カリスマシェフの宮廷料理【挿絵あり】

 ヨーロッパの食の歴史を語るならプロの料理人に触れないわけにはいかない。現代に伝わるレシピの多くは彼らが残したものだ。イタリアにも名だたる料理人がいて、活躍の場は主に宮廷だった。というわけで今回は庶民の素朴な味から一歩離れ、歴史に名を残した名シェフが王侯貴族に提供した料理をとりあげてみたい。



 *



 バルトロメオ・スカッピ(1500頃-1577)はローマ教皇の専属シェフの地位についた宮廷料理人で、千以上のレシピと調理道具の使い方まで網羅した料理書の大著『オペラ』を記した人物だ。


 各国の大使や貴族が招かれる饗宴ともなると、出される料理は相当な量になる。実際に料理をするのはコックだが、宴を行う部屋を決め、飾り付けをし、招待客のために各種の手配をする専門の担当官がいる。監督以下、買い出し係、食糧倉庫係と細かく役割分担され、いざ宴がはじまれば肉切り分け係、ワイン給仕係なども登場し、余興の演出も前もって念入りに考案される。


 現代とは異なり、料理は1皿ずつではなく一度に数種類が並べられ、なくなったらまた次の皿がまとめて食卓に出される。全員が同じものを食べるのではなく、自由に取れるビュッフェ式だが、席次が厳格に決められ、身分によって食べられる料理の質や肉の部位に差が出るようになっていた。


 スカッピが腕によりをかけた料理がどんなものだったか、かなり詳細に分かっている。1570年に催された宴で彼が提供した品を以下に一覧にした。「クレデンツァ」はテーブルの脇に置かれる台を意味し、そこに並ぶオードブルや砂糖菓子のことをさす。



~第1クレデンツァ~

 ・マジパン菓子

 ・ナポリ風ビスケット

 ・バター入りフォカッチャ

 ・アンチョビーのオイル酢漬け、オレガノ風味

 ・牛タンのワイン煮

 ・スライスパンとキャビア、だいだい果汁をかけて

 ・鶏の串焼き、ケッパーと砂糖をまぶして

 ・ソーセージのワイン煮

 ・からすみのグリル、3種類のソース(オリーブオイル・酢・胡椒/ライム/橙)

 ・にしんのグリルと生野菜

 ・ハムのワイン煮、橙果汁と砂糖をかけて

 ・ケッパーとレーズン、砂糖と赤ワインビネガーで

 ・チーズの砂糖がけ

 ・山羊の冷製パイ

 ・マスの冷製、砂糖と赤ワインビネガーで

 ・カルピオーネ(マスに似た淡水魚)冷製、砂糖と赤ワインビネガーで

 ・去勢鶏にのせた雄牛の脚のゼリー

 ・うなぎのボイル

 ・ブランマンジェのパイ

 ・牛の背肉ボイル

 ・スペイン産オリーブ

 ・ぶどう



 驚くなかれ、これは「前菜」である。以下から本格的なコースがはじまる。



~第1サービス~

 ・仔牛のこま切れ胸腺のパイ

 ・蝶鮫の肝臓とミルクのタルト

 ・キノドアオジ(ホオジロの一種)の串焼き、タルト添え

 ・うずらとソーセージの挟み焼き、橙スライス乗せ

 ・ニジマスのパイ

 ・詰め物をしたキジの串焼き、冷製

 ・ボラのグリル、レーズン添え

 ・牛肉の串焼き団子

 ・うなぎ串焼き、タルト添え

 ・仔山羊の串焼き、橙果汁をかけて

 ・バターと砂糖のトルティッリョーニ(スープ用パスタ)

 ・若鶏の串焼き、ケッパーと砂糖で

 ・焼きヤツメウナギ

 ・兎の串焼き、ショウガと松の実を添えて

 ・イカフライ、橙果汁をかけて

 ・鳩のマリネのフライ

 ・黒鯛のグリル、ライム薄切り乗せ

 ・山羊のフリカッセ(ソース煮込み料理)、炒め玉葱みじん切り添え

 ・オムレツ、ハムと香草みじん切り添え

 ・ラヴィオリ、チーズと砂糖とシナモンで

 ・キジバト串焼き、タルト添え

 ・皮を剥いだ子豚の薄切り串焼き、レーズンのワイン煮添え、砂糖とシナモン風味

 ・詰め物をした子豚の丸焼き、アーモンドミルク風味

 ・蝸牛のスープ

 ・ヒバリと鶏レバーの挟み焼き

 ・カンノンチーノ(焼いた生地に卵のクリームを詰めたもの)



