第20話 姫の絵、内緒の出展

「セリカさんはいないのか?」

「外で待たせてある。秘密の話をしたいのでな」


 夜の学校地下にある実習部屋。そこに突如現れたのは姫様一人。


「なんだよ。話って」

「まあ、よいではないか」


 なんだか上機嫌のご様子。

 むふ~と鼻息を鳴らす幼女、もといフランの姿がそこにあった。クロムの前に仁王立ちし、彼を見下ろす。


「マーナもこっちに来るのじゃ。あとルナは休みか?」

「そうだよ」


 促され、彼女はクロムの横に座った。


「今度の休日、わしの絵が出展される」

「はあ・・・・・・」

「それは、えっと・・・・・・おめでとう」


 クロムは無表情のままで、マーナは苦笑い。その反応に不満のようで、フランは眉をぴくりと動かす。


「なんじゃそのどうでもいい返答は。もっと驚かぬか」

「どこに出展されるって?」

「町の小さな美術館じゃ。グラン美術館。そこへ出展することが決まった」

「へえ・・・・・・。それはちゃんと認められたってことか?」

「違う」

「は?」

「え?」


 クロムとマーナ、同じような反応をしてしまった。それでも気にせず、フランは続ける。ない胸を張って、堂々としていた。


「わしが匿名で絵を送りつけるんじゃ。ふふふ。美術館の職員はびっくりするじゃろうのう」


 あまりの下手さにか?


「フランちゃん。やめておいたほうがいいんじゃ・・・・・・」

「マーナまでセリカみたいなことを言うのか? わしはやめんぞっ。絶対」


 マーナはクロムの顔を見た。

 止めてあげなさいよ、と目で訴えてくる。しかし、目の前のお姫様の決意は固いようだ。一平民が諦めさせるには明らかにハードルが高すぎる。


「クロム。お前はわしの味方じゃろ?」


 ニコニコと微笑む。

 どんだけ自信たっぷりなんだ。彼女の中では、突然送られてきた絵に職員が、そのうまさに驚いている姿しか想像できないのだろう。もうなに言っても無駄だろう。いや、人は他人から言われた忠告など聞きはしない。それが普通だ。だから、ここはもう真実をしっかりと受け止めるしかない。それが前を向くことができる唯一のことだ。現状把握もできないようでは成長は一生ないだろう。


「姫様がやりたいようにやればいい、と思う」

「そうか、そうか」


 マーナは「え?」と言いたげな表情を浮かべていた。


「当日、わしとともに美術館へ行くのじゃぞ?」

「誰が?」

「お前じゃ。クロム。あとマーナもな」

「え? わ、私も?」

「なんじゃ? 嫌なのか?」

「え、えっとぉ・・・・・・」


 彼女はチラッとクロムを見る。


「俺は別に構わないよ」

「じゃ、じゃあ私も・・・・・・。クロム一人だけだと不安だし」

「そうか。決まりじゃな。じゃあ二人とも、朝、十時に美術館の前に集合じゃ」


 満面の笑みを見せるフラン。「セリカには言うなよ」と釘を刺し、去っていった。鼻歌まで歌うほど、気分がいいのだろう。


「ちょ、ちょっとっ!」


 肩をがしっとつかまれ、左右に揺さぶられるクロム。


「な、なんだよ」

「なんだよ、じゃないわよっ。いいの? フランちゃん。たぶん、というか絶対傷つくと思う」

「仕方ないだろう。いくら言っても聞かないんだから」

「でも・・・・・・」


 複雑な気分のようだ。そこでクロムは先ほど考えていたことを伝える。


「現状把握もできてないようじゃ成長はないよ」


 最初ポカンとしていたマーナだったが、理解したのか目を細める。その表情から納得はいってないようだ。


「クールだね。クロム」

「いや、誤解しないくれ。俺だって直接言うのは嫌だ。心を痛める。だからってこのままずるずるといっても、フランは納得しない。どこかでわかるときがくる。そのときが早ければ早いほど、次に進めるのも早いってことだよ」

「それが今、ってこと?」

「そういうことかな」


 でも、と言いかけたマーナだったが、口を噤んだ。姫に気を遣っているのがよくわかる。優しいといえばいいのか、それとも・・・・・・。

 お互い、無言だった。時間が無駄に流れることに気づいたマーナは立ち上がり、練習を再開した。




 翌日、長期の休みをとっていたロックが教室にやってきた。体調不良が元に戻ったようだ。その視線が一瞬、ルナに向いた気がした。しかし、すぐにそらし、自分の席へと座る。

 クロムはルナに、フランの話をした。休日、町の小さな美術館に行くことを話すと、彼女は「行くよ~」と元気よく言った。まだフランの姿はない。彼女とセリカはいつもぎりぎりにやってくる。


「ねえねえ。クロム。今、学生寮に住んでるんだよね?」

「そうだけど」


 マーナはクロムのほうを向く。なにか無言の圧力がかかる。


「ふう~ん。寮って狭苦しい感じがするんだけど、どうなのかな?」

「いやまあ、不便なのは不便かな。トイレ、風呂共用だし。いちいちトイレが遠いから面倒なんだよ」

「そうなんだ~。大変だね」


 視線を感じ、斜め後ろを振り向いた。そこにはロックがいて、顔を見合わせる。しかし、それはすぐに解かれた。

 なんだ? なにか言いたげな・・・・・・。


「どうしたの。クロム」

「いや、なんでもない」


 先生がドアを開けて入ってきた。いつもの朝礼が始まる。

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