フォークなんていらない
描写の重点をどこにおくかにもよるが、食事シーンに欠かせないものとして食材の次に挙がるのは「食器」だろうか。
皿の材質はスズの合金が多い。陶器の皿は耐久性がない。マヨルカ焼きなど、伝統工芸品は実際にはほとんど使わず、飾って見せびらかすためのものだった。
15世紀半ばのフィレンツェのとある裕福な一家が所有していた食器類は次の通り。
・銅製の小さな丸い壺・・・・・・1個
・鉄のスプーン・・・・・・2個
・薪乗せ台(炉の中に置く)・・・・・・3台
・五徳・・・・・・1個
・銅のたらい(大)・・・・・・1個
・銅のたらい(小)・・・・・・1個
・銅の大鍋・・・・・・1個
・ひしゃく・・・・・・1個
・穴あきのお玉、鉄製・・・・・・1個
・スズ製の皿(小)・・・・・・1枚
・スズ製の皿(大)・・・・・・2枚
・スズ製の深皿(小)・・・・・・6枚
・ナイフ入れ(ナイフ4本入り)・・・・・・1個
現代の一般的な家庭のダイニングと比べると皿やスプーンの数が圧倒的に少ない。これは食器を個人で使用する習慣がなかったからだ。
会食では、皿は隣同士の2人に1枚だった。つまり1枚の皿で出された料理を2人で分ける。共有者に配慮せずガツガツ食べるのは不躾とみなされたが、それでも大食らいと一緒になったらゆっくり味わって食べる暇はなかっただろう。
共有の皿からとった食べ物を一時的に置いておくために、パンの一切れが各自に配られる。メイン・ディッシュが終われば、肉汁が染み込んだそのパンも食べる。
ナイフ、スプーンは中世ではもっぱら料理のために使われ、テーブルに置く場合も個人には与えられなかった。食べる際には手を使う。3本の指を使うのがエレガントとされた。
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時代が下って16世紀、バロック絵画の巨匠アンニーバレ・カラッチ(1560-1609) の《豆を食べる人》という風俗画がある。
前を向いた人物がスプーンにのせたインゲン豆を口に運んでいる。麦わらのような帽子をかぶったこの男が農夫なのは確実らしいから、この時代になるともうスプーンは下層の農民にも普及していたことがうかがえる。
豆の他にパン、葱、きのこ、ナイフ、白ワインのグラスと容器がテーブルに置かれ、フォークはない。
フォークはなぜか中世から滅多に登場しない。形が二股なので使いにくかったという説がある。熱いものを食べるには適していて、サケッティの『三百話』には熱々のマカロニをフォークで食べる描写がある。芸術家の保護者として有名なロレンツォ・デ・メディチ(1449-1492)は銀のフォークを18本所有していたという。全く使われなかったわけではないが、ある種「過剰」で「スノッブ的」とみなされ、受け入れられるまで時間がかかったようだ。
ヨーロッパでフォークが一般的に普及するのは18世紀頃になる。とはいえ、その頃になってもナポリの庶民はスパゲッティを手づかみで下から食べていた。
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