第1話 玄海の少年

「この屋敷から出ていきなさい」


何年も前に父さんからそう言われたことを、今でもはっきりと覚えている。

俺は、玄海を治める領主 榊巌(さかきいわお)の八男、榊良介(さかきりょうすけ)。

領主の息子というだけあり、小さい頃から何不自由なく暮らしてこれた。


しかし、それは経済的な面でのこと。


「榊家の息子」

ただそれだけなのに、皆が俺のことを特別に扱った。

榊家といえば、身体強化の術の扱いに関するエリート一家であり、そこの息子と知れば誰もが距離を置いてしまう。


誰もが、その才能に期待し腫物を扱うように接してくる。

それが本当に嫌だった。ただ、皆と仲良く楽しく過ごしたかった。


皆が俺の異変に気付きはじめたのは、中等部に入ってからだった。

俺自身は初等部の頃から気づいていたのだが、運動、学問、体格、全てにおいて、皆に遅れをとっており、それを取り戻すのに精一杯頑張ってきた。


が、ついに中等部に入ってからその遅れを取り戻せなくなったしまった。

皆の視線が痛かった。決して誰も口には出さなかったものの、誰もが思っていただろう


「榊家の落ちこぼれ」だと、、、


俺が10歳、初等部4期生の時、榊家の本家の敷地を追い出された。

本当に悲しかった。

周りの皆と同じように、ただ毎日を普通に家族と過ごしたかった。

それだけで良かった。

榊家という名誉の血筋など不要だった。


それ以来、俺は従者の 影山駆(かげやまかける)と二人で古い民家で暮らしている。

影山は、俺の唯一の親友であり、俺が生きていく上で絶対に不可欠な存在だ。


だが、影山はそんな風には思っていないらしく、

「親友だなんて、もったいないお言葉です。私は良介様の従者、命ある限り着いていきます」

といつも言ってくる。


はっきり言って俺はそういうのは嫌いだ。


「影山家は、先祖代々榊家にお仕えする一族です。

さらに仕えるお方は、個々が自由に選ぶことができるので、主君を持たない者もいます。

私は、私の意志で良介様にお仕えしています」


初等部入学前からそんな堅苦しいことを言って、俺にずっと着いてきてくれた。

どうせなら美少女から聞きたい言葉だけど、影山のおかけで俺は独りぼっちではない。

大切な親友であり、従者でもある。


ーーー


そんな俺たちが中等部最後の年の夏を過ごしていた日のこと。


「良介様、お父様がお見えになりました」


影山が慌てた様子で、再試の勉強をしていた俺の邪魔をしてきた。

「父さんが?通して」

父さんの顔を見るのは何年ぶりだろう。

相変わらずの強面ではあったが、老いた様子は全くない。

「久しぶりだな。何をしてた」

ぶっきらぼうにそう聞いてきた。

「久しぶり父さん。再試の勉強をしてたんだ」

それを聞いた父さんのこめかみがピクリと動いた。

「再試だと・・・?」

父さんがジロリと影山を見ると、影山はビクッとして背筋をピンッと張った。

「そうなんだ。中等部に入ってから毎年ほぼ全教科再試になってるけど、影山のおかげでなんとかなってるんだ。本当にコイツは良くできた従者だよ」

「ハァ・・・それはご苦労だったな、影山」

父さんが大きくため息をついてそう言った。

影山が目に涙を浮かべながら、「ハイ」と細々と返事をした。

「まぁ、そんなお前に頼み事と・・・言うのかは分らんが」

「来年度からお前に新しく 江戸(えど)にできる帝国魔術学校に通って欲しい」

しばらく悩んだ末に、父さんがそう言った。

「江戸って、皇家が治めるあの江戸に?」

「そうだ、今の各々が独立した状態では、井の中の蛙が次々と生まれるだけで、いずれは滅んでしまう。

日本4カ国会議でそんな話になって、未来ある若者達を1か所に集めて学ばせ、切磋琢磨させようということで、各領主で合同出資して高等部の魔術学校を作ることにした。

そこで偶然にも各領主に来年度から高等部1期生になる子息が居たことから、全員入学させることになったのだが・・・

本音を言えば、私はお前を通わせるのには反対だ。

お前のような落ちこぼれを各領主の子息に披露するのは恥であり、舐められてしまえば我が国の今後に大きな影響が出てしまう。

