第2話 生きるために

榊家の軍服は、全身が黒に統一されている。

その漆黒の闇は、榊家の得意とするスピードによる敵の 攪乱(かくらん)を補助する。

榊家の得意とする魔術は、身体能力の強化である。

身体強化は、全部で10段階強化することができ、1段階強化する毎に爆発的に身体能力を強化できる。

星屑のオーブを所持する者の、身体強化は平均で3程度。

5以上に強化すると、身体に何らかの副作用が発現し、その後の戦闘に支障をきたす。

そんな身体能力強化の術に長けているのが、榊家である。

榊家は、特殊な家系で、身体強化をどれだけかけても副作用が発現しない。

榊家の身体強化の平均値は7程度。中等部卒業段階で既に5以上強化できるのが普通である。

天才と称賛された、良介の父、榊巌は、初等部入学時には6段目まで、高等部卒業時には8段目まで強化し、現在では9段目に達していると聞く。

一方で息子の良介は、中等部最後の年にして3段階目をやっと解放できるようになったばかり。

平均値であり、中等部にしては十分ではあるが、榊家の中では、かなり遅れている。


良介と影山は、長い関門トンネルを抜けた。

「通行許可書を」

突如二人の目の前に現れ、鋭い眼差しで見る一人の軍人。

彼は、玄海の一般兵の軍服を身に纏っている。

軍服の腕付近に刻まれたマークから、彼が少将であることが分かる。

「これを」

影山が、体の前でバッと許可書を開く。

「さ、榊・・・りょう・・・すけ・・・ッ様!」

軍人の顔が一気に青ざめる。

「しっ、失礼しました!榊様のご子息様でしたかッ!」

そう言って、彼は背筋をビシッと伸ばし敬礼をした。

「いえ、気にしないでください。俺たちは、江戸に向かいたいのですが許可してもらえますか」

良介は、榊家の息子として特別に扱われることがあまり好きではなかった。

それは、周囲より劣っていることを、自分自身でいつも痛感しているため。

幼いころより、プレッシャーに押しつぶされそうになったことが、何度もあった。

自分が、普通の家系に生まれていたら・・・

そんな風に思うことが何度もあった。

「はい、もちろんです。が・・・この先に『民』が100体ほど出現していまして、討伐に時間がかかっています。しばらくお待ちいただけないでしょうか」

軍人が申し訳なさそうに言った。

「民がですか。こちらの所持者は何名程」

影山が言った。

所持者とは、星屑のオーブを体内に宿す者のこと。

オーブは量産できず、数が限られているため所持者は普段は壁の中で待機となっているが、非常事態発生時には、すぐに駆け付けられるように常に準備をしている。

「現在は0名であります。しかし、民の発生は良くあることであり、私たちも戦い慣れていますので100体程度であれば問題ないかと。

その・・・大変余計なことかとは存じますが、実戦されてみてはいかがでしょうか、榊様」

軍人は、申し訳なさそうに言った。

実際、ユーマとの戦いだけでなく、ユーマを間近でみることさえ初めてである。

ユーマの中でも最弱の『民』でさえ、常人を遥かに上回る程の身体能力を発揮すると聞く。

そんな化け物といきなり誰からの支援もなしに戦うのは無謀だろう。

「もしよければ、お願いします」

「おぉ、それは良かった。この先多くの民に遭遇するとは思いますが、余裕のあるうちに戦い慣れておくのもひとつの手かと思いますので、好きなだけ戦ってください。

何なら、そこら辺から捕らえて来ますので、今日一日戦われて明日から出発されても良いかと」

確かに、下関を抜けたら影山と二人で戦わなければいけない。ここで戦い慣れておくのも良いだろう。

「では、お言葉に甘えて今日一日だけ。よろしくお願いします」

「はい。では、こちらへどうぞ。影山様も良ければご一緒に」


俺たちは、軍人に連れられて関所の最前線へと足を運んだ。

「こちらが、玄海の最前線です。」

そこは、海から海まで長々と扇状にそびえたつ高さ30m程の巨大な壁に囲まれた広場だった。

壁の一部だけ向こう側と繋がる通路が確保されており、その通路は10m程のトンネルとなっている。

そして、通路の手前には・・・

「檻(おり)?」

何故か存在する人が数名程入る大きさの巨大な檻。

檻には、壁側と手前側に二つの扉が開いている。

その周りに槍を構えた兵士が10名程待機している。


「まぁ、見ていてください」


軍人がそう言った直後、一人の兵士が壁の向こうから走ってきた。

そして、檻を通り抜けると、


ガチャン


