鉛筆パイセンの処世術

名無しの男

鉛筆パイセンの処世術

俺の名前は山田将人。別室に呼び出された俺は、そこで大きな字で3と書かれたテスト用紙と現在にらめっこ中だ。

赤いバツ印と、空欄が目立ちまくる我がテスト用紙。

ああ、これぞ芸術なり・・・・・・・・じゃねーーよ!!!


「おい山田、貴様自分の点数を口に出して言ってみろ」


ほらほら、目の前の俺の担任の頭の血管が悲鳴を上げてるぞ。

こういうのはあれだね、ちゃんとこの人は俺のテストの点数を知ってる。ついでに言えば、俺のアホさ加減がただでさえ少ない教師どもの毛根をストレスで根こそぎ奪えるくらいヤバいのも知ってるんだろうな。

だから俺は迷わない。声を中途半端に小さくもしないし、泣きながら許しを請うこともしない。正々堂々と言ってやる。

俺は息を大きく吸って腹に力を込める。世界よ!! 我が声帯に力を!!


「サー教官!! 浅学菲才ながら3点を獲得したのであります!!」


・・・・あれ? 何も言わないぞ。確かに言ってやったんだがなあ。

あ、あれ? 担任が立ち上がったぞ? 指を鳴らしてるぞ? ちょ、ちょっとまて我が寛大なるダーレンよ! 確かに俺はしくじったぜ!? クラス平均70点のテストで3点がヤバいのは知ってる。だがな、これはベストを尽くした結果だ。深夜アニメを見まくって、弾けもしないのにギター買って二日で飽きたりもしたさ。エロ本捨てる時に、間違えて教科書を一緒に捨てたりもしたよ。でもそれらはすべて俺がこの世を全力で生きた証だから!! だからヤメテ!! 知ってるのかオイ!! 頭を一回殴ると億単位で脳細胞が死ぬって聞いたぞ!? これ以上俺をバカにしたくなかったらその振り上げた拳をどうにか降ろしてええええ!!


「お前を殴ったところでこれ以上バカになるだけだ。それに3点は、貴様が今まで取ってきた点数の中で、4番目に良い数字だ・・・・過去20回のテストでな。今更怒る気にもならん」


た、助かった・・・のか?

万歳!! センキューフォーエバー!! 我が愛しのハゲ教師よ・・・・


「ただし!!!」


・・・・違った。これは違う。考えてみれば当然だな。

別室に呼び出され、今までの歴代の俺のテスト用紙ちゃんたちがこのハゲの机の上に散乱している時点で察するべきだったな。それに、鞭で打つ前にお情け程度のアメを渡すのは教師あるあるだ。


「正直、県内有数のバカ学校であるこの学校でこの点数は過去に例がない。というかお前だけだぞ、すでに留年が確定しているのはな」


か、確定!? アホか!! いやアホなんだけど。

つーかせめて前もって言ってくれよ!! そうしたら少しは勉強できたじゃん!!大して意味はないと思うけど・・・・


「だが、お前が改善の余地がないバカなのは知っている。正直数学を教えている途中に何度も思ったぞ。こいつとチンパンジーならチンパンジーが上なんじゃないか・・・とかな」


とかな、じゃねえよ。なにさらっと俺の人間性否定してんだ。いやもういっそ何とでも言え。俺とチンパンジー様じゃ比較にならないと言ってくれ。


「どうせお前のことだから内心やけくそになってるんだろう。まあ安心しろ。超法規的措置に近いが、救済策は用意してある」


チッ読まれてたか・・・・ってマジか!? 

やっぱり持つべきものは最高の恩師だな!!


「明日にテストを行う。それで50点以上を取ればお前は晴れて卒業だ。ただし・・・それでも落ちた場合、残念ながらお前は留年か退学を選んでもらう」

「ち、因みに難易度のほうは・・・・」

「ちゃんと授業を聞いていなくても合格できる。・・・少なくとも人間なら。だが、お前は人間かどうか怪しいのでな。今回は特別の中のさらに特別、超々法規的措置で明日出す問題を前もって渡してやる。解答はないが、一晩あれば調べて丸暗記するくらい出来るだろう。それが出来なきゃお前はただのチンパンジーだ」


ぐぬっ・・・優しさの中に青酸カリ並みの毒が混じってやがる。

だが、受け入れるしかねえ。何より俺のためだ。


「・・・・分かったぜ。テスト用紙とやらを見せてもらおうじゃねえか!! 俺の本気はマグマより熱いぜ!!」

「本気もクソもあるか! 本来ならやらなくていいテストなんだよ!!」


どうやら担任のストレスがK点を超えたようだ。

投げつけるようにして俺にテスト用紙を渡した所を見ると、俺の存在価値は既に畜生の域に達しているらしい。

取り敢えず俺は、テスト用紙の中身を確認する。


「まあこれが分からなきゃ話にならねえな。何しろその問題の8割は小学校のドリル問題から引っ張ってきたやつだ。残りの2割だって中学校の初歩中の初歩。おまけに穴埋め問題のマーク式ときたもんだ。お上が用意した義務教育のレールを走ってりゃ、解けないなんてことはない・・・・・よな?」