それを知りながら、父上が不本意にもお前が入学することを強く望んでいる

残念ながら、私は、父上には逆らえない」

あまりにもハッキリと言われて、心がグサリと痛んだが、事実だから仕方ない。

「分かったよ、父さん。一族に恥をかかせないように精一杯頑張ってくる」

「あぁ、期待している」

ぶっきらぼうに父さんがそう言った。


「以上が榊家の領主としての話だ。

そして、今からは良介。お前の父親としての話をする。影山、席を外しなさい」


そう言われると影山は素早く家の外へと出て行った。


「良介、こっちに来なさい」


父さんからそう言われ、何も考えずに側へと歩み寄った。

「!?」

ふと、視界が真っ暗になった。

「まだまだ成長中ではあるが、日に日に大きくなってるな」

一瞬、何が起こったのか分からなかったが、俺は父さんに抱きしめられていた。

「私が榊家ではないただの市民であれば、お前も含め家族皆で幸せに暮らしていたのに・・・本当にすまない」

「父さん・・・?」

父さんは泣いていた。こんな姿を見るのは初めてだ。

「知っての通り、榊家は玄海の領主の正統な家系だ。息子を甘やかしてしまえば、いずれ反乱分子に舐められてしまい、一族そして従者の生活を脅かしてしまう恐れがある。

だから、私は心を鬼にして良介を家から追い出した」

これが、父さんの本音・・・?

まだまだ小さかった頃に家を追い出されて、父さんを恨んだこともあった。

でも仕方がない・・・

あの頃にそんなことを聞いても納得できるはずがなかった。

でも、今なら分かる。

今なら、榊家の凄さをしっかりと理解できているから。

「父さん・・・」

「壁の外は危険だ。江戸にたどり着くまでに命を落とす可能性さえある。

だが、お前ならきっと無事にたどり着けるはずだ。

この、家宝『草薙(くさなぎ)の剣(つるぎ)』を授ける。一族の強い思いが籠っているからきっとお前を助けてくれるだろう」

そう言って、1本の剣を手渡された。

「これが、草薙の剣・・・」

鏡のように持ち主を映し出す美しい刃。刃の中心には、真紅に光る宝石がはめ込まれている。

『星屑のオーブ』

榊家がその地位を築き上げるために量産したレプリカの元となったオリジナルのオーブ。

現当主のみが持つことを許される物であるはずなのに・・・何故?

「これは、お前の兄さん含め我が一族全員の意志だ。

兄さん達のような一流の武士(もののふ) には不必要なものだから、まだまだ未熟なお前に授ける。

ということで、一人の反対もなかった。

皆、本心ではお前のことを心配しているのだぞ」

一族の思い・・・いぁ、歴代の領主の思いが詰まった家宝は、ずしりと心にも重く響く。

絶対に恥をかかせない。いや、榊家の代表として良い意味で皆にその存在を示さなければいけない。

俺の心に熱い火が灯った。

「ありがとう父さん・・・行ってきます」


それから、1週間後俺と影山は二人で江戸へ向かうためにひっそりと玄海を守る巨大な壁の門を通り関門トンネルへと向かった。

本州へ向かうための唯一の道。

ここを抜けると最初の関所がある。

江戸に向かう途中で数える程しかない関所の一つで、関門トンネルを守る『下関』。


壁の外には化け物で溢れている。

地球外生命体、通称『ユーマ』

見た目、強さに応じてランク付けされているものの、人間よりも遥かに優れた身体能力を持ち、最低ランクの民でさえ、オーブが無ければ、対等に戦うことはできないと言われている。

民が武器を持ち、身体能力が遥かに向上したのが『武者(むしゃ)』

武者よりも遥かに強く、更に魔力まで扱うようになった『侍(さむらい)』

そして、侍よりも遥かに優れた身体能力、魔力を持つと言われている伝説の存在『貴族(きぞく)』

さらには、その貴族を治めるほどの存在がいるはずと考えられており、『王(おう)』と言われている。


俺達は、そんな人とはかけ離れた存在から生き延び、江戸へと辿り着かなければならない。



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