第9話 働く人々

勤勉さは日本人の美徳だとされている。


とにかく働きもので、定められた休業日と近親者の冠婚葬祭以外は例え39度の熱が出ていても働くことを日々余儀なくされる。


昨今よく見かけるのは大雪や台風の予報が出ているにも関わらず出勤をさせられて、着いたとたんに大した業務をしないまま帰宅命令。挙句帰宅困難者になって「なんだよコレ…」みたいな顔でテレビの晒し者にされているサラリーマンである。


彼らはみな、勤勉家日本人の鑑である。と同時に非常に滑稽な道化としてそこかしこで笑い者になっているという話だ。


「なんで分かってて行くんだ」


「いくら会社の命令だからってアホ過ぎる」


「むしろ会社がアホ。上司が無能」


などと、心ない言葉がそこら中から彼らに投げつけられている。私はアホではないと思う。むしろバカだ。仕事バカであると思う。真っ直ぐで痛いくらいの仕事バカ。


誤解のないよう言っておくが、あくまでほめ言葉である。


会社と上司はアホだ。どうしても必要な仕事があるならまだしも、そんな状態で出勤させて社員に何かあればその方がリスキーなのを分かってやっているのか。今の時代、在宅である程度カバーできる仕事はあるだろう。にも関わらず出勤しないといけない理由はなにか。まあ職種にもよるだろうが、よっぽどの時以外は会社を休みにするべきだ。


一転、最悪の結末が分かっている状態で仕事に向かうサラリーマンたちは仕事バカだ。仕事一筋。命令さえあればその日の寝場所を顧みずに出勤する。だがまさにそういう人に支えられてここまで日本も成長したのだろう。古くさいかもしれないが、私はそういう熱血主人公的な人々が好きだ。ドラマティックだ。


そういう仕事バカに支えられてきた反面、悲しいかな時代から取り残されつつもある。滅私奉公は流行らないそうだ。仕事バカはただのバカだと言われる。美徳でもなんでもない。褒められもしない。


「俺が行かなきゃ誰が行く!」的なサムライスピリットびんびんの仕事人間たちは、ブラック企業を蔓延らせる原因のひとつとして悪く言われるのが昨今の世間だ。


「社畜」や「奴隷」。最近は気軽にこの言葉を使う。これはどうだろう。みんながみんな会社の言いなりで働いているわけではない。しかし自分は命をかけて働いているつもりでも、他人からは会社に人生を搾取されているだけだと笑われる。その結果、仕事や会社に対して疑心暗鬼になり最終的にはやりがいをなくしていく。嫌な連鎖だ。


もちろん本物のブラック企業は多数存在するだろう。しかしなんでもかんでもブラック呼ばわりはいかがなものか。


会社も社員も結局は人なのである。会社とて言われなき誹謗中傷を浴びせられ続ければ、いずれ衰退してしまう。日本にとって必要な良い会社が、他のブラック企業と同視され消えていくのは心が痛い。


私は台風や大雪などの時にいさぎよく前日から休業を張り出す会社が好きだが、逆にまた「俺が行かずば誰が行く!」根性のサラリーマンや仕事人たちもカッコいいと思っている。


我々が非常時に気兼ねなくコンビニで買い物できるのはそういう人たちがいてこそだと改めて感謝するべきだ。


ましてや笑い者にするなど愚の骨頂。


「大変ですね。本当にお疲れ様です」


「おかげで助かります」


そのひと言でいいだろう。


「だから日本は遅れてる」


だの


「海外ではあり得ない」


だの、そんな事は言うべきじゃない。


何故海外に合わせる必要があるのか。ウチはウチ。他所は他所なのだ。


あり得ないのは確かだが、良い方向にあり得ない。それが日本なのだ。


日本は昔から数々の災厄に悩まされてきたからこそ、非常時に強い。しかしそれは瞬時に判断を下すことができる冷静さと、己という犠牲を払ってでも人々を助けようとする熱い心を兼ね備えているからこそなのだ。相反する二つを皆が持ち合わせているから、我々はいつも安心して暮らせるのだ。


そのことを、決して忘れてはいけない。


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飽き性 三文士 @mibumi

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