我が親愛なるハゲ教師よ・・・・最後に疑問符を付けたのは正解で御座います。

俺は、目から熱い透明な液体が溢れ出してきているのを感じ取っていた。

圧倒的己の無力を、そして自分自身の脳内メモリーディスクがどれ程スカスカかを身をもって体感した瞬間だった。

ついでに言えば、その液体が表す意味も担任は察したらしい。つーか今の担任の顔はまともな人間に対して向ける表情じゃねえ。


「・・・今すぐ書店で小学生用の参考書を買ってこい」

「いや、俺の財布はちょっと財政破綻中で・・・」

「アホのくせに単語だけは難しい言葉使うんじゃねえよ。だったら融資を募って、後で利子付けて返済しろ」

「・・・・・・」

「それは分かんねえのかよ!!やっぱお前はダメだ!!」


その後俺は家にあった金をかき集めると、書店に向かった。

国語、算数、理科、の3種類を買ったのだが、書店のおっさんに『妹か弟でもいるのかい? 勉強熱心だねえ」と言われたので、「自慢の妹です」と満面の笑みで返してやった。


ってな訳で、現在俺は机に座りテスト用紙とにらめっこを続けている。

取り敢えず、先頭に書いてある問題はこれだ。


「酸性の液体にBTB溶液を入れると、何色に変化しますか?」

1.黄色

2. 虹色

3. 黒色

4.金色


いやいや、これは流石に俺を舐めすぎだろ。

分かり切った話じゃねえか。簡単すぎるぜ。

BTB溶液とか聞いたこともねえが、こういうのは大抵法則があるんだよ。

確か担任のハゲが言ってやがったな、『問題は具体的な条件が提示されている物ではなく、幅の広い解釈ができるものが正解の可能性が高い』とかなんとか。

流石だぜ。教育の専門家は言うことが違う。

だったらあるじゃねえか。『どうとでも解釈できそうな色』が。

七色とか言われるくらいだからな。当たる確率は他の7倍だろ。


答えは・・・・2だ!!



その後、俺は参考書を見てBTB溶液とかいうやつを酸性(酸っぱい液体と俺は解釈した)の液体に入れると黄色に変わることを知った。

そして、問題の下に小さくて手書きで『虹色とか書いたらブッ〇す』と書かれているのを見つけた俺は、一つ悟った。


留年確定!!!



===============




山田将人(やまだまさと)こと俺は、巷でも有名なバカ高校でも落ちこぼれた。

そりゃあ小学校、中学校と、適当な女子のスカート捲りばっかりして生きてきたくらいだからな。学力も信用も地に堕ちちまった。


知り合いはいるけど、俺が言うのもなんだがクソみたいなメンツばかりだ。

でもそんな奴らですら俺よりも最低限のことは分かってる奴らが殆ど。俺みたいに何も考えないで生きてきた奴らは、大抵学校にも来なくなるし気が付いたら退学してた、なんてこともざらだ。


その点俺はバカなりにも学校には通ったし、ちょいちょい問題は起こしたけど、ギリギリの線でいつも踏みとどまってた。いつも俺をチンパンジー扱いするハゲ担任も『そこだけはお前を評価できる』って言ってたな。あまりうれしくないけど。

けど、そんな俺に最大のピンチが来ちまった。

明日のテストに受からなければ留年は確定。下手すれば退学だ。

テストを丸暗記すればいい、とかハゲ担任は言ったがそれが出来れば苦労はしねーよ。小学校のガキどもすら分かる問題も俺は分からねえんだから。


勉強する意欲が底辺に落ちた俺は、気が付けば手に持ったペンをクルクル回し始めていた。いや当然だろホントに。結局日付を跨いでようやくテストの3分の1を解き終わったけど、こんなんじゃ明日のテストはほぼ無理だ。


「はあ・・・・無理だろこんなの」


俺は自分の部屋の天井を見ながら呟いた。答えを聞ける知り合いなんていないし、親もいない。実質詰みだ。

思わず焦りが込み上げる。何をしようとしてもうまくいく気がしない。このまま明日テストを受けて、それで留年しなきゃいけないのか。そんなことできるわけない。1年、2年と誤魔化してきて3年で俺は終わるのか。絶対にダメだ。俺はこんなところで終わるわけにはいかないんだよ! 『アイツら』に負けないためにも、『アイツ』を失望させないためにも・・・・


「チクショオ!!! どうすりゃいいんだよ!!」


焦りに我慢できなくなった俺は、手に持っていたペンを放り投げる。ペンはカーンと乾いた音を立てると壁にぶつかって地面に転がった。


すると、その時だった。地面に転がったペンから突如として金色の眩しい光が溢れ出すと、部屋全体を強烈な光が覆った。


「うわっ! なんだ!?」


思わず、俺は目を覆う。すると光の中で、俺のシャープペンシルが二つに分かれると、それぞれ新しい何かに変わっていくのが見えた。その形は見覚えがある。


「あれは・・・鉛筆か?」


ようやく目を焼くような光が収まると、そこにあったのは金色と銀色をした鉛筆だった。手に持つと、ひんやりした感触にただの鉛筆とは思えない重量感が俺の腕にのしかかる。


「なんだこれ・・・ってか何があった?」


取り敢えず、俺は鉛筆で軽くペン回しをすることにした。だが、えげつない重量感でうまく操作が出来ない。結局回している途中で金色の鉛筆を地面に落としてしまった。ドン!と大きな音が響く。

すると、その瞬間だった。


『バカかお前!! 救世主を地面に叩きつけるとは何を考えてるんだ!!」


突然、俺の部屋に知らない男の声が響いた。耳クソでも溜まってるのだろうか。いやもしかしたら勉強のストレスで、精神を病んでるのかもしれない。明日は朝一で病院に・・・・


『シルビイもなんか言ってやれ! こいつ今まで以上にヤバい感じがする!!』

『・・・・この男の知能指数は推定60アンダー。これは完全にゴッド案件』

『はあ?勘弁してくれよ! こいつと同化? 記憶希釈? 今後の仕事に差し支えるだろ!!」

『私の力は人間にしか通用しない。恐らくこの男は勉強に関しては、自然の進化の過程から取り残されてしまっている・・・・哀れな類人猿』

「だーかーら!! 身内で人の悪口言うんじゃねえよ!! ってか誰だ!! まさか鉛筆が喋ってるのか!? 俺はやけくそモードだから大抵の設定は受け入れられるぞ!!」


突然聞こえてきた声の主は、なんとなく目の前の鉛筆だろうとは一瞬で察した。というか不思議とそれに抵抗はなかった。だが、たとえ相手が鉛筆だろうと目の前で露骨にサル扱いは話は別だろ。


『驚いた。知能指数が低い人間ほど、常識の範疇を超えた超常現象には対応が早いなんて。これは興味深いわ』

『なあシルビイ、もう帰らねえか・・・・』

『ダメ。私たちにはこの男を大いなる危機から救う任務がある。日が昇るまでにゴッドと同化してもらわなければ・・・・』


ちょっと待て。今なんつった。危機から救うって?同化とか信じたくない単語もあったけど『救う』って単語は信用していいんだよな?


