リーダーシップなんていらないから、誰か僕を殺してくれ。

鮎川 拓馬

リーダーシップなんていらないから、誰か僕を殺してくれ。

 


―あの子、この仕事に向いてないねぇ。



 その類の言葉を聞いたのは、一体何度目か。

 しかし、何度も聞いているはずなのに、いつまでたってもその言葉に慣れない自分が嫌になる。



 自身がこの仕事に向いていないことなんて、僕が一番よく知っている。

 だから、今更聞こえるように言わないでほしい。



 自分がこの仕事に向いてない理由だって、僕が誰よりも一番よく知っている。

 気が利かない、要領が悪い、も理由に入るだろうが、


 一番の理由は、リーダーシップがない、という事だろう。


 人に適切な指示を出して、動かす事ができていないという事なのだ。



 リーダーシップが、今の仕事に一番必要とされるスキルだという事は分かっている。

 だから、『できる』と世間一般に言われる人の真似をし、自身でもノウハウを勉強する。

 そして、できないながらも、何とか正しいと思われる指示を出して、人を動かそうとする。


 だけど、多すぎる仕事の量と、目まぐるしく動いていく状況に、やがて僕は息切れを起こしてしまう。

 そして、その間に積み重なっていく雑用に目が回り、おろおろとしている合間に、時だけが無情に過ぎていく。



 分かっているのだ、雑用など初歩的な仕事は、人に教え、任せてしまえばいい。

 だけど、その初歩的な仕事さえ、1人で任せられない時はどうすればいいのだろう。


―いいや、分かっているのだ。僕の教え方が悪いのだと。

 だから、あの子は失敗するのだ。

 失敗させるぐらいなら、僕がやってやればいい。

 この気持ちを言葉にして誰かに言えば、きっと過保護だと言われて、馬鹿にされるだけだろうけれど。


 僕が、もっと毎日の仕事を計画通りしていれば、きっと教育する時間だってしっかりとってあげられるのだ。だけど、僕の要領の悪さは、どれだけ努力しても、いつまでたっても、変えられなくて。



 そして、僕はまた怒られる。



 時には、明らかにおかしな理由で怒られることだってある。

 ただ単に、家庭内などの、他に対するべき怒りを僕の行動にこじつけているだけだという事を、理解しつつも、僕はただ怒られる。

 はっきりと言い返してやりたいと思った気持ちを、喉元に閊えさせたまま。


 そして、そんな理不尽な怒りで怒られつつ、僕は思う。


―やはり自分はカスだと。


 自身に非の打ちどころがないほど、能力があれば、人を動かす才能があれば、こんな風に、理不尽に怒られる理由を相手に許す事なんてないのだと。

 そうして、もう新入社員でもないのに、と自分が嫌になる。



 ただ、僕が少し誇れるところは、受けた怒りの感情を、僕は他の誰にも向けないという事だ。

 例え、理不尽に怒られて傷つき、やり場のない怒りに心が捕らわれようとも、その怒りを僕は決して誰にも向けない。僕が誰かに八つ当たりすれば、その怒りはまた誰かを傷つけつつ、人々の間を駆け抜けていくことが分かっているからだ。


 僕が、ただ黙って耐えてさえいれば、他の誰も傷つかない。

 僕が、1つの社会の中の、負の感情の連鎖を止めている。その事だけは、誇ってもいいかな。



 だけど、いくらそんなことを誇ったところで、やはり僕に能力がない事に、変わりはなくて。



 僕に後少しの自信があれば、『今』『現在』は何か変わっていたのだろうか。

 だけど、今更自信など、つけられるはずもない。それどころか、自信など失う機会の方が多かった。


 今ではひねくれてしまったこんな僕でも、昔は純粋に自信に満ち溢れていた。


 だが、学校という社会の中で、リーダーと言われる立場になろうとすれば、その社会の人気者でもなかった僕が相手にされたためしなどなかった。

 奇跡的になれたとしても、失敗ばかりを周囲から責められ、馬鹿にされるだけで終わった。



 そんな僕が、今更どうやって自信をつけろと言うのだ。

 人生20数年、成長期を過ぎた動物の分際をして、今更変わりたいというのは遅すぎるだろう。



―もう、疲れた。



 世の中には、食べていくためには働かないといけないという、不文律の掟がある。

 しかし、与えられる仕事は必ずしも、その人物に合った仕事ではないらしい。

 その証拠に、苦労して手に入れた仕事だからと言って、適職と言う訳でもないのだから。



 神様はひどい、と僕はつくづく思う。



 だから、リーダーシップを神に願ったところで、与えてなどくれないだろう。

 そもそも、僕みたいなゴミに適した仕事が無かったのかもしれない。だから、神はしかたなく、この仕事を与えたのだろう。

 というよりは、こんなカスな人間を、神は最初から相手になどしていなかったのだろう。


 なら、神に、こんな生きてる価値もないような、カスを殺してくださいと願ったところで、きっとその願いは聞いてすらくれないのだろう。



 なら、一体僕は誰に願えばいいのだろうと思いつつ、叫ぶ。

 その言葉を、口に出す勇気さえも残っていないから、心の中で。





―リーダーシップなんていらないから、誰か僕を殺してくれ。

 おしまい

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リーダーシップなんていらないから、誰か僕を殺してくれ。 鮎川 拓馬 @sieboldii

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