最終部屋目 メイド服ちゃん

 そんなこんなで、俺の新生活がスタートした(おざなり感)。安彦さんの最後に言っていた事は気になったが、俺の部屋に死者の持ち物など無い。あれからも、新たな美少女仲間が続々と誕生したので、俺はその対応に忙殺され、やがて忘れていった。


「じゃあ、お米よそってくれるかな、炊飯ジャーちゃん」

「はい。大盛りですか?」

「うん、よろしく」


 夕餉の一時。俺はお茶碗を炊飯ジャーちゃんに差し出した。炊飯ジャーちゃんはダイニングテーブル上で、恥じらいながらお茶碗を受け取ると、ダンボールで拵えてあげた個室にいそいそと入っていった。


「ぜ、絶対に、中を覗いちゃダメですよ? 絶対に、絶対ですよ?」

「分かってる分かってる。ちゃんとじっとして待ってるから」


 いつもの炊飯ジャーちゃんとのやり取りだ。洗米を食べさせると、なぜかほかほかご飯に早変わりさせてくれる炊飯ジャーちゃん。炊いたご飯をどこからよそうのか悩んでいると、姿が見えないようにして欲しいとリクエストされた。


「お、お待たせ、しました」


 頬を赤く染め上げ、二合炊きボディーの彼女には結構持つのが大変であろう大盛りお茶碗を俺に渡してくれる炊飯ジャーちゃんは、何回見ても可愛い。だから、そのご飯が炊飯ジャーちゃんのどこから出てきているのかなど、俺にとっては些事なのだ。例えどこから白いほかほかご飯が出てきていたとしても、俺の炊飯ジャーちゃんへの愛は変わらないのだから。


「はい。お茶、です。熱いですから、気をつけて」

「ありがとう、ケトルちゃん」


 ケトルちゃんは、電子レンジの使い方をマスターしていた。自分でお湯を沸かせない代わりに、ケトルちゃんはお茶やコーヒーを作ってくれるようになっていた。相変わらず健気である。


 すぐに美少女化するであろうと予想していたスマホは、まだ話すら出来ていない。実はルーターちゃんと一緒に目覚めていたらしいのだが、ルーターちゃん曰く「恥ずかしいから出て来れないんだってさ」との事。


「そうなのか?」とだけ返事した俺だが、その心当たりはたくさんあった。スマホちゃんは、俺の検索履歴などを熟知しているはずだから。俺の趣味嗜好を誰よりも理解しているスマホちゃんは、どんな顔をして俺に会えばいいのか分からないのだと予想した。俺もそうだし。


「にしてもさ、ここに越して来てもう2ヶ月。早いよねー」

「そうだね、ルーターちゃん。外では絶対に俺から離れちゃダメだぞ。俺も気をつけてるけど」

「分かってるよー。あたしだって、ハルとお話出来なくなったら悲しいもん」

「そう? そうか、そっか。あはははは」

「そうだよー。うふふふふ」


 俺はルーターちゃんと仲良しになっていた。毎日キャッキャウフフとお喋りしている。……あれ? 俺のキャンパスライフ、ルーターとキャッキャウフフするはずだっけ? まあいいや。楽しいもんな。いいんだ、これで。


 メゾン美少女、か。良かった、このアパートに出逢えて。ここが、俺の居場所なんだ。かけがえのない、俺の部屋。


 しかし、状況は一変する。その前触れは何も無く、俺は何の準備も無いまま、それと対峙する事になった。


「きゃああああっ!」

「ぶはっ! なんだ? どうした、ケトルちゃん!」


 キッチンカウンターの向こうにお茶の準備をしに行っていたケトルちゃんの悲鳴が、部屋中に轟いた。俺は米粒を噴き出しながらも席を立ち、カウンターへダッシュした。1歩で着く距離だ。そこには。


「なに、コレ? ちっちゃい女の子ね、コレ。背中に把手あるし。変なの」

「あ……! お、お前、はっ!」


 ケトルちゃんの把手を掴んで振り回し、氷のような微笑を浮かべたその美しい顔を見た俺は、雷に撃たれたかのような衝撃を受け、動けなくなっていた。


「久し振りね、ハル。なに? あんた、ロリコンだったの?」

「薫……? 高畑、薫、か?」


 それは、高畑薫(たかばたかおる)という女の子。かつて俺の好きだった子であり、ケトルちゃんと出逢うきっかけを作った黒歴史そのものだった。薫は黒いメイド服に包まれて、昔のまま、全く変わらぬ姿で立っていた。


「な、何してんの、あなた! ケトルちゃんを離しなさいよ!」

「ルーターちゃん!」


 ルーターちゃんはちまちまと走り、薫の足をぽかぽかと叩いた。


「何、こいつ? 邪魔」

「きゃんっ!」


 薫にぽこっと蹴られたルーターちゃんが床を転がる。そのまま壁にぶつかったルーターちゃんは、「きゅう」と鳴いて、止まった。ただの……ただの、ルーターの姿に戻って!


