宴会でしてはいけないこと

 王侯貴族が集う宮廷の大宴会ではどんな食事風景が繰り広げられたのか。


 1558年に出版されたジョヴァンニ・デッラ・カーサの『礼儀作法書ガラテーオ』は、タイトルからも分かるように当時の「マナー本」の一種である。宮廷人になることが期待できる有力市民層を対象に書かれているが、幅広い読者を獲得し、1576年に出た英語版には「すべての紳士に有意義な必読書」というサブタイトルがつけられた。礼儀作法やエチケットを意味するgalateoガラテーオという現代イタリア語の単語はこの本の題名に由来する。


 それでは16世紀に「これから社会に出ようとする若者」が身につけるべきとされた食事マナーをいくつか。



・一度口をつけたグラスを他人に差し出してはいけません。食べかけの梨や他の果物も、相手が家族でもない限り差し出すのは控えましょう。


・他人の飲み物や料理の匂いを嗅ぐのは不躾な行為です。自分のグラスや食べ物に鼻を近づけるのもやめたほうがよいでしょう。嫌悪をもよおすものが鼻から垂れてこないとは限らないからです。


・ブタのようにスープ皿に顔を突っ込み、手で抱え込んで食べる人がいます。また、ラッパでも吹くように頬を膨らませ、両手を肘まで汚し、食べるというよりガツガツ詰め込むだけの人がいます。彼らのナプキンの汚し方ときたら便所の尻拭き紙のほうがまだ綺麗というもの。さらに焦って食べて汗だくになり、額から首筋へ滴る汗をナプキンでぬぐい、平気で鼻まで拭くのです。こういう輩は高貴な人物の清潔な家では受け入れられませんし、礼儀正しい人のどんな家からもつまみ出されるでしょう。従って、行儀を心得ているなら指やナプキンを汚してはいけません。そういうのは傍目にも気分が悪いからです。パンに指をなすりつけるのも洗練された行為とはいえません。


・テーブルについているときに体をボリボリ掻いてはいけません。


・食事中はなるべく痰を吐かないように。どうしてもという時は行儀良く吐きましょう。


・ガツガツ食べてゲーゲーむせるなど、急いで食べる人がよくする見苦しい行動で、一緒にいる仲間のひんしゅくを買うことのないように。


・ナプキンで歯をこするのは褒められた行為ではありません。指でこするのも同じです。口をブクブクゆすいだり、ワインを吐き出したりするのも困ります。


・髪を梳いたり手を洗ったりするのは人前ですることではありません。ですが、手を洗うことに関してはテーブルにつく時は別で、一緒に食事する人に手が清潔だと分かってもらうためにも、必要がなくても洗ってほしいとは思います。



 *



 手洗いは15世紀にフランスで書かれた子供向けの作法書でも推奨されている。



 手を洗うべし

 朝起きたときと、昼食をとるとき、

 それから夕食をとるときも、きちんと丁寧に、

 少なくとも、1日3回は手を洗うべし。



 衛生観念が発達する前の時代、食事前の手洗いは微生物を除去するためではなく、飲食を共にする人に清潔さをアピールするための行為だった。『礼儀作法書ガラテーオ』の著者も、手が清潔だと分かってもらうためにテーブルにつく時には手を洗いましょうと言っている。そこでは道徳や社交術に加えて、「いかに視覚的に不快感を与えないようにするか」が繰り返して述べられ、対象には宴会に招かれた客だけでなく、サービスをする給仕も含まれる。


 再び『礼儀作法書』から引用すると、



・給仕は、賓客が食事している前で頭や体を掻いたり、服に手を入れたりしてはいけません。そういうも見せないように。この種のことを怠る給仕は手を懐に入れたり、後ろに回して上着の下に隠したりしますが、そうではなく、両手は誰にでも見えるように出し、疑いを持たれないようにしなければいけません。さらに両手は洗って清潔にし、少しの汚れもないようにしておくこと。


・器を運んだりワイングラスを置く給仕は、唾を吐いたり咳をしたりしてはならず、くしゃみは我慢しなければなりません。そういう行為の兆候を見るだけでも、本当にしたところを見るのと同じように不愉快なものだからです。



 中世にはなかったこうした「見た目の汚さ」に対する意識は16世紀頃から現れる。食べ物をテーブルにこぼしたり、ナプキンを必要以上に汚したりすることはもはや見苦しい行為となった。宴会の途中で頻繁にテーブルクロスを替えることについては前話で触れたが、それは汚してしまったテーブルクロスがいつまでも視界に入ることで客に恥ずかしい思いをさせないための配慮である。


 間接的な接触もできるかぎり避けられる。客が自分の手で触れる前に他人の手で触っていないことのアピールだった。給仕は新しいナプキンを直接手で客に渡してはならず、蓋をした容器に入れるか、2枚の皿で挟むようにして運ばなければならなかった。


 15世紀のシエナの作家ジェンティーレ・セルミーニの物語に登場するマッターノという男は、立ち居振る舞いが田舎臭いのでいつも馬鹿にされている。


 彼は「手が脂だらけになると、白いナプキンや衣服を汚さないように、いつもきまって胸や腹にこすりつけてふいてしまう。(・・・・・・)いつも自分の大きな椀で山盛り食べてから、肉をぺろりとたいらげる。(・・・・・・)指をソースにひたしてなめるのはもちろんのこと。それはまるでスリッパをなめているようだ。(・・・・・・)ポロネギを食べるときは、いつも緑色の部分から歯でしごいて食べ、口に入れていたものを何度も塩入れに浸す」(ブリュノ・ロリウー著『中世ヨーロッパ 食の生活史』原書房)


 まさに『礼儀作法書ガラテーオ』のダメな見本から抜け出してきたかのようなコミカルとも言える食べ方だが、マッターノはこういう所作のせいで周囲の人間から見下され、市の要職に就くことができなかった。

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