番外編

セレナロス症候群の処方箋

『法具店アマミ』で働いている者は、店主とシエラの二人になってからしばらく経つ。


 セレナは巨塊の最期を迎えるのと引き換えに命を失う。

 しかしこの世界の摂理の一つにしたがい、霊体となって常に店主のそばに居続け、店主にもその姿が生前同様に見えるし声も聞こえる。

 しかしシエラを始め、この世で生きている者すべて、彼女の姿は見えないし声も聞こえない。


 新たな日常を迎えた『法具店アマミ』。

 しかししばらくすると変化が見えた。

 それは店主からすれば別に気にすることではない。

 が、セレナからすれば、かなり心配な事情である。


「……やっぱり私も」


「……ん?」


 相変わらず繁盛している『法具店アマミ』にしては、珍しく店内に客がいない。

 そんな中でぼそっとシエラが呟いた。


「私も……セレナさんとお話ししたい……」


(え……。えーと……)


「通訳してんじゃねぇか。それで我慢しな。セレナも困ってる。本人も何ともしてあげられないんだと」


「二人きりで、いろいろお話ししたい……」


(まぁその気持ち、分からなくはないけど……)


 そんなセレナの言葉は店主の耳にしか入らない。シエラにとってはしばらく沈黙が続いた。


「ま、それは諦めな」


 店主の返事は一見冷たいものではあるが、実際そうとしか言えないのも事実。

 そもそも死んだ者と普通に会話できること自体あり得ないのである。

 しかしシエラはそれを認めたくはない。


「テンシュさん……人の気持ちも分かってくださいよっ! 日に日に、どんな姿してたか、どんな顔してたか、記憶が薄くなっていくんですよ?! 思い出はいつまでも消えないのにっ……」


「そんなの写真とか……」


「なんですか? そのシャシンって」


(何? そのシャシンって)


 奇しくもこの世とあの世の者から同時に同じ言葉が店主の耳に入る。


「……そういえばカメラとかなかったもんな。テレビめいたものはあるが……」


 誰かを失って感じる悲しみは、失った直後に感じるとは限らない。

 ある日突然失った実感が訪れることもある。悲しみを堪え続け、堪え切れなくなることもある。

 シエラの場合は、自分には見えない大切な存在が、そばに居る人にだけしか分からないという嫉妬の思いも混ざっている。


 シエラは自分でも分かっている。

 慰めてもらっても、その悲しみは癒えることはない。

 地を叩き、空に喚いても、その思いが叶えられることもない。

 けれど、言わずにいられない。


 店主には理解できなかった。

 そこまでセレナに親しい思いを、いつどのようにして持ったのだろうか。

 セレナを見ると、やはり気の毒そうな顔をしてシエラを見つめている。

 自分も同じ思いを持っているという様子はない。

 叶えられない願いを抱いて泣いている子の親のようである。


「恋心なら片思いだよな、間違いなく」


(い、いや、私にその気はないからっ。でも……うーん。可哀そうだし何とかしてあげたいんだけど、私には何ともできないのよね……)


「本人の知らないうちに、いろんなことを想われてるってことか。こっちは別に大して気にかけてねぇのにべたべたくっついてくる奴とかホント面倒くせぇよなぁ」


(じゃあどうして私がここにいられるのかなー? ふふ。まぁそれはともかく、心の問題って、難しいよね……)


「他人事じゃねぇだろ。お前のこと考えて落ち込んでるんだから」


 しかしこればかりはお手上げである。

 天流教の教主ウルヴェスに聞いたところで、打つ手が生まれるわけではない。

 この世界の自然の成り行きの中に、当の本人以外理解できない現象が存在し、多くの者は気のせいとか思い込みのせいと言い聞かせようとする。

 そうではなく、それは確かに現実として存在する。

 それを誰もが現実のものとして、皆でその存在を認めようとするのがこの世界の宗教である。

 しかし体感できるかどうかはまた別の問題。

 だからこの場合、セレナでもシエラの願いを叶えることはできないのである。


「……ま、好きにしな、としか言えねぇけどよ。シエラに気を遣って、しばらく俺と離れようとか」


(そ、そんな……。そんなこと、そんなの考えてないわよ……)


