信じて神様・疑って悪魔・4

 

 ドレスは純白にした。

 試着の時に実感した。他の若い花嫁さんのピチピチした感じと比べ、私は、明らかに色あせた感じがする。

 だから、シンプルで何の飾りも無いドレスを選んだ。シルエットがとても美しいドレスだったが、七号サイズがきつくて、ショックを受けた。


 確かに、若くはないなぁ……と苦笑した。


 とはいえ、今日、こうして鏡を見ていると、やはり幸せいっぱいの笑顔だと思う。

 いくつになったって、結婚できることはうれしい。

 見てくれを気にするならば、二十代に結婚したほうがいいに決まっている。でも、本当に共に生きようと思う相手がいれば、いつだって結婚適齢期なのだ。



 昔、ウエディング・ドレスに憧れた。

 でも、もう正直言ってどうでもよかった。籍だけ入れればもう式なんていらないと思っていた。

 充分に夫婦のように暮らしてきたし、今更である。渡場も、あまり結婚式なんて重要だとは思っていないはず。

 離婚が成立したばかりという状況が状況だけに、挙げなくていいよ……と、私は提案した。

 でも、渡場は、麻衣の両親にはドレス姿を見せたほうがいい、などと主張した。

 そこで、小さな教会で友人だけを招いて式を挙げ、近くのレストランを貸しきってささやかな披露宴をすることにしたのだ。

 あれほど、結婚式には参加しないと言い切っていた杉浦も、スーツを新調してくれた上、友人代表をすると言い出した。渡場に苦言の一言も言いたいらしい。



 ——神様なんか信じない。


 そう言った渡場と、神様の前で永遠の愛を誓うのだから、これは一種の茶番かもしれない。

 むしろ、今まで一緒に過ごしてきた日々こそが、私たちを深く結びつけてきたのだと思う。

 今となっては、紙切れ一枚よりも重たい日々だった。

 でも、離婚は成立しても、渡場の子供が消えるわけでもないし、すべての傷が清算されたわけでもない。


 紙切れ一枚は、確かに重たいのだ。

 その重たい紙切れに、私たちは名前を並べて生きてゆく。


 この結婚が、誰かの不幸の上に成り立っているとしても、いや、犠牲を強いているからこそ、より幸せになるべきだと思う。

 私は渡場を誰よりも幸せにする。そして、幸せにしてもらう。



 渡場は悪魔かもしれない。

 疑えば疑うほど、彼は悪魔の顔をした。

 でも、信じれば神様だったのだ。

 だから、私も神様みたいになって、渡場のすべてを許してあげよう。

 これからも、きっと私たちはお互いの神様になったり、悪魔になったりを繰り返すだろう。


 疑ったり、信じたりして、もっと近い私たちになってゆく——




 控え室の扉があいた。

 タキシードの渡場は、やはりドキッとするほどいい男だ。

 これだけ長い間を一緒に過ごしてきて、いまだにときめくのは、ちょっとおかしいのかもしれない。

 思えば、私は一目あったあの日から、渡場のいい男ぶりにまいっていたのだ。惚れてしまわぬよう、がっちり自分の心に鍵を掛けていたような気がする。

 やはり、運命の人というのは、初めからどこか違っているのかもしれない。なにか、神様の啓示みたいな、びびっとするものがあるのかもしれない。


 しかし、鏡に写った彼は、少し奇妙な表情をしていた。

 深刻な顔に、私は嫌な予感がした。


「麻衣……ごめん」


 うつむきながら謝る渡場に、私は思わず立ちあがり、振り向いた。


「え? いったい何が?」

「……実は」


 渡場は、にこっと微笑んだ。

 青春ドラマのスターのような爽やかな笑顔……のはずだった。

 が……。

 そこに白い歯は無かった。


「朝、起きたら、歯が取れて無くなっていた……」



 渡場の歯は、作り物のサシ歯だった。

 初めて会った時、渡場には歯がなかった。確か……杉浦に歯医者を勧められて、歯を入れたのだ。

 思わず、顎が落ちそうになった。


「えーーーー! どうして今日に限って、そうなのよ!」

「うーん、なぜだろう? 今日は俺、笑えない」


 渡場は、本当に困った顔をした。

 真剣な顔が、なんとなくかわいい。

 披露宴の会場で、きっと、杉浦は大うけで笑うに違いない。

 私はおかしくなって、ウエディング・ドレスのまま駆け寄り、渡場の腰に手を回した。


「でも、歯が無くても、直哉はいい男だから許してあげる」


 悪魔たちの白い歯は、どこにもない。

 キスしてあげたら、神様は片えくぼを作って微笑んだ。

 



==エンド==

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信じて神様・疑って悪魔 わたなべ りえ @riehime

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