 終わった皿が下げられ、給仕が行列で次の料理を運んでくる。客は自分の近くの品をとるので、似た料理が一カ所に並ばないよう皿の置き方にも工夫がされた。



~第2サービス~

 ・蝶鮫とニベ(魚)の頭、ルリチシャの花を添えて

 ・パセリと橙を詰めた雄牛の頭、アーモンド風味

 ・カワカマスのグリル、にんにく和え

 ・スズキの煮込み、アーモンドペースト、プルーン、スミノミザクラの乾燥果実

 ・ヒメモリバトのラード煮

 ・蝶鮫のワイン煮込み、砂糖とバターと玉葱入り

 ・茹で鵞鳥のパッパルデッレ(リボン状のパスタ)、チーズと砂糖とシナモン和え

 ・ヤツメウナギのパイ

 ・野ガモのコンソメスープ、アーティチョーク添え

 ・卵スープ、チーズと砂糖とシナモンで

 ・鳩と黄アブラナと豚喉肉のシチュー

 ・大イカの煮込み

 ・肉汁入り牛タンのパイ

 ・オムレツ

 ・詰め物をした牛胸肉、パセリをまぶして

 ・ミラノ風クルミのタルト

 ・キジの串焼き、ボローニャ産キャベツ(?)と豚の脳みそソーセージ、チーズとシナモンをかけて

 ・焼きマグロ

 ・仔山羊の胃袋煮込み、ライム果汁で

 ・亀のパイ

 ・スラブ風ゼリー

 ・牛ミートローフ

 ・野兎のパイ

 ・肉ゼリー巻き

 ・ツグミ串焼きとスペイン風カポナータ

 ・ブランマンジェ、砂糖とザクロ添え

 ・ニジマスのミラノ風ワイン煮

 ・マスタード



 皿が替わるタイミングで各自のナプキンが新しいものと替えられ、手を洗う薔薇水が配られる。大きな宴会ではサービスごとにテーブルクロスも交換される。

 


~第3サービス~

 ・牛腰肉串焼き、シトロンの実添え

 ・カレイのフライ、橙スライスのせ

 ・地元産クジャクの串焼き

 ・スペイン産オリーブ

 ・数種類のブドウ

 ・蝶鮫の串焼き

 ・野兎の串焼き、コリアンダー添え

 ・カルピオーネ(魚)またはマス、赤ワインビネガーで

 ・詰め物をした去勢雄鶏、橙スライスと砂糖で

 ・魚フライ盛り合わせ(鯖、メバル、舌平目)、ライム

 ・豚の乾燥肉のパイ

 ・詰め物をした鯉のグリル

 ・肉ゼリーとクアドレッティ(小さな四角形のパスタ)

 ・小麦粉と卵のフライ、砂糖をまぶして

 ・牛ミートローフ串焼き

 ・マスの卵のスープ

 ・骨を抜いた仔山羊の頭のパイ詰め

 ・小魚フライ盛り合わせ、塩と橙果汁で

 ・鳩の串焼き、種抜きオリーブ添え

 ・ラヴィオリ、チーズと砂糖とシナモンで

 ・小鳥のパイ

 ・メバルのワイン煮とカワカマスのゼリー

 ・去勢羊の肩肉の網包みグリル、ライムと砂糖で

 ・詰め物をしたカワカマス串焼き

 ・ジネストラータ(卵黄とスパイスのコンソメスープ)

 ・陸亀のフライ、橙スライス添え

 ・メバルと黒鯛のフライ、切った橙添え

 ・詰め物をして炒めた雄牛バラ肉のにんにく和え

 ・いわしフライ、ライムと塩で

 ・オムレツ、砂糖とシナモンをまぶして橙果汁で

 ・ヤマシギと七面鳥串焼き、肉汁にひたして

 ・洋梨タルト



 メインディッシュの後は比較的軽い食べ物。



~第4サービス~

 ・洋梨とりんごのパイ

 ・りんごのタルト、クッキー

 ・トリュフのパイ

 ・松の実とレーズンの焼き菓子

 ・マルメロのパイ

 ・肉ゼリー

 ・マジパンの白いタルト

 ・ミルクのパイまたはクリームの焼き菓子

 ・牡蠣のパイ

 ・二枚貝のスープ


 

 サービスが終了するとテーブルクロスが替えられ、デザートが始まる。



~第2クレデンツァ(ケーキ・果物)~

 ・煮たトリュフ、オリーブオイルと橙果汁と胡椒で

 ・生トリュフ、塩胡椒で

 ・マルメロの串焼き、砂糖と薔薇水で

 ・焼き梨

 ・砂糖とワインで煮た洋梨、アニスをまぶして

 ・橙、砂糖をまぶして

 ・桃の白ワイン漬け

 ・マルメロのワイン煮、砂糖とシナモンで

 ・アーティーチョーク、塩胡椒で

 ・焼き栗、塩胡椒と砂糖で

 ・洋梨とりんご

 ・3月に作られるチーズ(?)

 ・ラヴェジョーロ(羊や山羊のチーズ)

 ・薄切りパルメザンチーズ

 ・砂糖をかけたネーヴェ・ディ・ラッテ(お菓子?)

 ・チャルダ(焼き菓子)

 ・チャンベッレッテ・ディ・モナケ(ドーナツ型菓子)



 *



 好きなものだけを取るスタイルだったとはいえ、凄い量である。これだけの料理をスカッピの調理スタッフ16人が行うのだから厨房は戦場さながらだろう。『オペラ』の挿絵では炉の横に大きな藁の塊が吊され、ナイフ各種をそこに刺しておいて必要な時にすぐ手に取れるようになっていた。


 冷菜、肉・魚料理、最後にデザートという構成は現代と似ているが、砂糖が大量に使われていることからしても味付けはかなり異なっていたはずだ。肉はまず下茹でしてから焼き串、網などで調理する。


 頻繁に登場する「橙」は別名ビターオレンジ、酸味が強くてそのままでは食用に向かず、料理やマーマレード、薬用に使われるそうである。上記のメニューでは魚のフライに付き物だが、現代人が揚げ物にレモンをかけるのと似た感覚かもしれない。



【挿絵】キッチンの構造(バルトロメオ・スカッピ『オペラ』の版画をもとに)

https://kakuyomu.jp/users/KH_/news/16816700427792291133

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