 ペットロスでもあるまいし。

 そんなことを店主は考える。

 しかしペットよりも深刻である。

 何せ慕う気持ちが強く、意思疎通が出来る相手なのだから。


 面倒くさいことになったと思う店主だが、泣き止めと言うほど非情ではない。

 が、物言いは相変わらず。


「それで接客なんかできるわきゃねぇだろ。もうお前は上に引っ込んでろ。俺一人でも別に構やしねぇしよ」


 まだ昼前。それでも今日はもう上がれということである。

 肩を引くつかせながらシエラは自室にこもる。


 その後ろ姿をちらりと見やり、そして店主は通常の仕事に戻る。


「……昼飯、出前にしようかな……」


(少しはもうちょっと彼女のこと気にしなさいよ……)


 店主は安定したマイペースっぷりである。


「ずっと泣きっぱなしかねぇ……。お前の抱き枕、形見分けにしたのは間違いだったんかな」


 セレナの持ち物の中で、まだ使える物を親しくしている者達の中で欲しがっている者へ配ったのだが、誰も譲る気がなかったのが抱き枕だった。


「シエラさん? あなた、セレナが愛用していた割烹着貰ったじゃないですか? なので抱き枕は私が……」


「キューリアさんだって、セレナさんの武器や道具のほとんどを手にしてるではないですか。抱き枕は私……」


「俺には一つも来ないわけ? ずっと一緒に生活してきて、お疲れさまでしたの意味合いで一つくらい俺にも」


「「あんたはセレナさんとずっと一緒でしょ!!」」


 受けを狙った店主は、シエラとキューリアの怒りを激しくしただけで終わってしまった。

 互いに親しくなった二人は、抱き枕の取り合いをする議論の中で、次第に言葉遣いが丁寧語になっていく。


(まったく。変なとこでしゃしゃり出ないの!)


 セレナが呆れて店主を見る。


「お前からなんか一言ないわけ?」


 冷静に努めて議論を交わす二人は、店主の一言で注目する。


(言えるわけないでしょ? 欲しい人に持って行ってもらうのが一番だし。こっちに持っててほしいって言ったら、もう一方に悪いじゃない。二人とも大事だったんだから)


「……欲しい人にあげる。だとよ。どのみち角が立つからってさ」


 他の周囲からの提案で、冒険者業にはその方面の物を受け取り、そうではない者には持って行けそうにない物を分けるということにした。


 その結果、シエラが抱き枕を受け取ることになった。


 そして今、シエラはおそらく寝室で抱き枕を抱きしめながら泣いているところだろう。


「どうしようもねぇな。あれもほしいこれもほしいって、我慢できねぇのか。そう思うこと自体悪いこっちゃねぇけど、セレナもつらい思いさせるだけでしかねぇってこと分からねぇか?」


 そんなことを言われても、セレナには何とも言えない。

 誰かの夢に出る方法など、死んだあとの者だって知り得ない。


「ちわー……って、テンシュ一人? 大丈夫かな……話聞いてくれるかな……」


「来て早々下らねぇこと言ってんじゃねぇよ。昼飯時に何の用だ」


 店に入ってきたのは、人もうらやむ上位二十の冒険者チームにも名前を上げた『風刃隊』のリーダー、ワイアット。

 しかしそのチームは解散。

 他のメンバーと共に、冒険者養成所の指導者の肩書を持っている。


「いや、実践を兼ねた訓練で、教え子共がやらかしてさ……頼めるとこっつったらテンシュんとこしかなくってさ……」


「頼める先が俺しかなくて、その俺に開口一番それか。いい度胸してんじゃねぇか」


(いきなり喧嘩腰はやめなさいよ、テンシュ)


「ってことは話聞いてくれるか?」


「知るかよ」


(はぁ……。まったくもぅ……)


 相変わらずの店主節である。


「いやホント困ってさ。今ようやく人目につかないように持ってたんだけどさ。そのまま載せるわけにはいかないから木の箱かぶせて台車で引っ張ってきて、そこにあるんたけど……買い取ってほしいんだ」


