第2話

 一ヶ月くらい経ったころ、わたしは彼とデートした。わたしをハダカのままトレンチコートの下に抱きかかえて。ハダカのまま外にいるのはとても恥ずかしかったし、彼の心臓の鼓動がダイレクトに伝わってきて、わたしはとてもドキドキした。とてもロマンチックな夜だった。

 けれど、そのあと予想外の展開がわたしを待っていたの。

 彼が連れて行ってくれたのは公園だった。そしてそこにはあの女がいた。彼が毎日刺し続けた布団、そこに貼られていた写真の女。

 ねえ、これっていったいどういうこと? デート中にほかの女と会うって。

 女の隣には、彼とは違う男がいたわ。彼と違って汚らしい目をした男。まさしくあの女にお似合いね。

 女がおびえた声で言った。「ア、アンタ、いったいどうしてここに――」

 すると彼は、彼女にハダカのわたしを見せつけた。そうよ、わたしたちこんなに親密なの。あなたみたいなブサイクに入り込む余地なんかないんだから。

「ひ、ひぃ!」女は腰を抜かしてその場にへたり込んだ。

 女の連れているブサイク男は「やべえよ。これゼッタイやべえって」と言ってどこかへ走り去ってしまった。

「う、うおおおおおおおおおおおおおおああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!!」

 彼は勇ましい雄叫びを上げて突撃すると、わたしを女の腹に突き刺した。いつもやっているみたいに、何度も何度も。何度も何度も。何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もも何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も――。

 布を裂く感触。生暖かな肉に沈み込む感触。内臓をかき乱す感触。わたしの綺麗な肌が、血と肉片と糞便で汚れていく。ああ、汚い。汚い汚い。汚い汚い汚い汚いキタナイキタナイキタナイ! やっぱりこの女は彼にふさわしくない。わたしのほうがずっと彼とお似合いだわ。

 ああ、それにしても汚らしいったら! さすがにちょっと、気持ち悪くなってきちゃった……。彼はいつもと同じで、わたしの手を情熱的に握りしめてくれている。でもその目はわたしを見ていない。ねえ、わたしを見て。その綺麗な目でわたしを見てよ。

 しばらくして――実際にはほんの一瞬だったようにも思うけど――彼はその場から一目散で逃げた。走って走って、走り続けた。

 気がつくと海にいた。崖の上から見た夕焼けの海は、すごく綺麗で。わたしはガラにもなく感動しちゃって。

 ふと、彼がわたしを見つめていることに気づいたの。だけど、その目はいつものあの目とは違ってた。それはまるで、さっきあの女がしていたような目だった。おびえ切った瞳で、わたしを見ていた。

 どうしてそんな目でわたしを見るの? やめて。あの女と同じ目で見ないで。

 次の瞬間、何が起きたのかわたしは理解が追いつかなかった。気づいたときには、わたしのカラダは波にさらわれていた。

 彼が、わたしを捨てた? ウソでしょ?

 なぜ? わからない。

 ねえ、待って。置いていかないで。

 わたしがいったい何をしたっていうの?

 わたしはずっと、あなたのことを思って――

 ああ、高濃度の塩分が容赦なくわたしを犯していく。いくらステンレスだからって、海水にずっと浸かったままでいたら、すぐに錆びついちゃうよ。

 助けて。誰か助けて。

 ホントは誰かじゃなくて、彼に助けてほしかった。でも彼は戻って来てくれなかったし、ほかの誰も助けてくれなかった。わたしは浅い岩場で波に揺られながら、どうして彼に捨てられたのか考え続けた。

 考え続けて、気がつくと理由を考えなくなっていた。ただ彼が憎かった。憎くて憎くてたまらなかった。肌が錆びついていくほど、わたしの心は憎しみに染まっていった。

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