「ルーターちゃん! ルーターちゃん! ……おい。嘘だろ。嘘だろおっ!」


 俺はルーターちゃんに駆け寄り、手で包むと大声で呼びかけた。しかし、返事は無い。プラスチックの質感と、通信状況を示す液晶画面の無機質さが、俺を絶望へと突き落とす。


「美樹本くん!」

「あ、安彦、さん?」


 その時、お隣の安彦さんがまたしても勝手に部屋に上がり込んで来た。


「なんて事だ。あれほど、あれほど、死者の物は持ち込むなと言ったのに!」

「え? 死者? い、いえ。薫は、死んでなんていませんよ。薫は、地元で生きてます。俺、ついこの間、向こうの友達と連絡取ったばかりです! その時、薫に彼氏出来たらしいって聞いたんですよ!」

「なんだと? ふむ。まあそれは置いといて、彼女のあの服装はどういう事だね? なぜメイド服なんだ?」

「……あ」


 思い出した。あのメイド服、文化祭の時に薫が着てたやつだ。あいつがいらないって言って教室に置いてったのを、俺がこっそり持ち帰った服だった。でもあんなん家の人間に見つかるとマズイから、俺の秘密の持ち物(性的読本等)を入れるダンボール箱に突っ込んだままだったの忘れてた。それは実家に置いておけない物なので、当然このメゾン美少女に持ち込んでいる。


 じゃあ、あれはそのメイド服が美少女化して? そんなんアリかよお!


「……まあ、言えないならそれでもいいが。心当たりはあるようだし。きみ、なかなか最低だね」

「は、ははは。あはははは」


 安彦さんは俺をじとりと横目で見た。俺はとにかく愛想笑い。笑え笑え! 笑っとけえ!


「それにしても、これはマズイぞ美樹本くん。あのメイド服、とてつもなく強い思いが篭っている。たった2ヶ月で、人間大の物が美少女化するくらいなのだから。しかもそれは、他の美少女とは共存出来ないようだ。このままでは、ケトルちゃんも炊飯ジャーちゃんも消されるぞ」

「そ、そんな!」


 言われてハッとした。あの子たちが消えると想像して、こんなに胸が痛くなるなんて。俺は、俺は。いつの間にか……!


「そ、そんなの嫌だ! どうしたらいいんですか、安彦さん? 教えて下さい!」

「……分からない。すまない、美樹本くん。あの手の物が美少女化すると、どうにか出来るのは、持ち主だけ、なのだよ。僕には、どうする事も出来ないんだ」

「安彦、さん……」


 辛そうに俯く安彦さんに、俺は何も言えなかった。安彦さんも、おそらく経験しているのだ。俺の辛さが分かるのだ。


「何よ、ハル? あんた、あたしに何か文句でもあんの?」


 昔のまま、上から目線で俺を挑発する薫。そうだな。いつも、お前はそうやって、俺を持ち物みたいに扱ったっけ。でもな、薫。俺は、もうお前の持ち物じゃあ無いんだよ。そして、持ち物には持ち物なりの思いや願いがある事だって、今の俺は知っている。


 物にだって、言いたい事はあるんだぜ!


「文句? あるとも、薫。文句ならある」

「ああーん? あんだってえ?」


 薫は耳に手を当て薄ら笑いを浮かべている。なんつームカつく顔してんねん。殴りてえ。


「文句あるっつってんだ! 俺はな、もうお前なんか好きじゃねえ! だから、これ以上俺の持ち物ちゃんたちを虐めんなあ!」

「!!」


 言ってやった。言ってやったぞ! そうさ、薫! お前なんて、ただ顔がキレイでスタイル抜群で頭が良くて、みんなに人気があるだけのお調子者で、近所の保育園や幼稚園にお遊戯指導行ったりするダンスや歌が大好きな本当は優しい子で、なんか俺にだけはやけに冷たく当たるから、俺って特別なんだとか勘違いしてたけど、やっぱりお前が俺を好きになるわけないから溜め込んでた分も一緒に吐き出してやったぜえ! おいこれ俺の方がダメージでかいぞ。


「……なによ……」

「ん?」


 すぐに激しく罵られる(ご褒美)と思い身構えた俺だったが、薫は予想に反して静かに項垂れるだけだった。


「これは……まさか?」


 安彦さんが眼鏡を外した。って、凄いイケメンだった!