 店の外を親指で指しながら、本当に苦労したという顔で声を潜めて告げるワイアット。

 店主がそこまで困っている彼の表情を見るのは初めてである。

 これまではチームのリーダーと言うことで、そんな困惑した顔をすることはメンバーにも不安を感じさせてしまうためだろうか。

 思わず彼の指さした店外に向かう店主。

 そこには彼が言う通り、台車の上に木箱を乗せている。


 これを一人で持ってきたのか、その木箱を持ち上げづらそうにするが、それでも中身を見せないことには話は進まない。

 覆いのような使い方をしていた木箱。底は抜けてあるので、そのまま上にあげるだけで中身は見える。


 その中身は……。


「おい……教え子がやらかしただと? 大したもんじゃねぇか。褒めてやれよ。こりゃ……」


 店主はそう言った後言葉を失う。

 しかし何を言いたいのか、店主の驚きと喜びの混じった顔を見ればすぐわかる。


 ワイアットの身長の二倍くらいの高さのある宝石の塊である。


「懐かしいな……。セレナが俺んとこに来たきっかけのトルマリン思い出すな」


(うん……。あれは透明色が強かったけど、これは……いろんな色の輝きを出す石って言ったら……)


 店主の世界には存在しない宝石の一つ。

 店主は宝石ばかりではなく、この世界にしかない物の知識についてはそれなりに独学で身に付けていた。


「虹色輝(き)石(せき)ってやつだろ? 何度か見たことはあるがしょっちゅう見ることはない希少種のはずだ。見惚れちまうな。太陽光でいろんな色が伴った輝きが同時に、あるいは代わる代わる現れる。こんな大きさじゃそこらじゃ見ることが出来ねぇ……。教え子とやら、お手柄じゃねぇか」


「……で、これ、買い取ってほしいんだが……」


「か、買い取るだと?! ……いや、これはいくらなんでも……」


 目を見開いてワイアットを凝視する。そしてゆっくりと虹色輝石に視線を戻す。


「値段、付けられねぇよ……。力もそれなりに備わってる。安く買い叩くなんてできゃしねぇよ……」


 セレナは心配そうに二人を見る。

 店主とワイアットは、その大きな宝石を前にして途方に暮れている。


「……法王……。いや、今は皇帝か? 奉呈したらどうだ?」


「それも考えたんだが……。あいつらの功績も取られるのかなってさ」


 誰かから盗まれるかもしれない。

 皇帝、あるいは国に寄進するとなるとその心配は消える。

 しかし初めての冒険者業を体験したワイアットの教え子達の足跡も消えることになる。

 これだけの宝石を見つけ、手にした感動はいつまでも忘れることはないだろう。

 しかしそれを誰かに伝えた時に、それは本当の事であるという証明ができなくなってしまうのだ。


「ふん、しっかり先生やってんじゃねぇか。感心だな」


「俺の事よりこいつを何とかしてほしいんだよ」


「巨塊の宝石で防具作ってた頃ならそれなりに経済力はあったがな。今はあの時ほどじゃない。買い取るのは無理だ」


 巨塊の体の一部が宝石化すると、普通の宝石よりも強い力を持つ性質を持つ。

 それを利用して作る道具などは、普通の道具より高い値段をつけやすい。

 使用者にもその違いが分かるので、値段が高いのも納得できる。

 しかしその儲けは、この店を建てる予算に当てられた。

 貯えはないわけではないが、久々にそれに匹敵する、いや、それ以上の価値がある石が目の前にやってきた。

 しかし手に入れるための資金がない。

 ただで譲れとは流石に言えない。そんな発想自体有り得ない。


(何とかしてあげられないの?)


「……石の価値がでかすぎる。今の俺の手に余る。巨塊騒ぎの頃の繁盛してた頃なら何とかなったかもしれんが……。……今の所お前の所有物と言うことでいいんだよな?」


「あ、ああ。せめてここまで持ってきた手間賃だけでも」


「バカ野郎! 俺に、この石に価値はないとでも言わせる気か?! 寝ぼけたこと言ってんじゃねぇ!」


 どのみちワイアットは罵声を食らう。

 しかしそれは、店主は誇り高き宝石職人であり、見る目も備わっているがゆえにその腕も確かな職人であるという証でもある。

 やはりここに持ってきてよかったという安堵感がワイアットの心の中に生まれるが、この扱いをどうするか、解決法が見当たらない。


「ここに寄付……」


「こんな高価な物をお前から寄付を受ける理由がどこにある! ……ある意味ほんとにトラブルメーカーだよな、相変わらずお前は」


「せめて預かって……」


「だから寝ぼけたこ……」


(石、宝石として見るから扱いに困るんじゃない?)