『この男の状況順応能力には驚かされる・・・でも、この姿でこれ以上話しても本質までは分からないでしょう。ゴッド、姿を変えるわよ』

『はいはい分かりましたよ。クソオ・・・やっぱりロクな仕事じゃなかったな』


途端に今度は鉛筆から眩い光が溢れ出し、数センチだった鉛筆の形からそれぞれが人の形に変わり始めた。そして、数秒後には完全な人の形に変わった。


「・・・・ワーオ、イッケメーン」

「なんでだろうな。お前に言われると超ムカつくんだけど」


いや冗談抜きでイケメンだ。180センチを優に超える身長に金髪の髪の毛、そしてオレ様系の顔立ちはモデルが裸足で逃げ出しかねないほど整っている。

だが、そいつと同レベルに異彩を放っている人はもう一人いた。


「・・・・ぶっちゃけ何人くらいにナンパされた?」

「・・・・・・・」

「シカトか」


銀色の髪を腰まで伸ばした髪の毛は芸術品のような美しさだが、比較的小さい身長に銀のドレスを着た様子は、中世の人形を連想させる。

だがそれでいて大人の雰囲気を持ってるため、魔性とも清楚とも言える何とも不思議な女性だ。だがどちらにせよ超が付くほどの美人に変わりがない。


「私はシルビイと申します。そしてこの男はゴッド。私たちは無数に存在するパラレルワールドの負の可能性を消失させるべく、ここに参上いたしました。普段は鉛筆として世の中を眺め、そして来るべき脅威が近づいた時に因果を好転させるべく人の世に姿を現して・・・・」

「・・・・おいシルビイ。こいつ全然理解できてないぞ」


おお、ようやく気づいてくれたか。取り敢えず今の話を聞いて分かったことは『シルビイさん頭良いんだな』くらいだ。それ以外のことは知らん。


「・・・・つまり、俺たちがお前の手助けをしてやろうってわけだ。明日あるテスト、それで50点より下だったらお前は留年なんだろ。それを防ぐために俺たちは来たんだ」


おおっ、コイツとは話が通じそうだ。・・・いや人間的にはシルビイさんのほうが好きなんだけど。なんかこいつと俺は波長がどうもね・・・・


「似た者同士ですね。ゴッドにとっては屈辱でしょうが、耐えてください。私も耐えてこの男を救いますので」


おおーい!! シルビイさん思ったより辛辣かよ!! ゴッドとかいうやつの表情がかなりすごいことになってるぞ。やっぱこいつあれだな、そういう屈辱チックな体験に慣れてないんだろうな。ん、おれ? 慣れてるよ。


「・・・・俺たちがこの状況で取れる方法は二つ。シルビイによる自発的意欲向上を促す方法。もう一つは、俺が対象の意識に入って誘導する方法。普通ならシルビイに意欲を上げてもらうことが殆どなんだが、今回は相手が相手だからなあ・・」

「今更勉強させても意味ないでしょう。ここはゴッドが誘導したほうが良いですね。私も久々に休めそうです・・・」


明らかにシルビイさん面倒くさがってるだろ。ってかそんなに俺が嫌か。しかし、なんやかんやでお前も訳分らん事言い始めたな。というかわざと言ってるだろ。こいつとは違うんだよ、みたいなことを暗に伝えたがってるのが見え見えなんだよ。


「ってかさあ・・・・同化ってどゆこと? 合体でもしろってか? いやいくら何でも男とは・・・・」

「気持ち悪いこと言うんじゃねえよアホが!! 同化ってのは俺の頭にある知識をお前の中に送ってそのバカな頭を少しでもまともにしてやろうってことだ!! その代わり、俺の中にもお前の記憶が入り込むことになるけどな」


なるほど、それなら分かりやすい。でも、一つ不安な所はあるけどな。


「つーかそれってお前が頭良くなきゃ意味なくね? ぶっちゃけお前ってどの程度・・・・」


失言だった。完全なる失言。

ゴッドの額に青筋が走るのを一目見て察した俺は、横っ飛びにジャンプした。そして俺がジャンプしたとほぼ同時に、ついさっきまで俺の顔面があった辺りをゴッドの鉄拳が通過したのを俺は肌で感じていた。我ながらナイス反射神経。もしそうしなかったら、今頃俺の顎付近にゴットの右フックが直撃していたはずだ。


「いやいやさすがの私もドン引きです。仕事上私達にとって知識は資本そのものですから。信じがたい話かもしれませんが、我々はこの世の『問題』と呼ばれる存在すべてに対応できるのですよ。それは私もゴッドも同じです」

「・・・マジかよ。ってことはアンタらに解けない問題はないってこと? どこのコ〇ンだよ。てかもうそれって神様レベルじゃねえの?」

「まあ遠すぎず近すぎず、ってところでしょうね」


相変わらずシルビイさんは表現の一つ一つが難しい。自分を神とか言っちゃってる痛い金髪野郎に関してはもう俺とは口を利きたくないらしい。完全にスネたようで、壁のほうを向いて早くも寝始めやがった。オイ、俺の部屋だぞここ。


