台所では座る? 立つ?【挿絵あり】
前話で紹介したフランコ・サケッティの短編集『三百話』に、ある男がツグミを料理しようとして災難に遭う話がある。
ベルト・フォルキという名のこの男は、手に入れたツグミを自己流で焼こうと試み、焼き串を用意して炉辺に腰掛けた。たまたま尻のおできが痛かったので、タイツは穿いていなかった。床にいた飼い猫が、彼の股間でぶらぶらしているものを見てネズミと勘違いし、飛びかかって爪を立てた。
ベルトは驚いて猫を引き離そうとした。すると猫は彼の一物をさらに強く握りしめた。阿鼻叫喚の中、夫の悲鳴を聞いた女房が駆けつけ、ツグミを串ごと取って猫の鼻先に近づけた。腹が減っていた猫は肉に引き寄せられ、ようやくベルトの金玉を解放した。
ベルトは引っかき傷を「金玉専門の医者」に看てもらい、猫はツグミを平らげ、妻は夫の家財道具を守るために進んで夕食のおかずを犠牲にしたので褒めたたえられる、というお話。
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ベルトが悲劇に見舞われたのは大事なところをさらして椅子にしゃがんでいたからだが、腰の高さがある現代のようなコンロは当時のイタリアには存在せず、火は床に置かれていたので、料理といえば彼のように腰掛けて行うのが主流だった。
つまり、準備はテーブルで行い、串を焼いたり鍋を加熱したりする際は小さい椅子を使うか、床に膝をつくか、屈む。腰痛もちには過酷な労働だったのではないだろうか。
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概観すると、台所の炉はイタリアでは中世のかなり長い間、床置き式の原始的なものだったことがわかる。
貧しい農民の家はたいてい一間しかなく、床に掘られたり、壁のくぼみに置かれた簡素な炉が家の中心だった。台所と居間が分かれているなんてことは滅多になく、料理するのと同じ場所で食べ、暖をとり、家畜も人もいっしょに寝起きする。
都会の家では、煙を逃がすために、台所はたいてい最上階にある。煙突の設置は一説によると14世紀以降のことで、それまでは屋根の隙間や窓から煙を排出させるしかなかった。大規模な家なら、厨房は別棟に作られた。しかしその場合も、炉は石炭や薪を壁際に置いて燃やすというごく素朴なものだった。
炉火が腰の高さにある現代式の調理台は、16世紀の半ば頃に北部から伝わる。このタイプの炉は「ドイツ式」と呼ばれ、徐々にイタリア全体に広まった。できあがった料理を火の真下のスペースに置いて冷まさないようにできる利点があり、さらに高さがあるため、小さい子供が熱い炭に触れて火傷するといった事故を引き起こす危険がなくなった。
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パイやタルトを焼く窯は、火災の危険があるので都市政府が設置を制限していた。そのため一般庶民は街にある共同の窯を利用した。めいめいが鍋ごと持って行って焼いてもらうのだが、窯焼き人が目を離した隙に他人の料理を食べてしまう不届き者も時々いたらしい。
【挿絵】床置き式の炉があるキッチン
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