勝負服 VS 贅沢禁止令【挿絵あり】

 女性服は中世を通じて大きな変化をしない。16世紀に木製の枠や詰め物でスカートを膨らませるようになるまでは、衣服は体のラインに自然に沿い、すらりとしたシルエットだった。細かい名称の違いがあるものの、基本的には肌着と丈長の服、上に着るガウンと外出用のマントが「婦人服」一式となる。



~女性服の基本パーツ~

・肌着

 外から見えるので「ブラウス」と言ったほうがイメージが近い。長袖でふわっとしていて、カラーは白、素材は軽くて柔らかい絹や亜麻。後の時代には襞で襟元を飾るようになる。


・ゆったりした丈長の服

 生地は絹、羅紗、綾織りの布が多く、落ち着いた色合いが好まれる。襟ぐりはシンプルな四角形や、後ろがえぐれている形などいろいろ。丈は大人用も子供用も足首まであり、脚は露出しない。


 袖は取り外しできるようになっていた。家事で汚さないためとファッションの両方の側面がある。家では簡素な袖をつけ、外出時には華やかな装飾のある袖に付け替える。紐で肩に結びつけ、隙間からブラウスをのぞかせるのがおしゃれだった。


・外衣

 袖なし(袖付きもある)で脇や前が開いた優雅なガウン。文字や紋様を型押しした華やかな生地が流行した。


・マント

 毛織り製または絹製で、夏は薄絹、冬はロシアリスの毛皮を裏地につける。胸元や右肩で留め、左腕にかけたり、ゆったり垂らしてエレガントに見せる。


 ボタンは13世紀に登場し、14世紀から流行する。素材は珊瑚や真鍮、銅、銀、ガラスなど。最初は服を留める機能をもたない単なる装飾品で、徐々に実用的なものになった。



~付属品~

・ベルト

 革製、布製、または銀などの金属製。金や真珠の装飾をつけたり、房飾りを足元まで長く垂らしたり、ちょっとしたおしゃれで香水の瓶をぶら下げたりできる。


・ヘアアクセサリー

 網状の飾り(ヘアネット)や真珠の髪飾りなど多様。薄いヴェールは襞をつくって頭につける。ヴェールには未亡人の喪服という用途もあった。


 春や初夏には咲き乱れる花で冠を編んだ。髪はたいてい束ねて結い、若い女性は編み髪にして頭の周りに巻いたり、リボンをからめたりしたが、花輪は年齢に関係なく頭にのせられた。男女共通のアイテムで、花輪を贈ることには愛の告白という意味があった。



 *



 中世後期には生活が豊かになり、市民の服装は華美を極める。贅沢はモラルと秩序を乱すと考えられていたので、政府は過度に豪華な服装を法令で禁じた。


 一般に「奢侈しゃし禁止令」と呼ばれるこの法令はジレンマをも抱えるものだった。男性は、地位に応じた立派な服装をすることが期待される。外交官や大使ともなれば、各国の君主の前に出ても恥ずかしくない装いをしなければならない。


 一方で、女性は総じて慎ましやかな服装をすべきとされていた。庶民は禁じられる以前にそもそも贅沢をする余裕がない。従ってこの種の禁令は、多くが衣服に金をかけるゆとりのある上流階級の女性を対象にしたものである。


 都市政府は専門の委員を任命して女性の装飾品を規制しようとした。槍玉に挙がったのは派手な靴や衣服の切込み飾りなど多岐にわたり、前述のボタンも人々がこぞって買い求めるようになるやすぐに規制対象に加わった。


 しかし、女たちは黙って質素な服に甘んじたりしなかった。好きなように自分を飾り、文句を言われれば屁理屈で対抗した。


 すでに紹介したサケッティの『三百話』に、こんな話がある。


 ある日、行政官が委員を呼び出し、近頃は禁令が守られていないと苦言を述べた。すると委員はこう答えた。


「そう言われましても、この法令に違反しているご婦人方は私が聞いたこともないような議論をなさるのです。


 例を申しますと、あるご婦人は帽子に切込み飾りをつけておりました。私の部下が

『切込み飾りをつけていますね。お名前をおっしゃっていただけますか』

 と言いますと、その善良なご婦人はピンで帽子に留めてあるこの飾りをはずし、手に持って、

『これは花輪じゃないの』

 と申されます。


 先へ進むと、今度は前にボタンをたくさんつけた方がいました。

『こういうボタンをつけてはいけないはずですが』

 と言いますと、

『いいえ、これはボタンじゃなくて飾り珠です。よくごらんになって。紐もなければボタン穴もないでしょ』

 とお答えです。


 次にテンの毛皮を首にかけている別の女のところへ行き、これは言い逃れできまいと、

『貂を巻いておられますね』

 と帳面に名前を書こうとします。そのご婦人が言うには、

『書いちゃだめですよ。これは貂じゃなくてイタチの毛皮ですもの』

『何ですって、イタチとはどういうことです』

 と言うと、

『イタチは獣です』

 とお答えになる」


「我々は壁を相手に言い争いを始めたわけですな」

 と行政官が言い、別の人は

「もっと意味のある仕事に精を出そうじゃありませんか」

 と言い、また別の人は

「災難に関わりたい人が手を出せばいいというわけですな」


 こうして、「苦労してその職務を行う委員は誰もいなくなり、が横行するにまかされた」とサケッティは締めくくる。


 おそらくフィクションも加味されていよう。しかし奢侈禁止令がその後もしつこく発布されたことから考えて、派手な装飾品に歯止めをかけようという都市政府の努力は大して実を結ばなかったようだ。


【挿絵】15世紀イタリアの女性の服装

https://kakuyomu.jp/users/KH_/news/16816700428129608806

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