と、手前側の扉が閉じた。

・・・まさか。

数秒後、獅子のような勢いで1人の人間が檻の中に走り込んで来た。

いぁ、人の姿に近いものの、頭には2本の角が生えている。

まるで鬼のようだ。

これが、『民』

俺達の敵であるユーマの最底辺。

民が檻をガタガタと揺らし破壊しようとするが、ビクともしない。

どれほどの強度なのかはわからないが、壊れる様子はない。


ガチャン


と民が入り込んで来た方の檻の扉も閉じた。

うん、実に単純だ。


「今だ!かかれえええええええ!」

そんな掛け声と共に、槍を持った兵士が一斉に民に襲いかかった。


ザクッ


ザクッ


ザクザクザクザクッ・・・


よく見れば鬼ではあるが、傍から見れば人間に見える『民』という生物。

そんな人の見かけをした化け物を軍人が嬉しそうに串刺しにしている。

当然、見ていてあまり良い光景ではない。


「やれ!もっとやれえええええ!」


そんなヤジが飛んでくる。


ザクッ、ザクッ、ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク


緑色の液体が民から流れ出した。

あれが、人間でいう血液なのだろうか。


ブチッブツッ、グチュグチュグチュグチュ


筋肉が、腱が、切断され、体中の肉がかき回される音がする


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」


鼓膜をぶち破る程の断末魔が発せられた。

気分が悪くなってきた。

いくら任務の一環ではあっても、これはもはやただの虐殺ショーだ。

仲間の?悲鳴を聞きつけたのか、さらに2体の民が猛スピードで駆け込んできた。


ガチャン


当然、その2体も捕獲される。


「こいつらバカじゃねえの!?ギャハハハッハ」


ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク


ブチッ、グチュ、グチャグチャグチャ


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」


ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク


ぐちゅぐちゅグチュグチュグチュグチュグチュぐちゅぐちゅグチュグチュグチュグチュグチュ

ぐちゅぐちゅグチュグチュグチュグチュグチュぐちゅぐちゅグチュグチュグチュグチュグチュ


「うっ・・・」


見るも無残な光景に、ついに俺は嘔吐し、影山ももらいゲロをした。

一方的な虐殺は新たな民が現れなくなるまでの30分程続いた。

周囲には生臭さが漂い、余計に気分が悪くなる。


『ハァハァハァハァ』


数分後、俺たちの気分はやっと落ち着いた。


「少し刺激が強すぎましたようですね。

しかし、誰もが通る道です。ご存知の通り、『ユーマ』は桁外れの身体能力を持ちます。

中には、人間の女性よりも綺麗な民も居ますが、所詮は民です。私たちの敵です。

敵に情けは無用。私たちには、壁の向こうの家族を、無力な移民達を守る義務があり、そのためには一瞬の気の迷いも許されないのです。

どんな敵であろうと、見かけが子どもであろうと、徹底的にあのようにして殺します」

軍人は鋭い眼差しでそう言った。

「榊様、影山様。敵に情けは無用です。生きたければ・・・一族の発展のみならず、自国民を守るためにも・・・

余計な感情を捨てて戦ってください」

軍人の言葉は、俺たちの胸の奥深くにまで響いた。

これは、命をかけた戦いだ。

俺たちは、初めて壁の外に出て、旅をする。

周りに助けてくれる人など居らず、ただ二人きりで旅をする。

周りは全て敵。一瞬の気の迷いも許されない。

「さぁ、民の侵入もひと段落しましたし、そろそろ榊様たちの実戦を始めましょう。

今回は、籠の使用はせず、一体通すごと入り口を閉め民を孤立させますので、存分に闘っていただきます。

当然、危険を感じましたらこちらからも助太刀しますので。」


早速1体の民が壁の中へと入ってきた。

ヤツは優雅に歩いてこちらへと近づいてくる。

「旨そうな肉だ」

そう言いそうなくらい、良介と対峙する民の目は血走っていた。

まるで、ご馳走を見るような目だ。

2本の角がなければ、人間といわれても疑わない。

それほど、人間に近い容姿の民と俺は初めて戦うことになる。

今から、人を殺すのか・・・

いや、あれは人ではない。人に似た化け物だ。

敵だ!

