中年夫は中二病

いすみ 静江

俺はアラフィフ、趣味オタク

「ぶっひょ! 異世界ファンタジーの本が喋っている!」


 俺が驚くこともないか。

 ふだんの『俺たち』からすれば、あり得る。

 今までなかったのが、むしろ珍しいな。


 ◇◇◇


 俺、アラフィフ佐助さすけ、本が大好き。


 小説を読む読む。

 マンガを読む読む。

 ムックを読む読む。

 積読ではないよ。

 ゆっきーに言われてしまうが、片手でさくさく読むのだ。


 異世界ファンタジーを読んでは、「ブシャー!」と、鼓舞する。

 ラブコメを読んでは、「くすり!」と、微笑ましくなる。

 恋愛を読んでは、「あっちあち!」と、恥ずかしがり屋になる。


 いずれも語ります。

 お相手は、もちろん、ゆっきーだ。


 年齢不詳な割に年上女房ゆっきー、俺を愛している。

 いつでも、反応が楽しい。


「ゆっきー、異世界ファンタジーを読んだぞー」


 おすすめのポイントを語る。

 生産能力があって、最初から何でも手に入れられる訳ではないのが、いいのさ。


「もっと聞きます! お師匠さん」


 メモする妻。


「ゆっきー、ラブコメも泣き笑いポイント高いぞー」


 少年誌的には、曇らせたり隠したりで、OKにしたものが、単行本で、隠されていない場合もあるんだよ。


「もっと、もっと、聴きます! 男子目線で」


 メモメモする妻。


「ゆっきー、恋愛は俺を泣かせるぞー」


 買ってくれた同じ本を読んだよね。

 最初、チカンから助けたろう?

 そういうのもありってこと。

 

「訊きます! 女として」


 爆メモする妻。


 俺は、ゆっきーと佐助の二人まとめて、『俺たち』が口癖だ。


「俺たち、俺たち、俺たち……。戦友ですか?」


 ゆっきーの辿り着いたところはそこらしい。


「ゆっきーは、確かに、人生の戦友ですが、オタク的な戦友なのですかね? 上司でも部下でもなく、同僚でしょうね」


 ゆっきーのシンプル構造の生態調査は、言うまでもない。


 物語を書く書く、「ドギャーン! 難しいよー!」と、大学ノートを開いて、むじゃむじゃやっている。

 楽しそうだな。

 イラストを描く描く、「楽しいー! けれども下手の横好きだわー!」と、今日もスマホでオリジナルイラストを描く。

 俺は、美術は勘弁してくれ。

 頭を搔く搔く、「白髪も増えて、お兄ちゃんに染めてと言われたわー!」と、アイデアがないときの仕草だ。

 兄は、母親好きだ。


 俺たちの間には、布団という川の中に、マリアナ海溝がござんす。

 その岸で攻防があることないこと。


 佐助は、黒猫の枕で、仕事で疲れた体を癒し始めます。

 身をしずめると、たっぷーんとウォーターベッドのように落ち込んでいく。


「うーん、むにゃー」


「ふおおお! 三秒で、熟睡ですか? どこかの異世界に行っているのかなー?」


 俺は、ゆっきーが、気楽に喋っているのを寝ていても聞こえた。


「まあ、話し相手もいないと、お茶もつまらないな。私も布団に入ろっと。『中年夫ちゅうねんおっと中二病ちゅうにびょう』って本、少し読むかな?」


 ふと、俺は、自分の寝姿を見ているのが分かった。

 げげげげげ!

 死んだ訳はないよな。

 悪い夢だ。


 俺たちの世界をよく見た。

 この時、いつものマリアナ海溝は、キラキラと輝いていたし、まるで、箱舟がやってくるような気配がした。

 大きな、大きな、桃?

 いいえ、それは……。


 ◇◇◇


「ぶっひょ! 異世界ファンタジーの本が喋っているよ」


 ベージュの綺麗な、板状大地に仁王立ちする。

 もしかしたら、俺の机か?

