第19話 え? 魔法で両手、使えないの?
前日、魔法の練習を見学しにやってきたロック。
彼は次の日、休んでいた。体調不良ということらしいが、昨日元気そうだったので意外だ。
「わしの素晴らしい絵はどうじゃ?」
今、教室ではフランが自分の絵を他の生徒たちに見せていた。見せられたほうは苦笑いを浮かべている。みんなの反応を見ていると、やはり下手なのだろう。しかし、相手はお姫様だ。はっきりとは言えない。差し障りのない言い方で誤魔化すしかない。その反応に姫は不満なのか、むっとした表情をして席に戻った。ちなみに姫の席はクロムの後ろで、左にはルナ、右にはマーナと女性陣に囲まれている。
「ううむ。どうやらここにわしの絵の良さをわかるやつはいないようじゃな」
「そのようですね」
そばに立っているセリカが肯定した。
「近々、美術館にて絵の展示会があるようじゃな。わしの絵を飾るよう、手配できぬか?」
「それは難しいかもしれませんね」
「なぜじゃ? わしの絵はプロの画家からうまいと誉められたほどの実力じゃぞ?」
プロから誉められた? 本当かよ。
クロムはセリカを見る。彼女はそのことに気づいたのか、チラッと視線を動かした。しかし、すぐに主のほうに視線を戻す。
「展示会はレベルが低いのです。姫の作品は高レベル。そんな場所に出すことで作品の質を落としてしまいます」
「そうか・・・・・・。しかしこれでは・・・・・・」
フランは納得がいかないとばかり、しかし、他に方法があるわけでもなく口を閉ざした。
どうやら彼女は他人からの評価がほしいようだ。しかし、展示会に出すわけにはいかないだろう。子供の落書きのような作品を出せば酷評される。姫の作品ということで出品すれば、誰も文句は言わないかもしれないが・・・・・・。
昼食時間。
ベンチでクロム、マーナ、ルナの三人は昼食を食べていた。いつもの風景がそこにあった。ただ、フランの姿はない。
「フランちゃん。なんかすごいね。あんな絵なのに、自信満々なんだから」
ルナは本人がいないことをいいことに、胸の内を吐き出した。
「それは言っちゃダメよ。みんなわかってるんだから」
「他人の評価って、そんなに大切かなあ」
「ルナは気にしないのか?」
「全然。やることやってれば結果はついてくるしね」
「マーナは?」
「私は・・・・・・まあ、それなりに気にするわよ。応援してくれる人がいるから良い結果出したいじゃない」
俺はマーナ派だな。やはり結果は出したい。
結果は後からついてくる、なんてことは天才だから言えることだろう。努力の果てに結果がついてきたらどんなに楽か。それが真実だとするなら、俺の功績はとっくに認められている。くだらない連中に足を引っ張られることはない。
「あ、セリカさんだわ」
マーナが声をあげた。彼女が一人で歩く姿は奇妙に映る。そばに主である姫の姿はない。
「みなさん。少しお話が」
彼女は無表情のまま、言葉を紡いでいく。それはフランのことだ。彼女には兄がいるらしい。つまり王子だ。両親はその兄のことは後継者ということで可愛がっており、フランには目を向けてこなかった。
お城では自室に閉じこもり、一人でおもちゃで遊んだり、絵を描いたりする日々が続く。それゆえか、自分に何がしかの特技が欲しかったのだとセリカは言った。自分を表現するもので、他者が認めてくれるもの。それがあれば自信がつき、自分が存在している意味を理解することができる。
「最近、城を抜け出したことがあった。何度も抜け出して、両親を少しでも自分のほうへ関心を向けたい、その現れだと思っている」
そこでクロムと出会った。
城へ帰りたがらなかったのは、そういうことか。
「だから姫様は、絵の評価をことさら気にしていらっしゃる」
「セリカさん。俺の予想だけど、プロから誉められたっていうのは嘘だな?」
「・・・・・・そうだ。姫様を傷つけまいと、私が嘘をついた。私は幼い頃から彼女を知っていた。暗い顔で毎日、窓の外を眺めておられた。なんとかそれで元気が出れば、と」
「セリカさん。優しいのね」
マーナの言葉に、彼女は首を横に振る。
「それから姫様は変な自信を持つようになってしまった。私のせいだ。もし対等な立場だったら、はっきりと言えたかもしれない。それが本当の優しさじゃないかと」
本当の優しさ、か。
確かにその通りだ。魔法学校にも卒業するのに年齢制限はある。入学するときでさえ、魔力の低いものは弾かれる。制限を加えることで、そのリミットに達したものに「君はこのままやっていても成果が上がらない」と告げる。本人にとってはつらいことだ。頑張ったら頑張ったぶんだけ諦めることはできない。結果を見ないようにして、しがみつく。
しかし、それは同時に他の可能性を消している。世界は広い。その道しかないと思っていた視界が、諦めることによって広がるのかもしれない。
「みなさんにはご迷惑かけるかもしれないが、どうか、温かい目で見守ってほしい」
クロムたちははうなづいた。
また、今回の社会勉強と称した体験は、フランが言い出したことだ。
「ところで、フランちゃんはどうしたの?」
「ちょっと、嫌われてしまって・・・・・・」
セリカはうつむいた。どうやらケンカをしたようで、今、「どこかに行け」と追い払われたようだ。
見守るのはいいが、じっとしていられないんじゃないか?
