桜なんて消えちまえ。

鮎川 拓馬

桜なんて消えちまえ。

―今年もこの季節がやってきた


「……」

僕は、ついこの間まで枯れ木だったはずの街路樹が、うっすらと桃色に色づいているのを見て、その場から逃げ出したくなる心地に囚われる。

だけど、思い直し、その場にとどまった。

―逃げ場なんてないんだ

この場を駆けだしたところで、ものの数分もしないうちに、どこかでこの木に出会うだろう。学校の校庭で、橋の脇で、駅の前で。


―僕はやつらが嫌いだ


それは何故かって?それは、やつらが、時の流れと、現実を僕に突きつけるからだ。

去年のこの季節から、自分は何も変わっていない、何も成長していない、と言う事実を、ありありと僕に突きつけるからだ。


―だから、僕はやつらが嫌いだ


やつらのその存在自体が、そんな僕を無能だと嘲笑っているかのように、思えるからだ。



僕だって、できる限りの努力はしてきた。自分を変えようと、今いる状況を少しでも良くしようと。

だけど、結局、努力は無になって。状況は何も変わらなくて。


そうして、今年もまたやつらが花開く。そうして僕は、何も変わっていない自分と言う現実と向き合う羽目になる。

自身を無能と呼んでいるやつらに言い訳をしようにも、相手は物言わぬ木で嘲笑すら返ってこないのは分かっている。しかし、やつらはただ黙ったまま、確実に僕を馬鹿にし見下している。


――ああ、あなたは今年もまた、変わってはいないのね


と、取り澄ました顔で、やつらは語っているのだ。




「……」

再び桜を見上げ、僕は思う。

僕のこの気持ちの根本を突き詰めると、季節が流れるのが嫌いなだけなのかもしれない。時間が流れていくのを、認めたくなくて。


―時よ、いっそ止まってしまえ


しかし、心の中でその願いを叫びつつも同時に、そんなことが無理なのは、自分が一番理解している。



―ならば…

ならば、せめて時が流れていくのを感じていたくはない。


―なのに、なのにあいつらがいるから…

僕は、時の流れからは、永遠に自由になれない。




あいつらが悪いんだ。あいつらさえ、この世界に存在しなければ。僕の世界視界に入ってこなければ




その夜、ついに僕は、薬剤の入った容器に手を伸ばした。これを撒けば、やつらはいともたやすく消えてくれるだろう。


しかし、指先がほんの少し、容器に触れた瞬間、僕は考え直した。



―僕のような、ちっぽけな存在じゃ、この広い世界のやつらは消し尽くせないよ…




―せめて神様


僕は容器を傾ける。その口から垂れた液体が、自分の世界を映す器官ひとみに向かう。


―僕の世界からやつらを消してください

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桜なんて消えちまえ。 鮎川 拓馬 @sieboldii

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