホを取り出し、凄まじい勢いでタップする。一方、私は彼女のバッグに目を引かれた。彼女のバッグは乾麺だった。インスタントラーメンにお湯をかける前の状態のあれだ。似合わない。今の彼女の服装には全く似合っていない。
「何そのバッグ?」
「いいデザインでしょう? これを提げてると男が寄りにくくなるのよ」
確かに寄らなくはなるだろうが……。いやいやいや。
「紫苑は明日時間あるかしら?」
「夜中にバイト。昼は暇」
「そう。……一時位なら大丈夫よね?」
「うん」
その後適当に近況報告をし合っているうちにチョコパフェが運ばれてきた。おいしそうだ。すごくおいしそう。でも、ゆかりんから言わない限り手を出すのは御法度、というか機嫌を損ねかねない。さりげなく黙ってアピールするに限る。
「さて、パフェも来たし説明するわね」
天辺をかっさらってく。
「私が紹介するのはあなたの陥っている事態とよく似たものを研究している研究室よ。かなり変わり者がそろったところなんだけど、少なくともそれ以外に詳しそうなところは知らないわ」
今度は周りのクッキーを食べている。
「さっきあなたのスマホにその研究室のあるキャンパスの住所を送ったわ。明日の午後一時にそこの正門で待ち合わせにしておいたから時間厳守でよろしくね」
中層と下層のクリームやらチョコの層を奥までスプーンを刺して引き上げる。おいしそう。
「そのくらいかしら。何か質問は?」
ゆかりんは話しながらも一切下品さを漂わせることなくパフェを完食していた。
「そんな……」
「あなたは分かりやすくて好きよ。でもね、今回のこれは譲れないわ」
「何で。私のお金なんだよ。少しくらい……」
「正直、あの研究室とはあんまり関わりたくないのよね。これ位貰わないと割に合わないわ」
ゆかりんがここまで関わり合いを避けようとするなんて珍しい。基本的にゆかりんは自分から避けるようにはしない。気に入らない相手には向こうから避けさせるようにするのだが。
「ふーん。じゃあなんで連絡先知ってるの?」
「確かに直接関わり合いたくはないわ。でも、傍から見る分には面白いもの」
……かなり厄介そうな気がしてきた。でも、現状ここに頼るほか無いようだ。
「ありがとう、ゆかりん。やっぱり持つべきものは友達だね」
「全くね。土産話を楽しみにしているわ」
さて、家に帰ればあの爺がいるのだろう。あとどれくらい水だけでこの喫茶店で粘れるだろうか。
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