「どうやらゴッドはダメみたいですね。本当は夜の間に記憶の同化が正常にできるか確かめたかったのですが・・・・これでは確かめようがありません」


シルビイさんは軽く溜息をつくと、部屋の隅っこに座って体育座りを始めた。いや、可愛すぎか。


「仕方がありません。今回は一発勝負で記憶の同化を行いましょう。明日のテスト開始とほぼ同時に、ゴッドと貴方の記憶を繋ぎます。当日は私たちも鉛筆の姿のまま同行しますので問題はないかと・・・・明日に備えて私は寝ます」


そう言うと、早くも体育座りの体勢で穏やかな寝息を立て始めた。いやほんとこれ犯罪的な可愛さだな。こんなのが道端で寝転がってたら、正気を保てるか自信がねえ。それこそ良からぬ連中があんなことやこんなことをだな・・・・


「オイ寝ろ、間抜け」


あ、あともう少しでいい所まで妄想が進んだんだが・・・

俺の首筋に衝撃が走ったかと思うと、急激に意識が遠のき始めた。完全に意識が途切れる瞬間に見えたのは、手を手刀の形にして俺を見下ろす金髪野郎の姿。

ち、畜生。可愛い相棒には手を出すなってか。やっぱりお前イケメンだよ・・・・

そんなことを考えながら、俺の意識は途切れた。



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そんなこんなで俺は目覚めの良い朝を迎えた。

だが目を覚ますと、あの金髪野郎も銀髪美人も部屋にはいなかった。唯一残っていたのは机に置かれたテスト用紙だけ。


「・・・・終わった。何もかも」


思えば都合の良い夢だった。シャーペンが二つに割れて、鉛筆になったと思えば人間に変わるなんて普通に考えればあり得ないだろ。

結局俺は、留年決定だ。いや、もうこれって実質・・・・

そこから先は考えないようにした。考えてもロクな未来が見えなかったからだ。


近くに転がっていたコンビニの惣菜パンを何個か口に入れると、俺は柄にもなく荷物確認をすることにした。学校の教科書は前に間違って全部捨ててから一冊も持ってない。ノートなんて小学校以来、持ったことすらない。スカスカのリュックの中には何冊かの漫画とゲームが入っている。唯一勉強に使えそうなのは、小学校時代から中身が全く変わらないボロい筆箱と、いくつかの筆記用具だけだ。


俺は机に置いてあるテスト用紙と筆箱を持った。確か有名な絵の中に『最後の晩餐』とかいう絵があるらしいけど、まさにそんな感じだ。今日で俺の高校生活は完全に詰む。俺は留年できないんだ。留年てことはイコール・・・


「・・・・・あれ?」


手に持った筆箱が異様に重い。

異様どころか、バーベルでも入ってんのかってくらい重い。

こんな感覚、つい最近もあったような・・・・


俺は筆箱の中を指で弄った。探していたものはすぐに見つかった。

ずっしりと重くそれでいてひんやりと冷たい、片方は金、もう片方は銀の眩い輝きを放つ鉛筆だ。

いやいやまさかね、まさか喋るなんてことは・・・・

取り敢えず俺は金色の鉛筆をしっかり握ると、大きく振りかぶる。狙いは地面、メンコを叩きつける感覚で、腕を大きく振って・・・・


『ふざけんなフ〇ッキン野郎!!やっぱやめようぜシルビイ!!こいつ嫌いだ!』

『いやほんと仲良いですね。見ていて微笑ましいです』


いた、やっぱりいた。夢じゃなかった。


『やると決めたことは、たとえ貴方が拒否したとしてもやり遂げます。私たちはそのために来たのですよ、山田将人さん』


俺は銀の鉛筆をそっと、そして金の鉛筆をかなり雑に筆箱に放り込むと、筆箱をリュックに仕舞った。

中からギャーギャー金髪野郎の声が聞こえてくるけど知ったことじゃない。

何となくだが俺は嬉しかった。見捨てないで助けてくれる人がいたことが。



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「おう山田、敵前逃亡はしなかったみたいだな」

「おうよ、バッチリだぜ。ドンと来い!!」


ハゲ担任は俺が逃げると思っていたらしい。見れば、周りにいる教師どもも俺が来たことにかなり驚いているようだ。チートを使う分際で言うのもアレだが俺を舐めないでほしい。俺は敵を前にして逃げるチキンではないぜ。ただし、逃げずになぶり殺しにされるのが恒例だけどな。

俺はこれ見よがしに、金の鉛筆を取り出して見せた。


「気合入ってるじゃねえか。これは期待してよさそうだな」

「今日の俺は一味違うぜ。見てろよ! 絶対受かってやるからな!!」


だが、周りにいる教師どもの殆どはニヤニヤした表情で俺を見ている。絶対こいつら受かるなんて思っちゃいない。俺が力尽きるのを見に来ただけだ。


『お前マジで、真面に扱われてないんだな・・・・ちょっと同情するぜ』


お、おい待てよ! 今ここでしゃべったら声が聞こえて・・・・


『大丈夫ですよ。いま私たちは貴方の脳内に直接話しかけています。貴方が余計な仕草をしなければ、気づかれることはありません』


そ、そうか。そんなことまでできるのか。器用だなアンタら・・・ってかちょっと待て。ということは俺の心の中の呟きは・・・・


『全部届きますよ。余計なことは考えないことです』


ちょっと待て。だったらわざわざあの金髪と『同化』なんてしなくてもいいんじゃないか? 何ならシルビイさんが全部教えてくれれば・・・


『無理です。これはゴッドも同様ですが、この姿の状態でテレパシーは長い時間使えないのです。ここから先は、『同化』でゴッドの指示を仰いでください。それでは私はこれで・・・・』

