第3話 瀬戸内の姫君
「姫さま~」
「姫さま~!!」
嫌だ、本当に嫌だ。
嫌で嫌でたまらない。
そう嘆き、自宅の床下にひっそりと息を潜ませているのは、
瀬戸内の領主である巫家の長女にして、次期領主の最有力候補である。
歳は、15歳。
まだ、大人になり切れていない部位は所々あるものの、瑞々しく張りのある肌には、ポツリ、ポツリ・・・
と、小さな汗の雫が浮んでいる。
肌の色は全体的に透き通る程に真っ白であり、毎日十分な程に紫外線を浴びているにも関わらず、色あせている部分は少しも見当たらない。
そして、パッチリと見開いた目と、程よく
いや、これ以上ない程に調和していた。
まるで人形のようだ。
きっと、世界中を探し回っても、この少女以上に可憐な者は見つからないだろう。
まさに、瀬戸内の産んだ奇跡。
千年に一人の美少女という言葉は、この少女のためにあると言っても過言ではない。
「姫様~、出発のお時間ですよ~」
バタバタバタバタ
巫家の侍女達は、呆れかえった顔をして家中を探し回っている。
巫咲良の一日は、本当に忙しかった。
朝早くからの勉学に始まり、昼間は炎天下の中で、戦闘訓練、魔術訓練。
夕方になれば、社会で恥ずかしくないように一般教養と礼儀作法をミッチリと叩きこまれ、
夕食後から、就寝までの数時間にようやく自分の時間を確保できる。
咲良は、家の敷地の外に出たことがほとんどなかった。
それだけではなく、同年代の子どもと遊んだことさえなかった。
物心ついた頃から、ずっと侍女に囲まれて育ち、
毎日毎日、同じようなスケジュールをただひたすらこなし続け、15歳になった。
今までは、ただひたすら言われた通りに生きてきた。
しかし、若干15歳の少女というだけあり、いつかは反抗的になる時期も訪れる。
その時期が、『今』というだけである。
『あ~、もう限界!早くこんな家出ていきたい!』
脳裏に浮かぶのは、ただひたすら言われたことをこなして生きてきた長い年月。
今までは、その生き方が当たり前だと思っていた。
しかし、咲良は知ってしまった・・・
それは、1週間程前のこと。
前日の稽古が特に厳しかったため、疲れ果てた咲良は夕食も摂らずに、死んだように眠ってしまっていた。
そのせいもあり、その日の朝はまだ誰も起きていない早朝に目が覚めた。
もうひと眠りできそうな時間ではあったものの、いつもと違った雰囲気を味わってみたいと思い、庭を散歩することにした。
『外にはどんな世界が広がっているのだろう』
好奇心はあるものの、もし外に出てしまえばどれだけ叱られるか予想ができない。
咲良は、ただジーっと外の世界への入り口を見つめることしかできなかった。
が、その時、門の下の隙間から紙切れが覗いていることに気づいた。
「なんだろう?」
不思議に思った咲良は、スッとそれに手を伸ばした。
「あれ?ちょっと重たいな~」
それは、紙切れではなく、冊子のようだった。
少し厚めのようで、門と地面に挟まってしまった。
「えいっ、、、えいっ・・・えいっ!」
正体を確認したいという好奇心が勝り、力強くその冊子をこちら側に引き寄せる。
「なんだろう、、、これ?」
表紙は、写真ではなく可愛らしい少女の絵だった。
「かちゅーしゃ・・・7月号?これが、この厚い本の名前かな?」
それは、『かちゅーしゃ』という少女達に人気の漫画であり、一冊の分厚い冊子の中にたくさんの作品が掲載されている。
ジャンルは、恋愛ものがメインであり、中には過激な性描写が掲載されていることもある。
何が書かれているのか気になった咲良は、何気なくページを開いた。
『、、、ッ!///』
恋愛という感情を初めて目にした咲良は、あまりの衝撃に卒倒しそうになった。
『もっと読みたい』
そう強く思った咲良は、分厚い冊子を抱え急いで寝床へと戻った。
緊張のあまり、飲み込もうとした唾が喉に引っかかる。
先程まで真っ白だった咲良の顔は、ピンク色に染まり熱を帯びている。
緊張により震える右手をもう片方の手で精一杯抑え込み、ゆっくりとページを開いた。
ドクン、、、ドクン、、
「う、うわぁ・・・」
あまりの衝撃的なシーンを直視できなくなり、枕に顔を思いっきり伏せた。
『壁ドン』
逃げ場をなくした少女は、あまりの衝撃に目を丸くして、徐々に迫ってくるイケメンの顔を直視せざるを得なくなる。
しかし、胸の鼓動の高まりに我慢できなくなった所で、相手の顔を直視できなくなりたまらず顔を逸らす。
が、イケメンはそれを許さない。
愛しい『その人』の
「こっち向いてよ」
そんな言葉などイケメンには不要だ。
優しく顎を掴み、半ば強引にこちらを向かせる。
しっかりとこちらを向かせた後には、
「ご褒美だよ」
と言わんばかりに、愛しい人の下唇を親指の先で優しく撫でてあげる。
これが、イケメンだ。
イケメンであれば多少強引なことであっても許される。
『その人』は、抗うことを諦める。
すると、イケメンは優しく微笑んで『愛しい人』の唇を奪った。
「キャー!!」
そう、叫ぼうとしたがこの『宝物』が誰かに見つかってしまっては、間違いなく没収されてしまう。
瞬時にそのことを理解した咲良は、枕で口と鼻を圧迫してから、思いっきり叫んだ。
「は、
脱力した咲良は、ベットに崩れ落ちた。
かなり刺激が強かったようだ。
「胸が・・・痛いよ、、、」
この世に生を受けて以来、初めての感情だった。
胸の奥底から湧き上がる熱い思いによって、身体中が熱を帯びる。
その熱は、体内に留めていた水分を気化させ、湯気となって空気中へと分散された。
その後、襲ってくるのは虚無感。
『切なさ』である。
読者の感情までもが揺さぶられることこそが、恋愛マンガの醍醐味でもある。
「恋、、、してみたいな」
知らず知らずの内に、右手の人差し指が唇を優しく撫でていた。
そんなことを思い返していた。
「姫さま、こんな所にいらしたのですね。
出発の時間ですから、早く準備をされてください」
「はぁ・・・」
咲良は、ため息をつきながらゆっくりとその場を離れた。
「どうしてあのような場所に・・・」
「何でもないから!」
そう強く言って、咲良は急ぎ足で迎えの者が居る家の門へと向かった。
不思議に思った侍女は、咲良の隠れていた辺りを捜索する。
「あらあら」
侍女は、咲良の後ろ姿を見ながら微笑んだ。
侍女は、分厚い本を袖の中へと隠した。
星屑のオーブ @rinnrinn072
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