お母さん、私、自殺ゼミ殺りたい!!

ちびまるフォイ

すごすぎる遺書はぜひテレビに出すべき

学校の自分の机には手ひどい落書きが行われ、上履きはなくし

椅子にはなんだかよくわからない液体でべとべとにされている。


そんな状態でも毎日けなげに学校へ行っていた高校1年生の夏。

ふと思い立って屋上へと昇った。


「もうこんな人生終わりにしよう……」


一歩踏み出そうとしたとき、目の前に赤い妖精が現れた。


「やぁ、僕は人生ゼミの妖精だよ!

 見たところ、君はこれから自殺するみたいだね」


「止めるつもり?」


「とんでもない! ただ、今のままじゃ意味ないってことを言いたいポン。

 君が死んだとしても学校が休みになるだけで、君をいじめていた子は

 むしろラッキーくらいにしか思わないってことポン」


「どうすればいいの」


「自殺する前に、ゼミの遺書講座を受けてみるポン!

 きっと今の君に足りないものが見つかるポン!」


妖精からゼミのパンフレットを受け取って親に見せた。


「お母さん、私ゼミをやりたい!」

「昔もやっていて、すぐにあきらめたじゃない」


「でも、今度はちがうの! この夏にライバルに差をつけたい(?)の!」

「また貯めちゃわない?」


「大丈夫!」

「ひとりでやりきれる?」

「この目を見て!」


強い目力で親を説得することに成功し、数日後にゼミの教材が送られてきた。


「毎日15分だけで完璧な遺書が書けるって本当かな……?」


教材には細かいルールや作法などが細かく書かれていた。

そのうえで、自分なりの遺書をまず書いてみることに。


「できた! はじめてにしてはできたほうかも!」


「どれどれ、採点するポン」


いつからか妖精が部屋に居座っていた。

教材と一緒に妖精も郵送されてくるのでその場で添削してもらえる。


「で、どうだった? 私の遺書」


「一言でいえば……」

「ひとことで言えば……!?」



「便所紙ポン」



「ひどくない?!」


「感情が先走りすぎているポン。これじゃ遺書というより愚痴日記ポン。

 それにかわいそうな自分に酔っている感じが鼻につくポン」


「それあなたの感想なんじゃない?」


「とんでもない! ボクはこれまでいくつもの遺書を見てきたポン。

 君が死んでから、君の遺書はテレビに映されることが多いポン。

 こんな出来の遺書を全国のお茶の間に届けられていいポン?」


「うう……それじゃどうすればいいの?」


「まかせろポン」


妖精は赤ペンで遺書にあれやこれやとコメントを書き加えていく。

その細かさに思わず舌を巻いた。


「いいポン? 遺書は自分の気持ちを書くだけじゃダメポン。

 "こんなにかわいそうだったのよ私"じゃ誰も共感しないポン。

 読み手が共感できるように書くのが大切ポン」


「読み手が共感できるように……。

 うん、次はもうちょっと身の上話とか嬉しかったこととか混ぜてみる」


「いいポンね。マイナスなことだけじゃなく、プラス話も入れれば共感力アップポン」


妖精のコメントにメモを走らせる手が追い付かない。


「あと、関係者に感謝を伝えることが大事ポン。

 お父さん、お母さんありがとうポンとかポン」


「どうして?」


「感謝された側は悪いことをしたという気持ちから、

 君が死んだ後も積極的に動いてくれる心強い仲間になってくれるポン」


「なるほど……!」


「あとは……これポン!」


妖精はいきなり紙の一部分をくしゃっとつぶしてしまった。

さらに、雨の降っているのに窓を開けて雨を入れてしまう。


「ちょっと、なにやってるの!?」


「よくみるポン」


「あーー……もう遺書もくしゃくしゃじゃない。

 それに雨が吹き込んで濡れちゃってるよぉ……」


「でも、まるで泣きながら辛そうに書いているように見えないかポン?」


「あっ!! たしかに!!」


紙が乾いても水の跡が残ったりするので、涙のようにも見える。

さぞ辛そうに遺書を書いているイメージがありありと浮かぶ。

実際にはノリノリの曲を聴きながら書いたのだけれど。


「紙だって大切なメッセージを伝えられる演出素材ということポン」


「うん、私頑張ってみる!!」


それからも妖精の的確かつ鋭く繊細なコメントを受けて遺書を何度も何度も修正した。

完成するころにはすっかり季節も変わりそうになっていた。


「うん、これなら文句ないポン。

 どこへ出しても恥ずかしくない完ぺきな遺書ポン」


「やったぁ!! ついにできたんだね!!」


思わず子供の用に飛び跳ねて喜んだ。


「ボクの役目も終わったポンね。仕事は達成したポン」


「今まで遺書を添削してくれてありがとう! おかげでいいのができたよ!」


「そうじゃないポン。ボクの本当の目的は君を自殺させないことポン」


「どういうこと?」


「ボクと出会った日の君は今みたいに笑うことなんてなかったポン。

 でも、何かに向かって努力するうちにすっかり元気になったポン」


「そういえば……たしかに……」


「いじめられている世界がすべてじゃないポン。

 ちょっと気をそらすだけで、死にたくなる現実なんて忘れちゃうポン」


「そうだったんだね! ありがとう妖精さん!

 もう全然、私が死にたいって気持ちはなくなったよ!」


「礼には及ばないポン。これがボクの仕事ポン。

 最近、受講した『スムーズな自殺講座』も君にはもう不要ポンね」


「そうだね、私には不要だね。ちっとも死にたくないもの」


ゼミが終わり妖精は別世界へと帰っていった。




数日後、朝のニュースでは私の遺書が映し出されていた。


『昨日、○○学園内で自殺した女子児童の遺書が見つかりました。

 彼女は生前、学内でいじめの主犯とされており自殺する要因はなかったそうです。

 遺書には、いじめ側に立ちながらもつらい心中が書かれており――』


テレビを消した。


「自殺講座なんて、確かに私には不要だったね」


私は立ち上がると、道具一式を人知れず処理した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お母さん、私、自殺ゼミ殺りたい!! ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