「ちょ、ちょっと待って・・・・」

「待てとはなんだ、待てとは。もうテスト用紙は配ったろ。男らしく覚悟を決めやがれ」


ハゲよ、お前じゃない。俺は銀髪美人と話をしてるんだ。といっても、シルビィからの連絡は切れちまったようだ。つまりこれは・・・・


『クソ不本意だが仕方ない。ここから先は、俺が指示する。悪いがこっちから一方的に『同化』させてもらうぞ』


貴様か金髪チャラ男。つーかもしかしてテストもう始まってるんじゃ・・・・


『とっくに始まってるぞアホ。お前がシルビイと話してる間にもう開始のコールされてたろ』


マジかオイ! そりゃあ、あのハゲもああいうよな。テスト中に待ってとか言ったらさ。ハゲとか言って悪かったな、まあハゲだけど。


『時間がない、始めるぞ。まずは筆箱から俺を出せ。そして俺を手に持った状態で目を閉じろ。目を閉じるのは一瞬だけでいい』


俺は金色の鉛筆をしっかり握ると目を閉じた。すると、頭の中が一瞬だけ熱くなる。すると名前も聞いたことがないような単語や数式のようなものが、俺の頭の中に一気に流れ込んできた・・・・・いや、ちょっと待て、熱い!! 頭の中で味噌汁が出来そうなくらい熱い!!


『我慢しろ。お前と俺の回線はあまり相性が良くないから、無理やり繋げるしかない。あと少しだ』


そして十秒後、俺の頭の熱はようやく収まった。ゴッドが言うには、たまにこれで死んだり廃人になる人間がいるらしい。せめて警告くらいしろや。いや、余計なこと言うくらいだったら、黙ってたほうが良いと思ったのかもしれない。


『取り敢えずこれでテストは解けるはずだ』


うおっ本当だ!! スラスラ解ける!! いや我ながら自分のアホさ加減が分かるな。なんで今までこんな問題が解けなかったのか不思議なくらいだ!!


『・・・・・・大変だな』


ん? 何でだ? まあ確かに大変だけどさ。


『隠すのはよせ。『同化』は記憶を共有するんだぞ。悪いが見させてもらった』


俺は、超スピードでテストを解いている。周りの教師共の表情を見る限り、信じられないというような表情をしているみたいだ。だが、ゴッドの発言は俺としても聞き逃せない内容だった。


『・・・・なんでお前が『導き』の対象に選ばれたのか分かったよ。辛い過去を抱えているんだな』


俺は金色の鉛筆を走らせてテストを解き終えた。周りのどよめきを聞くに、多分全問正解だ。でも俺は、見直しをする振りをしてゴッドと話すことにした。こいつには全部バレてるだろうから。


『・・・・妹がいるんだろ? 両親は二人とも医者で、兄貴は国立大医学部の秀才。なのに何でお前だけ一人で生活してるんだ?』


白々しいんだよ。分かってるんだろ。俺みたいなバカをアイツらがどう思うかなんてさ。金だけ渡されて・・・それで・・・


『追い出されたってか。親はともかく、兄貴は何も言わなかったのか?」


兄貴は笑ってたよ。やっと邪魔者が消えたってな。親戚だって誰も俺を心配なんかしなかったよ。高校入ってから、家族とは誰とも話してねえ。


『・・・・・妹とは?』


俺は、思考が止まった。何も言えなかった。誰からも期待されなかった俺を、唯一いつも応援してくれたのは妹だけだ。でも・・・その妹は・・・


「・・・・オイ。もう解き終わってるんだろ? 採点するから答案よこせ」


気が付くと、俺の目の前にはハゲ担任が立っていた。完全に放心状態になっているのに気づいたのかもしれない。俺の返事も待たずに答案用紙を取ると、その場で採点し始めた。担任の表情は、いつにも増して明るい。一分もしないうちに俺に返された答案用紙は、全問正解。満点だった。


「やりゃあ出来るじゃねえか。単位はくれてやるよ。有難く受け取れ」

「・・・・ああ。ありがとな」

「どうした? 合格したんだぞ。もうちょっと元気出せや。元気だけがお前の取り柄みたいなもんじゃねえかよ」


ガッハッハッと豪快に笑うハゲ担任を尻目に、俺は教室を出た。

どうやら『同化』は解けていたらしい。今度はテレパシーでの会話に変わった。


『これでテストは終了です。まあ当然と言えば当然ですが、任務は果たしました。これで我々も安心して去ることが出来るというものです』

「そうっすねシルビイさん・・・有難うございます」

『ところで・・・ゴッドからおおよその事情は聞きました。家族とは離れて暮らしているとか、妹さんのことなど・・・大変ですね』


俺は校舎を出ると、家に向かって歩いた。俺は勝った。正体も良く分からない謎のイケメンと美少女の力を借りてな。でも、不思議と気分は晴れなかった。勿論チートを使ったのは悪いことけど・・・・良心の呵責ってやつなのか?


「ところでさあ。パラレルワールドが何とかってどういう意味なんだ?」


その中でふと思い出したのは、シルビィが現れた直後に言っていたことについてだ。するとシルビィも思い出したらしい。テレパシーで話し始めた。


『パラレルワールドとは、この世に無数に存在する可能性の世界のことを指します。我々が危険視したのは、貴方が学校を留年することでそのまま学校を退学し、その結果重大な犯罪を招く可能性が極めて高かったことですよ』

『俺たちの未来変数予測試算によると、お前は学校を退学した後、90パーセント以上の確率で闇のブローカーと知り合うことになる。そこで、後に禁断の麻薬の密売と大量流出に関与することになってたんだよ。その場合だが、お前はシンガポール辺りで捕まって、死刑になるはずだったな」


・・・マジか。笑えねえぞ。じゃああの試験に受からなかったら俺の一生は・・・


『多くの人に不幸と絶望を撒き散らす極悪人になっていたでしょう』


とことんシルビイさんは容赦がない。でも事実だから仕方がないのか。予想以上にヤバい所を救ってもらったんだ。感謝しかない。


だが、俺がふと胸を撫で下ろした時だった。


「お兄ちゃん? お兄ちゃんだよね?」


この声は・・・・まさか!!

