エピローグ 除湿器ちゃんとこれからと俺たちと――
「……俺は声優、俺は声優、俺は声優」
告白の日から一ヶ月後。自宅前。
俺は独りぶつぶつと念じていた。
「だからこれは――」
浮気なんかじゃない。
そう自分に言い聞かせ、除湿器ちゃんの待つ自室へと向かった。
「おかえりな……さ、い?」
「ただいま、除湿器ちゃん」
出迎えてくれた彼女の言葉は中途半端に終わった。それは俺の表情と手にした荷物のせいだろう。
自分でも緊張していることが分かるのだから表情は険しいに違いない。そして手にした物はずっしりと重量感のある段ボールだ。
「除湿器ちゃん、コレは決して浮気なんかじゃないんだっ!!」
「…………」
俺はぺこりと頭を下げなによりも初めに断っておかないといけないことを口にした。俺は今日家電を購入してきたのだ。除湿器ちゃんは俺をじっと見つめた。
「……新しい
「うん。だけど、これは――」
「聞きたくないっ!」
「ち、違うっ! 違うんだ除湿器ちゃん!」
「買ったんでしょ⁉ 新しい除湿器を!」
「加湿器だよっ‼」
俺の叫びが部屋に木霊した。そう俺は加湿器を購入したのだった。
「……か、加湿器、なの?」
「うん、加湿器。除湿器じゃないよ」
「……な、なーんだっ‼」
そう言って除湿器ちゃんは途端にニコニコ笑顔だ。良かった。あらかじめ気合を入れておいて正解だった。
「そ、そーよねっ! あんた声優だもんね⁉ 加湿器必要よねっ⁉ なんかハマリ役で人気だもんねっ?」
誤魔化す様にまくしたてる除湿器ちゃん。あの告白の日の直後に演じたアニメの役がハマリ役で俺は現在忙しく仕事をもらえている。作品自体も好調でアニメ二期もいけるのではと噂されている。
そのキャラはロリコンで『やっぱり幼女は可愛いなぁ!』と『年齢二ケタはババアだぜっ⁉』が二大看板の
除湿器ちゃんの独り芝居を背に俺は加湿器の梱包を解く。
テープを切り、蓋を開き中身を取り出そうとすると――その中は暗闇だった。
「あっ……あれ? あれぇ~?」
正確には黒一色で見ることも手を入れることも出来ない――何故かデジャヴュを覚える
「あっれぇ~?」
俺が振り返ると除湿器ちゃんはまだ一人でベラベラ喋っていた。
「除湿器ちゃん、除湿器ちゃんっ!」
「なによ?」
「俺は本当に加湿器を買ってきたんだ」
「ええ、聞いたわよ?」
「だからねっ⁉ 怒らずそのままを受け止めて。いいね?」
「よく、分からないけど大丈夫よ?」
除湿器ちゃんが小首をかしげる。オッケ、
俺は素早く段ボールを持ち上げるとベッドまで持っていって上下をひっくり返し揺すり始めた。
「ちょっ⁉ ちょっとあんた⁉ 家電には優しくしなさいよっ⁉」
彼女の言葉を無視して俺は段ボールをゆすった。
すると――
シュポン
妙に軽快な音とともに段ボールの中身が滑り出てベッドに着地した。
「なにこれ?」
「…………」
ベッドに着地した段ボールの中身は女性だった。
深紫の長い髪をした優し気な大和なでしこ風の女性で左頬に涙ボクロがある。頭部には大きめのカチューシャが装着されており、呼吸をしない身体はその優し気な顔には似つかわしくない鋭角が多いどこか生物的な雰囲気のある機械パーツがゴテゴテと取り付けられている。
特に特徴的なのは胸から背中をすっぽり包むように装着されたパーツだ。正面はレーシングカーを思わせる曲線とフロントグリルのような機構を有し、背面にはロボットが背負っていそうなキャノン砲とも羽ともつかない大型のパーツが取り付けられている。
白と紺を基調としてところどころ赤いラインの入ったカラーリングだが、その刺々しさはどこか悪役風の風情がある。
「……なに? この女は?」
「加湿器ぃ、ですかね~?」
「どうなってんのよ、まったく……!」
俺にしたら除湿器ちゃんが来た時点でどうなってんだなんだけど、やめておこう。
除湿器ちゃんが滅多に使わない歩行機能でずんずんと加湿器(?)に迫りその電源コードをひっつかんで、コンセントに差し込んだ。
するとキィィ、と高音が響き女性が小豆色の瞳を開いた。そして同時にカチューシャからうさ耳のようなものが立ち上がる。
「……ごきげんよう、ご主人様。
「「…………」」
俺と除湿器ちゃんはお互いを見てから加湿器を再び見つめた。
こうして俺たち――俺と除湿器ちゃんの生活は終わりを告げた。
そして、俺たち――俺と除湿器ちゃんと加湿器ちゃんの生活が始まる。
「な、なんだそりゃぁぁ⁉」
「なんなのよっ⁉ この女! なんなのよっ⁉」
「あらあら……騒がしい。ああ、除湿器ですかこのヒト。ふっ……!」
「いまっ! 鼻で笑ったわ、コイツ……!」
<つづく?>
ツンデレ除湿器ちゃんは本日も勤勉なり【コンテスト参加版】 世楽 八九郎 @selark896
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