「……なによ。なによ、なによ! あたしだって、あんたなんか好きじゃない! 知ってると思うけど、あんたとあたしじゃ釣り合わないんだからねっ!」

「お、おう? うん、知ってる」


 怒る薫は見慣れている。でも、いつもとは違う気がした。なんだろ、この違和感。


「何を認めてんのよ、この根性ナシ! あんたがそんな風だから、あんたがそんなんだから、だから、あたしは、あたしはっ……」

「え? え?」


 あ、あれ? 酷い事を言われているのは俺の方のはずなのに、なんで薫が泣いてるんだ? 涙がボロボロ零れてる。


「だから、あたしは、あんたに告白出来なかったのよ。あの時、あんたが今みたいに強ければ……あたし、好きって言えたのに……」


 何も言い返す事が出来ず、立ち尽くす俺の前で、薫の顔が涙と共に消えてゆく。メイド服はぱさりと落ちた。


「……薫……」


 俺はそのメイド服を拾い、抱き締めた。


 


 ――数日後。


「ふっかーつっ! ハルー! 会いたかったー!」

「おおお! ルーターちゃーん! 良かった! 良かったよおおお!」


 ルーターちゃんが復活した。部屋を元気に飛び回るルーターちゃんと、俺は一緒に走り回った。


「良かったね、美樹本くん」

「安彦さん……あの、勝手に入るのやめてくれます?」


 また安彦さんに見られていた。鍵かけといたはずなんですけど。ピッキングスキル持ってるのん?


「でも、どうして復活出来たんですかね? 薫の言ってた事も、俺、まだ全然分かりませんし」


 不本意ながら、相談出来るのは今のところこの一人だけだ。女子の微妙な恋心に無縁そうな人ではあるが、俺は一応聞いてみた。


「ルーターちゃんは、この部屋が助けてくれたのだろう。きみ、この部屋に来た日、何か感じなかったかい?」

「あ。そう言えば、笑い声がしたような。あれも美少女化の前兆だったのかなーって思ってましたけど、良く考えたら荷物入れる前だったから、まだ何にも無かったんですよね」

「それが多分、この部屋自体の声だったんだろう。まだ誰も見ていないが、この部屋もいつか美少女化するのかも知れないね」

「部屋が、美少女化? その中で生活するって事ですか? そんな馬鹿な」


 とは言ったものの、あり得そうだと思い笑えなかった。でも、もしそうなら俺はこの部屋に感謝する。ルーターちゃんを救ってくれてありがとう、と。


「あと、薫くんが言ってた事の意味なんだが」

「え? 分かるんですか?」

「そう意外そうな顔をするなよ。失敬な」

「あ、すいません。つい」

「つい、ね。いいさ。つまりは、薫くんが、きみと付き合いたくても付き合えなかった、という事だろう。きみたちの関係は、あの時限りを見ていても容易に想像出来たからね。あんな関係できみに告白し付き合う事になったとして、それは果たして本当に自分の事が好きだからなのか、と。周囲からは、まるできみを脅して付き合わせたように見えたのでは? 薫くんは、それが嫌だったんじゃないのかね?」

「……なるほど。それなら辻褄が合いますが」


 感心した。なるほど、そうかも知れない。


「でも俺、あんなに凄い女の子に好かれるほどの男じゃないです」

「そうかい? まあ、そういう事にしておこう」


 爽やかに笑う安彦さんと共に、陽射しの強くなったバルコニーに出た。そろそろ梅雨だ。色を濃くした青葉と暖かい風が、俺の心を吹き抜けていった。


「大事な、俺の持ち物たち、か」


 次はどんな子と出逢えるのだろう。俺とメゾン美少女の物語は、まだ始まったばかりだ。



          〜 END 〜





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メゾン美少女へようこそ! 仁野久洋 @kunikuny9216

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