いやありえない、あり得るはずないんだ・・・・

でも何年も聞いていなかった声は、後ろからどんどん近づいてくる。


「やっぱりお兄ちゃんだ!! 久しぶり!!」


背負っていたリュックの上に飛び乗るようにして、小さな人影が覆いかぶさってきた。短い短髪に、俺とは違って母親譲りの可愛らしい顔立ち。もうすぐ中学生のはずなんだが、それでも兄貴である俺にベッタリ懐いている。


『この方は・・・・山田菜月さんですか? 貴方の妹さんの?』


よくご存じで。そう、こいつは俺の妹の山田菜月(なつき)だ。ただ・・・おかしい。菜月は重い心臓病で、激しい運動もそもそ中学生まで生きることすら難しかったはずだ。俺は今でも忘れていない。人工心肺に繋がれて、生死を彷徨っていた菜月の姿を。そして菜月が苦しんでいた中でも家族から愛想を尽かされた俺を「お兄ちゃん」と呼んでいてくれたことを。無理やり俺が家族から引き離されることになった時は、最後まで泣いていたことを。


『・・・どういうことだ、因果律が乱れている。乱れの発信源はこの女からだと!?』

『おかしいですね・・・私の認識が誤っていないなら・・・・』


そして・・・・菜月が死んだという知らせを受け取ったことも。


「どうしたの? 菜月元気になったんだよ! これからはお兄ちゃんと一緒にどこでも遊びに行けるよ!!」


医師からの死亡証明書とかいうのも俺は見た。間違いない、菜月は死んだんだ。でも何で・・・菜月は生きている?

訳が分からない。テストがどうとかもうどうでもいい。何で死んだはずの菜月が生きているんだ!? 何が一体どうなって・・・・


「山田将人さん・・・・極めて忌々しき事態となりました」

「これはあれだな。『干渉事象改変』を使わなきゃな・・・」


すると、俺のリュックの中からかなり深刻そうな声が聞こえてきた。もうテレパシーは使っていない。


「山田将人さん。貴方にお話ししましたね? 貴方が闇の世界に堕ちるきっかけになるのはブローカーに出会うからだと。そして禁断の麻薬の流通に手を染めることになるのだと」


どうでもいいだろ俺のことは。そんなこと話して何になるんだよ。それよりも菜月がどうして生き返ったのかを考えるのが先じゃ・・・・


「知らないなら教えてやるよ。お前が後に流通させる麻薬の名は『UD015』。その作用は脳神経と筋繊維を乗っ取り、肉体の生死を問わずプログラム通りの行動を強要する。つまり・・・ゾンビ化だ」


ゾンビ、死んだはずの菜月、そして今こうして生きている菜月。

まさか・・・嘘だろ・・・そんな馬鹿な・・・


「この麻薬は死者を自由に操るという特性から、世界各国でテロや戦争に使われるほどの代物です。ですが、これが完全に完成するまではまだ数十年ほど時間が必要なはず・・・つまりこれはまだ試作段階の薬を投与されたと考えるべきでしょう」


つまり目の前にいる菜月は・・・ゾンビってことか!?

フザけんな! 俺は認めない! そんなの認められるわけないだろ!!


「お前の言いたいことは分かる。でも受け入れなきゃいけない。どうやらお前の未来が変わったことで、未来にも本来あり得なかったことが起こり始めている」


俺は思わず目の前の菜月を思いきり抱き締めた。暖かいし、しっかりとした生きている鼓動も感じられるのに・・・・ゾンビだって!? 


その時、リュックから金と銀の眩しい光が溢れ出した。

そして数秒もしないうちに、金髪と銀髪のイケメンと美少女の姿がそこにあった。


「本来なら貴方のテストの手助けをするだけの仕事でしたが、そんな悠長なことも言っていられないようです。今後の私たちの行動には『血の契約・終滅の伍』が適用されます。契約の譲歩を行わなければいけません」


何言ってんだシルビイさんよ。この緊急事態に訳分らん専門用語は遠慮させてもらいたいんだが。


「当然だろ。俺たちの主が生命活動を停止したんだから、代理を立てなきゃいけない。その場合、血の契約により親族の中で最も主との関係が深かった人物が対象になる。つまりクソみたいな話だが・・・俺たちの主は・・・お前だ」


は? へ? 主が生命活動停止? つまりお前らの主は菜月!? そして今後の主が俺!? いや待て、二人共。もう少しかみ砕いてゆっくり説明を・・・


「時間がありません。続きは移動中に・・・というのもアレなので、無理やり理解させましょう」


シルビイはそう言うと、おもむろにドレスのポケットから銀色の鉛筆を取り出した。そして、鉛筆の先を俺に向けると、呪文のようなものを唱える。


「記憶同化です。私の記憶をお見せしましょう」


その途端、俺の脳みそが再び猛烈な熱を持ち始めた。同時に強烈な眩暈を覚えた俺は、その場に倒れこむ。すると頭に誰かの記憶が流れ込んできた。



===============



『私は・・・死ぬんだよね』


菜月は死の瞬間を悟っていた。合併症の影響で視力も失い、聴力もほぼ意味を成していない。だが、そんな状況下でも菜月が思っていたのは、不器用で、賢く生きることが苦手な兄の姿だった。