「どういうことだよ、セレナ」


「え? セレナさん相変わらずいるの?」


(いるよー。でもテンシュにしか分からないもんね)


 ワイアットが寂しそうな顔をする。


「……もうちょっと、いろんなことをセレナさんから先輩としてアドバイスもらいたかったなぁ……」


「やれやれ、お前もかよ。セレナロスがブームなのか?」


「……テンシュ、テンシュもそうだけど、セレナさんも俺達にとっては、恩人なんですよ。けど、最近は自分の仕事で忙しくて、思い出す暇もないほど……」


 生きている者には生きている限り何らかの役目はある。

 その役目がある者には、それなりの責任がある。

 社会の一員として生きていく上で必要なことの一つが、その責任を果たすということ。


「悪いこっちゃねぇだろうが。お前らもそれなりに成長しているってことじゃねぇか」


「……そうです。成長、しなきゃ、お世話になった人に胸張れません。けど、それでも……」


 うなだれるワイアット。その視線に入ろうとセレナは彼の足元でしゃがんで目を合わせようとする。

 しかしワイアットにもセレナの姿は見えない。


(テンシュ)


「なんだよ」


(さっき言いかけたけど、石を石として見るから価値が高いんだよね?)


「価値がある。そしてそれを俺が引き取る際に、その価値と等価の物をこいつと交換する。それが理想だ。それが金になるから売買が行われ、成立するんだ」


(私、自惚れるつもりはないんだけど……こういうのはどうかなって思うんだけど)


「何だよ。何か考えがあるのか? ……うん? はぁ?! おまっ! 自分で言ってて恥ずかしくねぇか?!」


 いきなり絶叫する店主。

 隣で突然そんな声が出るものだから、ワイアットも飛び上がるほど驚く。


(だって、シエラちゃんもそうだしワイアットもそうでしょ? 他の人達だってそんなこと言ってたじゃない)


 店主は思い出す。

 この世界にカメラや写真がないことを。


「……お前……」


(テンシュなら出来るんじゃない? だっていろんなデザインを彫ることもしてきたじゃない。私は、テンシュなら出来ると思ってる)


 セレナは店主を力のある目で真っすぐに見つめる。


「……俺ばかりにしかお前のことが見えないってことに、他の連中に悪いかなとは思ったりすることはある」


「それって、どういうことっすか?」


「お前に言ってねぇよ! ……こいつらだってお前を求める思いは大なり小なりあることは知ってたからな。逆になんで俺にしか見えねぇのか不思議でならなかったが……」


(悪いと思ってるなら、罪滅ぼしということで。彼には運搬の費用にそのことで交換条件ってことで釣り合うんじゃない?)


「……ワイアット。運搬の費用は俺が持つ。そして俺が一旦預かる。……頃合いを見て、またお前の前に出す。それで交換条件成立させてくれ。で、このまま置き去りにされても困る。倉庫の方に運び込んでくれ」


「え? いきなり急に何かあった? て言うか、俺の前に出すって、意味が分かんないんだけど」


「うるせぇ! まず倉庫に運び込め! 急がねぇと午後の授業始まっちまうだろ!」


 店主の叱る声に思わず従うワイアット。

 なんとか倉庫に運び込み、ワイアットは預かってもらうことに礼を言うと運搬の費用の分を受け取り、養成所に引き返した。


「さて……。この堅さなら籠って半月かかるか?」


(……正確さと、人目を惹くような感じにしないとね)


「……他の連中に協力願って、で、俺の記憶を頼りにどこまでいけるか、だな」


(頼りにしてるよっ。テンシュっ)



 それからはまずシエラが籠っている彼女の部屋に乱入。

 大声で捲し立てる。


「お前、しばらく一人で店番しろ! 幸い注文の仕事は入ってねぇから、これからある仕事に籠りっきりになる。製造の注文はそれが終わるまですべて断れ! それと『ホットライン』とか、セレナの形見分けに参加した連中全員に連絡付けろ! グダグダ抜かすんなら全部俺がする。その代わりお前の居場所はここにはないと思え!」


