第21話 クロムとロック
その日、魔法の実習があった。実習担当の先生は例のおばさん先生だ。メガネの奥の目がキラリと光る。
「今日も二人一組になって、実習をしてもらいます」
座っている生徒たちに向けて声をあげる。しかもなにを思ったのか、いつもの自由な組み合わせではなく、くじ引きでそれをやろうと言い出したのだ。その理由は。
「いつも同じ人の意見ばかり聞いていてはダメよ。違う友達の意見も取り入れることが大切です。いいですか?」
メガネをクイッと持ち上げる。キランと目が光り、白い歯を見せた。このおばさん先生に逆らうことはできない。問題児とされマークされると、監視の目にさらされる。そんな危険を冒す生徒はいない。単なる気まぐれだろうが、この先生の言うことにも一理ある。様々な意見を見て、気づきがあるのは確かだ。
ただし、違う友達といったが、クラスメートだからといって友達とは限らない。というか、友達なのは一人か二人程度。その他はただの知り合いだ。この先生の中では、クラスメートは全員お友達なのだろうが。
くじ引きの結果、クロムはロックと組むことになった。他の女性群は知らない男と組む。フランは壁際でセリカと一緒に見学だ。彼女は魔法を使うことに興味はないようだ。その間、画用紙を持ってきてペンを走らせている。先生もさすがに姫様には注意できないようで、見ないふりをしているようだった。
「よ、よろしく」
「あ、ああ」
ロックの他人行儀な態度に違和感を覚えた。
いや、彼とは友達というわけではない。しかし、数日前、この実習部屋に来たときの対応は、明るいものだった。意外に気さくなやつなんだな、と思ったことをクロムは記憶している。
実習内容は魔法を旧式のやり方で発動させ、それをもう片方が見て改善点を教えるというもの。
旧式、つまり体内に魔法を溜めて発動させるやり方だ。
なんでそんな効率の悪いことをしなければいけないのか、とうんざりするが、先生の監視がある以上、適当なことをするわけにはいかない。
そもそも、なぜ詠唱が必要になったのだろう。様式美というやつなのだろうか。つまり、魔法発動のときなにも言わなかったら、映えないということだ。
よくあるファンタジーで、ラスボス相手に無言で魔法攻撃して勝利というよりも、「くらえぇ! これが俺の必殺! ライトニングセーバー!」とか「今こそ覚醒の時! ファイナルメテオクラッシュゥゥウウウ!」とか言ったほうが盛り上がる。つまりはそういうことなのだろう。現実的に言ってしまえば、その叫んでいる間に殺されるのがオチだ。しかし、それは言うなよというやつだろう。野暮だと思うから、まあ、よしとする。だが、ファンタジーでもなんでもない現実で、必要のないことをやるというのは愚かとしか言いようがない。
みんなご丁寧に「我は・・・・・・」とか「氷の精霊よ」とか「呼びかけに答えよ」とか詠唱を口にしている。我ってなに? 我はとか一人称で言う奴いるのか? 氷の精霊ってなんだよ。いないよ、そんなもん。
言ってしまえば詠唱はただの独り言にすぎないわけで。
「どうだった?」
「あ、ああ・・・・・・」
ロックは目の前で火の魔法を使った。それを見たクロムに対し、問いかける。彼は茶髪を逆立たせている髪型だ。クロムより体格は大きいが、筋肉質というわけではない。どちらかいうとヤンチャしてそうな感じだが、今、彼の表情は真剣だ。
「マナを溜めるのにちょっと時間がかかりすぎてるかな」
「そうか。じゃあクロムくん。やってみてくれよ」
自分のことはいいという感じだ。その目はじっとクロムを捕らえている。
彼は一度、実習部屋に来たことがあり、そこでマーナとルナが新しい方法で魔法を使っている場面を目撃している。だからクロムがその方法で使うのではと期待しているのだろう。しかし、ここでバラすと厄介だ。おばさん先生が「何事ですっ」とやってきて、面倒なことになる。そうなるぐらいなら、大人しく旧式のやり方でやらせてもらおう。
「風の精霊。我が呼びかけに答えよ。ウインドカッター」
棒読みだ。手のひらを上に向ける。そこから放たれる風の刃は、天井に向かっていき、消えた。
「どうだ?」
「・・・・・・あ、ああ。まあ、いいんじゃないか?」
期待していたのだろうか、拍子抜けといった様子だ。
まだ時間は余っているようで、周りの生徒たちは続けている。もう一、二回、交代しながらやってみるか、なんてことを考えていたら、ロックが口を開く。
「なあ、クロムくん」
「ん?」
「君は・・・・・・本当は違うやり方で魔法を」
「ク~ロムくんっ!」
「うわっ!」
いつの間にかルナがいた。叫んだのはロックだ。飛び上がり、転げそうな勢いだった。
背後から突然声が聞こえたとはいえ、驚きすぎだろう。
「どんな感じ? 私、なかなかうまくいかなくて~」
「あ、そうなの。俺もちょっとやりづらいというか、なんというか」
「だよね~。ところでさっき、何の話をしてたのかな?」
彼女はロックの方に顔を向ける。彼は視線を床にそらした。
「い、いや別に・・・・・・」
「ふう~ん。じゃあいいや。ま、二人ともがんばってね~」
手を振りながら、愛想良く離れていくルナ。それに対してロックは元気はなく、暗い表情になった。まるで彼女と対面してから気分が悪くなったような、そんな印象だ。
そういえば、朝からルナをチラッと見たりしてたな。そうか。さては、告白でもして振られたのか。彼女、結構はっきり言いそうだからな。
クロムは心の中でロックにエールを送った。
俺だけが魔法の常識が嘘だと知ってる kiki @satoshiman
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