一瞬の気の迷いも許されない。もし、情けをかければやられるのはこちらの方。

奴らには、情けなんていう感情はないはず。

隙あらばと確実に仕留めにくるはず・・・


意を決して、良介は素早く抜刀した。


絶対に勝つ。


それを合図に民は地面を強く蹴った。


「はやっ、いっ!」


50m程の距離があったはずだが、ロケットのようなスタートと、その後の急加速により一気に距離を詰められた。


民から繰り出された鋭い手刀は、空気を切り裂き、良介の首を狙う。


「、ッ!」

間一髪で躱(かわ)した。


パラッ

と、良介の艶(つや)のある黒髪が一掴み程宙に舞った。


民と目が合う。


ヤバイッ


良介の本能が危険を察知し、その瞬間後ろへと全力で跳んだ。

次の瞬間には、良介の居た場所に、民からの蹴りが繰り出されていた。


顔面を爆風が襲った。

その風圧で、首が持っていかれそうになる。

蹴りを喰らっていれば、一気に戦闘不能へと陥っていただろう。

これが、民・・・

ユーマの中でも、最底辺の存在。

こんなのが、世界にはうじゃうじゃ居る。


だが、


「影山の方が強い」


良介の従者である影山は、良介の命令には絶対に背かない。

良介は、稽古の際にはいつも影山に「殺す気で鍛えてくれ」と頼み、影山はそれに答えるために、身体能力強化の術を使い、文字通り良介を半殺しにしている。

そんな努力のおかげで、良介は人並み以上には戦い慣れており、心に余裕もあった。


全身をリラックスさせ、気持ちを集中する。

民は、良介にとってみれば倒せない相手ではない。

しかし、初めての実戦という緊張感から筋肉が萎縮し、反応が微妙に遅れているのだ。


そのことに気づき、再度気持ちを落ち着ける。


次は・・・決める!


良介は、刀を鞘へと納め、重心を低くする。

居合切りの構え。

間合いに入ってきた敵を一瞬で切り殺すために。


民が再度地面を強く蹴り、猛スピードで良介へと迫る。


「遅い」


影山は、いつも稽古の際には身体能力を制御するリミッターを5段階まで開放する。

それにより、常人には考えられない程、異次元の身体能力を発揮することができる。

それに比べれば、民の動きなどハエが止まるのではないかと思える程に遅く感じる。


・・・5m・・・4m、3m・・・


そして、2mの範囲に入る直前に重心を一気に民の方へと移す。

わずかながらの手ごたえ。肉を切るグニャリとした感覚。

渾身の一振りによって、民の体は真っ二つに切断され、上半身が宙へと舞った。


「次っ!」


民程度が相手であれば、身体強化の術などいらない。

所詮は、人の理解の及ぶ範囲内の身体能力。

民ごときに負ける気などしなかった。

それから、俺は無心で戦い続けた。

気づけば、民の死体の山ができあがっていた。

周囲との遅れを取り戻すために行った必至の努力。

それにより、長所はないものの欠点が見つからない、偏りのないステータスに仕上がっている。

万能型、それは戦闘において致命傷となる欠点がないという長所。

地道な努力は、とあるきっかけにより人を大きく成長させる要因となる。


旅立ちの日は、良介を大きく成長させる1日となった。


・・・


・・・


・・・


「お世話になりました」

翌日、しっかりと一晩休息をとった良介と影山は、日の出前に下関を後にした。

「お気をつけて。さらに立派になられて、また玄海に戻ってきてください」

例の軍人が代表で挨拶をしたものの、結局二人は名前を聞き忘れてしまっていた。

兵士たちは、良介たちの姿が見えなくなっても皆が手を振り続けた。


「いくら、榊家の御曹司様といえど、我々にもプライドがある。良介様が戻ってこられるまで、恥ずかしくないよう命をかけてここを守り通すぞ!」


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


野太い声が、青い空に響き渡る。

いつの時代であっても、世界がどんな状況であっても、空の色は変わらない。

この青い空を飛ぶ鳥たちのように、いつか本当の自由を取り戻さなければならない。

全ては、壁の向こうにいる家族のために・・・

その日が来るまで、兵士たちは今日も、明日も・・・

ただひたすら、人類の敵を狩り続ける。

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