「な、何よいきな」


「うるせぇ! お前に仕事言いつけて何が悪い! 理由次第で仕事をするしないを決めるようじゃ、一人立ちなんかとても無理なんだよ! 自分の思いを堪えて仕事をするのも仕事のうちだ!」


 とても「面倒くさい」「どうでもいい」と口にしながら仕事をし続けてきた者の言うことではない。

 それでもシエラは不満を持ちながらも店主の言うことに従った。


 夕方にはその関係者全員が集まる。


「悪ぃな。実はセレナの形見分けの品をちょっと借りてぇんだ。長くて一か月」


 集まった者達にとっては藪から棒の話題である。


「武器や防具を強化するとか? そんなことしてもらう必要はないわよ」


「……『俺』が見たいんだよ。物自体をな。何、改造したり壊したりなんかしねぇよ。一式揃えて見たいだけだ」


 妙な話をする。

 そんな不思議そうな目で店主を見る。


「テンシュにはセレナ本人が見えるんでしょ? それじゃ足りないって言うの?」


「あぁ、足りない。それだけじゃ足りねぇ。装備品が必要なんだよ」


「それくらいなら別にいいんじゃねぇか? 明日持ってくるよ」


「いや、今すぐだ。なるべく早くだ」


 スウォードは肩をすくめる。


「姿を見るだけじゃなくて物も返してほしいってのか?」


「見るために借りるだけだ。でなきゃ今後数百年ずっと後悔し続ける。お前らから同じくらいの年数恨まれるよりもはるかにつらい。用が済んだらそのまま返すっつったろ? 返すんだぜ? あげるじゃなく」


「……まぁ、いろいろ世話になった恩もあるし、一月くらいなら……。すぐ持ってくるから待ってろ」


 店主の言動は理解不能。

 しかし今に始まった話ではない。

 全員諦めて拠点に戻る。


(事情、説明したらどう?)


「確かに理由を言ったら喜んで持ってきてくれるだろうよ。だがそれは、あいつらに借りが出来る。それに理由に甘えたくはない」


「借りる理由があるんですか? どんな理由?」


 シエラがいることをすっかり忘れていた。

 が店主はその質問を突っぱねる。


「それをここで言ったら、理由も言わずに了解してくれたあいつらに悪いだろう。我慢しろ」


 シエラはふくれっ面になる。

 肝心なことは何も言わない。

 今までもそういうことは多々あった。

 しかし、知ることになったら、知った者にも何らかの責任は負う必要がある場合もある。


「恨まれたって構やしねぇよ。出てってもらっても構わねぇ。だがもう事は始まった。その事が終わるまではここにいろ。でねぇと……セレナが報われねぇ」


「……? なんでそこでセレナさんが出てくるんです?」


(テンシュ、余計な敵作っちゃうよ? あやふやな言い方でもいいからさ、何か言ってあげなよ)


 店主は腕組みをして目を閉じている。

 考え込んでいるように見えるが、周りの声を一切聞くつもりもないようにも見える。


 やがて全員が再び『法具店アマミ』に、セレナの持ち物を携えてやってくる。


「さ、これで全部揃ったことになるね。一か月だったね。その頃に取りに来るから」


「遅くても一か月だ。早まったらその時に改めて連絡する」


「あぁ、そうあってほしいな。じゃあな」


 彼らは店主がこれから何をするのか、そんな関心を全く持たずに店を出た。


(テンシュ……)


「さて、始めるか。シエラ、これから毎日店番頼むぞ」


 シエラも何も答えずその場を立ち、閉店の準備にかかる。


(ねぇ……)


