最後の死

 ベッドの上で目が覚めた。身体にはきちんと掛布団がかかっている。いったい誰が――

 結実だ。

 時計は午後六時を示している。意識を失う直前のことを思い出し、布団を跳ねのけて床に四つん這いで飛び降りる。

 フローリングにしたたかに身体を打ちつけて、しばらく痛みに悶えた。

 床に転がったまま自分の両手を見て、驚愕した。そこには人間の手があった。

「何で……」

 口から洩れた呟きは、聞き慣れたわたしの声だ。

 部屋を出ると、歩き方を思い出すように、ゆっくりと一歩ずつ廊下を進んだ。一歩進むたびに、ぼんやりとしていた考えが次第に形を備えてくる。

 結実が四回自殺を図ったのは、「死」が四つ分必要だったから。

 このアパートの部屋でしか自殺しなかったのは、わたしに〈死吸い〉をさせるため。

 今朝、わたしから「死」を奪っていったのは――

 リビングの床に結実の服がひとそろい、投げ出されていた。

 Tシャツとスカートに絡んでいる大量の紫色の粉は、かつて結実だったもの。

 テレビがつけっぱなしで、ニュースキャスターが喋っていた。

『……本日午前十一時、○○県××市の路上で女子中学生四人の遺体が発見されました。死因はいまだ不明ですが、警察は事件性があるものとして捜査しています……』

 わたしは凍りついたように立ち尽くしていた。

 長い――とても長い時間が経って、玄関ドアが開いた。

 リビングに入ってきたのは父だった。

「ただいま」

 父はわたしを見て怪訝そうに眉をひそめ、床を見て、それからわたしを見る。

「希実、これは……」

 常にいがみ合い衝突の絶えなかったわたしたちは、一瞬視線を交わして、それだけですべてを了解した。

 父は床に膝をつくと、散らばった洋服をかき集めるように抱いた。背中が小刻みに震え、荒い呼吸音がリビングを満たした。

 そういえば一昨日、結実はこんなことを訊いてきた。

 ――苦しんだら、人を殺してもいいの?

 結実のことを何も理解してあげられなかったことを悟って、わたしは――

 やっと、泣くことができた。

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シスイ 松明 @torchlight

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