 俺の目の前に巨大な本が立ちはだかっている。

 美麗なイラストと内容がかみ合わない気がする、『中年夫は中二病』だ。


「よっす。俺、もう転生しちゃって、見た目年齢は少年なんだけど、中身は経験豊かなおっさんさ。お嬢さん、お付き合いしない?」


 おいおい、ナンパさん、難破しなさんな。

 ところで、俺の体を見てみる。

 タイトルは、『悪役令嬢あくやくれいじょうはヒロインの恋人こいびとをむしりとる』って……。

 結構、酷い話だ。

 パラパラと読んでみる。

 俺は速読が得意で助かったよ。


「ぶっひょ! 俺は、『悪役令嬢はヒロインの恋人をむしりとる』だぞ。逆ハー悪役令嬢で、領地に向かっているのだが、中の人はアラフィフ中二病の俺だぞ。いいのか」


 ふふんと、異世界おっさん満足ファンタジーの鼻息が荒い。

 あ、俺もおっさんだったな。


「そうか。『悪役令嬢』ちゃん。そんなに可愛いのにな。まあ、領地とは本屋か買った人の本棚だろう? 狭いだろうよ。さあ、アラフィフ中二病。おっさんと逃げよう!」


 そんな運命はこの逆ハー悪役令嬢にはないな。


「俺は、おっさんと浮気するのか? 不倫だ! なんてこったい妻帯者よ!」


 色々話しながら、俺は自宅の本棚を目指した。

 本が散らかっているのは、好かないからな。


「さーすーけー! たーすーけーてー! ねーおーちーしーた……」


 やっと来たゆっきーは、若くはなかった。

 見た目は少女、中身はゆっきーを期待していたが。

 まあ、ゆっきーを見た目で選んだことは、太古の昔に内緒の小箱に吹き込んだ。

 ともに白髪があってもそれはいい。

 むしろ、いい。


「おお、ゆっきーか。どうした?」


「今、ラブコメさんに追われているの」


 ゆっきーの本も息がぜいはあとしていて、苦しそうだ。

 リアルゆっきーは、体が弱いからな……。


「何? ラブコメさんだと!」


 ゆっきーのへろへろと指さす先に、家の窓からよじ登って来る本がいた。


「ああ、あの子なんだけど……」


 俺は、ちょっと困ったぞ!

 こ、これは……。

 つまりは、女子おなごが目にしてもいいのだろうか?


「ゆっきー! 見るな!」


 ゆっきーの『親子おやこでにこにこクッキング』の前に、俺の『悪役令嬢はヒロインの恋人をむしりとる』が立ちはだかった。

 

「ええ? 何で? 佐助」


 だって、だって、このマンガはさ、ゆっきーには見せたくないじゃん。


『どうもですー。『ぼくは女戦大名おんないくさだいみょうだが、信長のぶながきあと女子おなごにもてまくり!』と申しますが、名刺はないです。でも、タイトルを覚えてください』