「気にしたら負け。さて、どうするかな」


 彼らが持ち寄った様々な物を、台車を使って倉庫に運び込む。

 そんな店主を無視して、シエラは店内の電気を消し、自分の部屋に戻っていく。


 こうして店の一日は終わった。

 しかし店主の一日はまだ終わらなかった。


 それからというもの、『法具店アマミ』に関わった者達の間で話題が上がる。

 店主がセレナのことを独り占めしている。

 セレナの思い出をなくそうとしている。


 セレナとの別れを惜しみ、店主には不評が高まっていく。

『法具店アマミ』の来客数が格段に減る。

 当然収入も減るが、倉庫に籠って何かをしている店主は全くお構いなし。


 しかしそれを気に病む者が一人だけいた。


「俺が、ある物を持ち込んでからそんな話が出てきてさ」


「あんたのせいじゃないの?」


「アレでしょ? テンシュにとっちゃ迷惑千万でしょうに」


「でももう話付けちゃったし……」


 リーダーらしからぬ慌てぶりに、ミールとウィーナは呆れている。


「その前に、何かフォローしようとしたってあの人のことだぜ? 梯子外されるに決まってる。両親が咎める気持ちも分かるけどよ、ここは見に徹するしかねぇ」


「テンシュに無理させちゃいましたね……」


「分かってるよ! そんな目で見んなよ!」


 元『風刃隊』のメンバーたちが、養成所の食堂の片隅で話し合いをしている。

 もちろん噂に聞こえてきた店主のことが話題である。


「噂によれば一か月間って話ですから、あと三週間くらい。詫びを入れるのはその後ですね」


「つくづくテンシュって、タフだよなぁ……」


「感心してる場合じゃないから」


 そんな中、店主は食事とトイレ以外は倉庫に籠り切り。

 この世界の本を持ち込むために一回自室に戻ったくらい。

 シエラは全く無関心。店主とはほぼすべての関係を断絶しているようなものである。


 そして予告の日を迎える。


「で、こうして集まったわけだが、テンシュは?」


「さぁ? 知らない」


「……一応従業員だろ、シエラ」


 不満を持つ冒険者達の声を押され、重い腰を上げるシエラ。

 倉庫に籠りっぱなしの店主の様子を見に行くが。


「お、揃ってたか。んじゃ戻す。持ってってくれ」


 店主がそう言って、借りたセレナの物すべてを台車に乗せて彼らのそばにやってきたのは、店の入り口から。

 シエラ以外の全員が、一瞬その人物は誰かと不思議に感じた。

 髪も髭も伸び放題。

「テンシュ……? えーっと……外にいたの?」


「おぉ。本人も喜ぶ出来栄え。臆面もなく、良くあんなこと言えたもんだ。その要望に応えた俺も俺だがな」


 そういう店主の顔は満面の笑み。

 そんな顔をこの世界でするのは珍しい。


「今まで外にいたわけ? 何してたのさ」


「まだ内緒だ。あいつが来るまでな。もう来てもいい頃だが……」


「テンシュっ! 何あれ! す……すげぇよあれ!」


 店内に飛び込んできたのはワイアット。

 店主よりもテンションが高い。激しく驚き、激しく喜んでいる。

 すかさずそれに反応する店主。


「どうよ? あれも含めて買い取りだ」


「文句ねぇよ! お、俺……」


 その感情の激しさのあまり疲れ切ったかのように両膝と両手が床につけるワイアット。

 何のことかと集まった冒険者達がワイアットに駆け寄る。


「おう、お前ら。お前らもいいぜ。やっぱまずこいつに見せてから、だもんな」


 何のことか、どういうことかと全員が外に出る。


 入り口には、等身大のセレナの彫像が置かれていた。

 その姿は、いつも見慣れた鎧の姿だがかなりアレンジがされている。


「メジャーな童話の、戦乙女とやらが出てくる挿絵も参考に。光もいろんな色で輝くから、顔もはっきり表情が分かる時もあればシルエットになる時もある。ま、俺の個人的事情で作ったから周りがどう思おうが別に……すごくどうでもいいことだがな……って、お前ら」


 全員が見惚れている。

 何人かは涙を流している。


「て……テンシュ……」


「うるせぇ。道具、貸してくれてありがとな。お前らに言うことはそれだけだ」


(ふふ。みんな喜んでるよ。……テンシュ、ありがとね。これで私も永遠の若さを)


「さて、店、閉めるか。もう時間だぞ……って、シエラもか」


(ちょっ!! 久しぶりに冗談言ったのに反応しなさいよっ!)


 シエラは鼻水まで垂れ、流れる涙と共にそのままである。


「……シエラ。戸締り、任せるからな。俺もう寝るから」


 その前に風呂かなぁ。

 感動している彼らを背に、そんなことを思う店主は、やはり店主のままだった。

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美女エルフの異世界道具屋で宝石職人してます 網野 ホウ @HOU_AMINO

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