『私が死んだら・・・誰もお兄ちゃんを見てくれない。そうしたら、お兄ちゃんは・・・』


その時、机に置いてあった鉛筆を彼女は手に取った。もし奇跡が起こるなら・・・自分の代わりに兄を、そして兄のような弱い立場の人間を守ってくれるような、そんな人たちがいてくれれば・・・

意識が薄れていく。父や母の声も遠のいていく。それでも彼女は鉛筆を離さない。まるで鉛筆に己の全てを注ぎ込むように、菜月は鉛筆を強く握りしめ・・・そして彼女の心臓は止まった。


泣き叫ぶ家族。そして乾いた音を立てて、鉛筆は地面に転がった。

恐らくそれは誰も見ていなかっただろう。鉛筆は一瞬金と銀の光を放つと、影も形もなく消えたのだった。

魂を注ぎ込まれたその鉛筆は、驚くべき変貌を遂げていた。二つに分かれた鉛筆は異次元の力を持つ二人の人間として再構築されたのだ。菜月の生命エネルギーを糧にして誕生したその存在は、菜月が望んだように弱きものを助けるための存在となり、数多くの人々を救済した。そして来るべき時に、菜月が何よりも望んだある任務を果たすために。


===============


「山田将人さん。我らが創造主、山田菜月の名の下に我らの主となって頂きます」

「まあそうだよな。ほら、さっさとなんか言えよご主人様」


いや・・・無理でしょ。完全にキャパオーバーだろこれ。


「つーかこれって、もし嫌だって言ったら・・・・」

「イエスというまで聞き続けますが何か?」

「ですよね」


つまり俺の選択肢はイエスしかないわけだ。

まあいいだろ。助けてもらった恩もあるし、心強そうだしな。


「オッケー分かった。なってやるぜお前らの主によお!!」


もうなるようになれだ。俺は半ばヤケクソで叫んでやった。


「そうですか。じゃあ行きましょう」


その瞬間だった。俺の足元に銀色の魔法陣のようなものが浮かび上がると、周りの景色が変わり始めた。立ったままジェットコースターに乗らされるような感覚は、俺の胃袋をこれでもかと揺さぶる。


「ウォエッ!! ちょ、ちょっと・・・・」

「間違っても吐かないでくださいよ。魔法陣が汚れます」


俺は汚れてもいいってか、と心の中で呟いたところで俺の視界に飛び込んできたのは、数年ぶりの我が家『だった』場所だ。そして、そこでようやく自分がいわゆる瞬間移動をしていたことに気が付いた。


「ここって・・・実家の病院じゃねえか!!」


降り立ったのは、長年過ごしていた俺でも知らない地下室のような場所で、どうやら奥にも通路があるらしい。飄々とした表情で立つゴッドとシルビイの後ろには、戸惑った表情の菜月もいる。


「行くぞ。元主様も付いてきてくれ」


そう言うと、ゴッドが先陣を切って通路の奥へ進む。


「ねえお兄ちゃん。あの人ってだれ? しかもここって・・・・」

「事情は後でゆっくり話すから、まずは付いてこい!!」


俺は菜月の手を取ると、ゴッドの後を追った。続いて俺たちの後ろにはシルビイが付く。通路は長く、足元がギリギリ見えるくらいの薄暗さだが、生まれ変わった菜月と鉛筆の化身にとっては大した影響はないらしい。そしてしばらく走ると、先に入ったゴッドが待っている。しかもその足元には・・・・


「入れろって言ったら、玩具を振り回しやがったからな。少し寝てもらった」


防弾チョッキに、サプレッサー付きのサブマシンガンを持った完全防備の兵士が約十人ほど転がっていた。大方俺にやったのと同様に、手刀によるものだろう。その光景にさほど驚かないのは、もう俺の精神状態が末期だからかもしれない。


目の前には、鉄の扉がある。当然鍵がかかっていて、少し押した程度ではピクリとも動かない。鍵もない以上ここから先に行くのは不可能・・・と考えるのが普通なんだが、俺はちょっと幻覚でも見てるのかな?

指をパキパキ鳴らしながら近づくのはまさかのシルビイだ。いやウソだろ、それは流石に無理だって。そんな華奢な手じゃ最悪骨折なんてことも・・・・


トラックが正面衝突したかのような爆音とともに、繰り出されるシルビイの右ストレート。吹き飛ぶ鉄の分厚い扉。よく見ると、扉はくの時にバッキリ折れている。


「さて・・・終わりました」


俺は考えるのを止めた。ってかもう考えるだけ無駄だ。菜月も信じられないものを見たとでもいうように唖然とした様子でシルビイを見ている。あれを作ったのが自分自身だとはまるで気づいていないらしい。

そしてゴッド、シルビイ、菜月、俺の4人は部屋の中に入った。


「バカな! 表の連中は何をやってたんだ!?」


部屋の中にいたのは、小太りの男、サングラスをかけた人相の悪い男、白衣を着てハイヒールを履いた妖艶な美女。サングラスの男は知らなかったが、小太りの男と美女に関しては知りすぎているくらいだった。


「親父! お袋! 何やってんだこんな所で!?」

「まさか将人か!? しかも菜月まで・・・実験は成功したのか!?」


自分の娘を見て、『実験』と言った時点でほぼお察しだ。しかも挙動不審な態度を見るに、自分が褒められるようなことをしていない自覚はあるらしい。

するとシルビイとゴッドが前に出た。


「お初にお目にかかります。我らが創造主のご両親となれば聖母マリアにも匹敵する御仁であられるのでしょう。しかし・・・神といえど邪の道に堕ちれば、それは同等に裁かれるべきなのです」