「無理、無理」


 俺たちが体をよじって、無理な動きがたたったのか、本の帯が歪んでしまった。

 かん高い鳴き声がしたな。

 よく見ると、『悪役令嬢』の帯に、黒猫が抱かれているイラストがある。

 まさか……。


「そんなに危険なの? 佐助」


「あの『ぼくは女戦大名だが、信長亡きあと女子にもてまくり!』、ゲージを見てみろよ。ボルテージが高いだろう。チャームも負けじとある。何せ、底知らずの体力だ」


「どの大名を指しているんだろうね? 秀吉ひでよし? 伊達だて?」


「ゆっきー。俺の買った歴史のムックを読んでいたね。考え過ぎは、向かないよ。休んでいなさい」


 俺は、ゆっきーに無理して欲しくないのだ。


「えー、酷い。でも、私の『親子でにこにこクッキング』って、どんなポジションなんだろうね」


 そうなのだ。

 ゆっきーの本は、内容が『家事』に、俺の本は、内容が『日本文学、小説・物語』に分類される。

 整理好きと、何故か血液型オー型の俺の本棚では、離れてしまう。


「日本図書コードの分類コードがあって、そのCコードで、俺たちは別れる」


 辛い宣告だ。

 勘弁な、ゆっきー。


「嫌よ、そんなの! 意気地なし。中がアラフィフ中二病でもダメなの?」


「仕方がないんだ。俺たちが生き残る為なんだ」


 俺の自室にノックを三回された。

 来た!

 母さんだ!

 Cコードで分けられてしまう!


「『日本文学、小説・物語』すけさーん!」


 『家事』ちゃんは、可愛らしい表紙なのに、うるうるとして、オムライスがとろけ過ぎた半熟玉子になってしまった。


「『家事』子ちゃーん!」


 『親子でにこにこクッキング』は、一旦、家事のCコードを決められた後で、母さんが、ラベルを貼るのに困っている。

 俺と同じくらい速読するから、読み切ったようだ。


「これ、ライトノベルだわ。流行りの飯もの異世界ラブコメね」


 すとんと、俺の『悪役令嬢はヒロインの恋人をむしりとる』の近くに『親子でにこにこクッキング』が落ちた。

 やったぜ!

 異世界でも、仲良し夫婦だ。

 俺たちは、俺たちなんだな。


 その後、『ぼくは女戦大名だが、信長亡きあと女子にもてまくり!』も本棚に来て、引っ越しタオルを配っていた。

 ん?

 何か忘れていないかって?

 あの、胸を焦がす、『恋愛』様がまだお見えにならない。

 ズンチャッチャ、ズンチャッチャ、変な行進曲が聞こえて来た。

 その後は、筝曲できりっとしめての登場だ。


「私が大活躍する、『Shikibuしきぶの家庭教師日記』は、『日本文学、評論、随筆、その他』かしらね? ほほほ」


 俺たちは、来るべき時に冗句でしか対応できなかった。

 基本、ギャグ体質なのだな。


「出たな、ほほほ! 俺より、悪役令嬢っぽいぞ! ジュリせんないの?」


 ほほほ女史は、黙って顔を隠した。


「ひおうぎか……。ラグジュアリーですね。はい」


 俺は、打ちひしがれた。

 完敗だ。


「というと、ラストは、清少納言さまがご登場かな?」


「ほほほ……」


 どすどすと、御簾みすの中から、重厚な本が現われた。


「僕は、『恋愛百科事典れんあいひゃっかじてん』を書いた、きよしといいます」


「清……」


「ぶっひょ!」


 俺の大笑いで、大きな暗闇がどこもかしこも吸い込んでしまった。

 俺は、また、とろとろと眠くなってしまった。


 ◇◇◇


 俺は、布団をしっかり被って寝ていた。

 いつも寝相がいい。

 隣のマリアナ海溝越しには、ゆっきーが、おへそを出して眠っている。

 お腹を壊すと辛いだろうと思って、布団を優しくかけた。

 五時半。

 俺もそろそろ、仕事へ行く時間だ。

 この季節、もう日が差すので、すっきりする。


「あー、もうおへそを出している! 誰に似たんだ?」


 後、一回は、布団をかけよう。

 仏の顔も三度だ。

 おや?

 黒猫の枕をゆっきーがしている。


 不思議な夢もあるものだ。

 帰宅したら、ゆっきーに訊いてみよう。

 でも、面白かった夢って、直ぐに説明できなくなるものだ。


 読むの書くのと違えども、俺たちは、趣味が合うよな。


 俺はアラフィフ、趣味オタク。

 自覚があるよ。






 中年夫は中二病って……。


 ははは……。





   ゆっきーの笑顔に会いたいな……。













Fin.

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