ルルイエ復活計画

@omochi555

第1話終わりの始まり

「海塚君、明日からもう来なくていいよ」

「そうですか。今までお世話になりました」


 6月の半ば、海塚大吾のコーヒーショップ勤務は静かに終わった。

バイトリーダーを客の前で殴打すれば、さもありなん。罪であることは承知しているが、向こうが偉そうに指図するのが悪い。

その翌日の朝、開店前に彼は簡単なやり取りの後、店を追い出された。警察に通報しないだけ、有情だろう。


「あーあ、あんなつまらない理由でクビになっちゃって、これで何件目?」

「職場を変えたのは、今までで5回。これで6回か」


 裏から店を出る彼の側に、いつのまにか長身の女が立っている。

デニムのパンツにシャツのシンプルな装いだが、175㎝の大吾が見上げるほど背が高い。

凶悪と言った形容がピッタリの豊満なバストの持ち主だが、人相も同じくらいに凶悪だ。極端な三白眼で、目の下に大きな隈を作っている。


 女は軽薄に笑い、海塚も能天気に微笑む。

実際、道楽で働いているような物なので、キャリアにどれほど傷がつこうと気にならない。

中学生の頃から、財布には常に十数万円の札束が入っている。


「今まで結構な生贄を捧げましたからね、そろそろ出てこれませんか、クトゥルー様?」

「あー、まだ駄目。ここにいる私はそれなりに力が使えるけどねー……大吾のおかげだよォ」


 朝早い時刻、周囲に通行人は疎らだ。

自宅に向かう道すがら、すれ違う者も3、4人ほどいたが、大吾達に気を留めるものはいない。

太平洋の底で眠る、ゾスよりやってきた者「クトゥルー」との10年以上の対話により、軽い暗示程度は呪文無しで扱える。


「丁度いいですし、これを機に、あなたの復活に専念するとしましょう」

「おぉ!いいね~、頑張れー。私もばっちりサポートするからね」

「はい、お願いしますね」


 199X年、さる秘密結社が地上文明を一掃せんと、クトゥルーの眠る都市「ルルイエ」の浮上を目論んだ。

それ自体は対抗勢力の妨害で失敗に終わったが、彼らの企みは一つの出会いを地球にもたらした。

海塚大吾。クトゥルーと交信してなお発狂せず、それどころか、その一部を自分の手元に置いておくという、桁外れの霊能力者。

彼の恐るべき素質を、秘密結社――銀の黄昏教団は図らずも目覚めさせたのだ。


 1人と1柱は、名古屋市内のマンションに帰る。

彼は独り暮らしであり、ここは小規模な工房に作り替えられている。


「で、今日はどうする?また生贄探す?」

「それもいいんですが、貯蓄が尽きる前に貴方を復活させたいので…、一つ試してみようかと」

「?」


 大吾は事務机の前に座り、PCで作業を始めた。


「何々?文字がいっぱーい」

「クトゥルー様って、何度か子供産んでいるでしょう?それを再現した、ウィルスみたいなものです」

「ほう!」


 正確にはクトゥルーの落とし子に、ドリームランドで捕獲した外なる神の幼生――そのものは使わない。これもウィルスだ――を交配させた雑種だ。

望むスペックを持たせるために、大吾は4年の歳月を費やす羽目になった。

電脳世界に適応しているが、コンピュータウィルスと異なる。


「彼らは飢えています。彼らはネットを通じて、あらゆる端末から外に出るでしょう。身体を求めてね」

「アッハハハハ――そんなにうまくいく?」


 大吾はウイルス「Star-Spawn」を放流すると、傍らのクトゥルーに顔を向けた。


「フフフ…、まぁ、上手く行かなかったら、お酒飲んで寝ます。けど軌道に乗ったなら、とても楽しい事になりますよ」


 彼らは通常のウィルスではない、0と1から発生した外宇宙の生物――地球生まれだが。

インフルエンザが耐性を得るように、外に出た彼らも生存に適した形に変異を遂げていくはずだ。


 大吾がクトゥルーと出会い、20歳になった頃。

彼は自らの意志でルルイエを僅かに浮上させた。頂点が海面から覗く程度だったが、世界中で自死や暴行事件を引き起こす威力を発揮。

ほぼ同時期に多発した事件の原因に思い至った人々はパニックに陥ったが、彼が捕捉されることは無かった。裏の世界で名前を売っていなかったからだろう。


 「Star-Spawn」に、最初に肉体を奪われたのはおよそ687万人。

そのうち、日本で発生したのは51万ほど。彼らは悪性腫瘍のごとき飢餓感に突き動かされるまま、手当たり次第に人々を襲い、あるいは自身の遺伝子を注いだ。

外なる神には及ばぬとはいえ、小銃程度で息絶えるものではない。


 また、別の問題も発生した。

受肉した落とし子の毒気にあてられた人々が錯乱し、それがまた被害を拡大させる。

さらに隠れていた魔術師や秘密結社が、この機に乗じて勢力を広げようと暗闘を開始。世界は数か月で、混迷の極みに達した。


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