一体何を言っているのか分からないという様子だが、サングラスの男は二人が危険な存在だと察したらしい。ポケットから拳銃を取り出すと、二人に向ける。


「テメエら何者だ? UD015を知っていてここに来たのか?」

「当たり前だろバカ。主を汚した責任は取ってもらうぜ!」


勝負は一瞬だった。男の拳銃が火を噴くと同時に、ゴッドが空高く飛んだ。そしてポケットから鉛筆を取り出すと、空中で文字を描く。


『書き初め・干渉事象改変』


途端に男の手から拳銃が消え、同時にサングラスの男の目が虚ろになる。

ゴッドに向かっていたはずの銃弾も消え、男は夢遊病者のようになっている。


「書き初めは、現実の事象を書き換える。アンタの拳銃と銃弾、そしてアンタ自身の記憶を書き換えさせてもらった。まあ今回は『消した』んだけどな」


俺は思わず身震いしてしまった。現実の事象を何でも書き換えるって怖すぎるだろ。ってか何でもありじゃん・・・・


「確かこいつは、国際麻薬密売シンジケートのボスだろ。ってことは・・・そこの二人はこいつらと手を組んでたんだな?」

「黙れっ!! 私には金が要るんだ!! 死者を意のままに操る技術は、世界各国に需要がある!! この技術があれば、世界は大きく変わる!!」

「その結果、世界が崩壊することになったとしてもですか?」

「当然じゃない。世界は変えるべきなのよ。そこのバカは悪い方向に変化したけど、菜月は惜しかったわ。まあいい実験台だったけど・・・」


その瞬間だった。シルビイの銀髪が一気に逆立つと同時に、二人は地面に倒れた。

苦しげに頭を押さえながら喘いでいる。


「・・・外道が。死を弄び、己の欲のために世界を破壊するとは言語道断。我が創造主の信念に唾を吐くか!!」


激情に身を委ねたシルビイがそこにいた。ポケットから銀の鉛筆を取り出すと、空中に呪文を書き殴り始める。


『銀のタクト・終局』


すると、部屋にあった実験用具や薬などが軒並み消えていく。しかもそれは、道具だけに留まらず、二人の肉体にも及んでいた。


「バ、バカな!! 消えていく・・・私は死ぬのか!?」

「ア、アナタ何者!? 私たちに何をした!!」

「禁忌を闇に葬るために当然のことをしたまで。貴方たちの存在と、生み出した死の産物はこの世から全て消し去ります!!」


俺はただ見ていることしかできなかった。目の前から、両親が消えていくのを何も言わずに見ているだけだった。そしてしばらくすると二人の叫び声も聞こえなくなり、その数秒後には姿が消えた。


俺は両親が消えた後も何も言わなかった。残酷な話だが、両親が消えたことに対する悲しみはない。むしろ、消えて当然という気持ちのほうが強い。


「・・・帰ろうぜ。もう終わりだ」


ゴッドは静かにそう言うと、今度は金色の足元に魔法陣が浮かび上がる。

そして俺たちは地下室から脱出した。



=================


一か月後、俺は高校の卒業式を迎えた。

担任があれだけ泣いていたのを見るに、俺が卒業することはないものと見られていたらしい。

何とか卒業できた俺は、チートを再度発動して大学に進学することになった。しかも国立のそこそこ悪くない大学だ。


今の俺の生活はかなり複雑な状況になっている。

ゾンビ化した菜月は、特別に用意したマンションで一人暮らしをしている。

シルビイの事象改変は相当強力だったらしく、俺以外の人間からは両親の存在は完全に消えてしまったらしい。

兄貴と菜月の中では、幼いころに両親を亡くしてそれ以来ずっと一人暮らしをしている設定になっている。


そして、俺自身の生活も大きく変化した。

チートに頼らないためにチート鉛筆二人からスパルタ教育を受けている。格闘技全般はゴッドから、そして勉強面はシルビイからだ。


『今後人助けをするのに、貴方の助けも必要になるので』というシルビイの言葉によって、俺の今後の人生は超ハードモードが続くことが決定してしまった。

卒業式の前日はロシアンマフィアの壊滅作戦、翌日からは伝染病を防ぐためにアフリカで水の浄化作業をすることが決定している。


菜月に関してはパッと見る分には一般人と全く変わらないという理由で、一度死んでいるということは本人にも伝えていない。

ただ、いつでも異変に対応できるようにいくつかの対策はしてある。


そして、ゴッドとシルビイのチート二人は世界中を今も飛び回っている。

俺への特別レッスンの時と、俺が同行して仕事をするとき以外は大抵各々別に仕事をしているらしい。


俺は卒業証書をもって家に帰ると、家の扉を開けた。


「お帰りなさい。早速仕事ですよ」


扉を開ければ美女がいた。その後ろには金髪のイケメンもいる。


「アフリカ行くぞ。まあ5日くらいで帰れるから楽勝だろ」


卒業の余韻など噛みしめる暇すら与えないこのスタイル。

だが、正直もう慣れた。


「分かった。さっさと終わらせて家に帰ろう」


俺の足元に銀色の魔法陣が現れる。また地獄の日々がスタートだ。

でも、同時に感謝もしている。もしあの時二人に会えなければ、俺の人生はどうしようもないほど悲惨だったんだから。


勿論やることがエグ過ぎてドン引きすることも超多い。でもそれもまた二人の長所でもあり短所でもある。何よりそれが彼らの処世術なんだ。

今日も始まる怒涛の日々。精一杯楽しんでいくぜ。


そんなことを考えながら、俺は魔法陣に足を踏み入れた。

俺にどんな未来が待っているのか。それは自分でも分からない。

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鉛筆パイセンの処世術 名無しの男 @Windows

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