フランの性格からそう予想するクロムだった。
今夜の魔法実習はマーナと二人だった。ルナは用事があるらしく、ここにはいない。久しぶりに彼女と二人きり。ちょっと寂しい気もする。
いつものようにクロムは座っていた。最近は夕食を食べず、カバンを持ったままこの実習部屋へと直行する。開始時間は六時と早まった。そしてカバンから持ってきた本を手に取り、広げて見ていた。
「私、センスないのかな・・・・・・」
マーナはポツリと呟いた。
彼女はあまり進歩していなかった。イメージが頭の中で練られてないだけかもしれないが、魔法発動の遅さを気にしているようだ。
「クロムは結構長い時間、練習したの?」
「どのくらいかな・・・・・・。一年ぐらい?」
「そんなに?」
えっ? という表情を浮かべる彼女。意外だったようだ。
「意識しなくなったのはそれぐらい。まあ、正確じゃないかもしれないけど」
「なあんだ。クロムでもそんぐらいかかってるんだ。じゃあ安心だね」
さっきとは打って変わって、マーナは微笑む。その単純ぶりに、クロムは苦笑した。彼女は練習を一時やめて、隣に腰を下ろした。その距離はやたらと近く、ふわっと石鹸の香りが漂う。
「なんだよ?」
「いやね。最近、こうして二人きりになってなかったじゃない? たまにはクロムに構ってあげないとね。恋人っていうことになってるし」
確かにルナ、フランと一緒にいる時間が増えたので、こうしてマーナと一緒の時間を過ごすことは極端に少なくなった。
というか、恋人のふりはいつまでし続けなければいけないんだ?
「それってなんの本? やけに分厚いけど」
「これは、魔法の歴史についての資料が載っている魔法歴史図鑑の十一巻だよ」
「へ~。そんな字ばっかりで、読むの大変そう」
「そうか? 面白いぞ」
「ふ~ん。私にはわからないな」
「マーナの母は貴族なんだよな? 厳しいこと言われないのか? 本を読めっ! とか、勉強しろ! とか」
「幼少の頃は厳しかったわね。でも私、つらくて泣いちゃったの。そしたらパパが説得して、母は諦めたらしいわ。どっちかというと私、外で男の子と走り回るのが好きだったから」
「そうか。意外だな」
貴族のお嬢様というのは、家で読書をしながらな紅茶でもすすっているイメージがあった。しかし、マーナは違ったようで、活発な女子だったようだ。
「でも、バカみたいに遊んでたわけじゃないのよ。魔法学校に入る前、十二才ぐらいに、有名な魔法の先生の弟子にしてもらったの。君には魔法の才能があるなんて言われて、調子に乗っちゃったんだ」
あはは、と彼女は照れ笑いを浮かべた。
今の実力は、その師匠の教えがあるからか。まあ、ずっと遊んでて全国大会で優勝できるほど、甘くないよな。ということはルナもそうなのか?
俺はずっと自己流だったので、そういった先生はどのくらいいるのか把握していない。まあ、話が来るとしても貴族だろう。金取れるし。
「そういえばクロムって何属性が得意なの? 風?」
「いや、別にそういうのはないかな」
「え? どういうこと?」
「苦手な属性がないから、四属性どれでも使おうと思えば使えるってこと」
「うそ、でしょ?」
マーナは目を見開く。
驚くのも無理はないかもしれない。普通、人によって得意な属性は決まっている。彼女の場合は氷で、ルナは火。得意属性以外の魔法を使えないわけではないが、発動までに時間がかかる。
「またまたあっ」
クロムが冗談を言っていると思ったのか、彼女は肩をペシッと叩いてきた。それでも真顔の彼に、恐る恐る口を開く。
「え・・・・・・。てことはつまり、全属性に特化してるってこと?」
「そういうことになるかな。でも、最近はどうだろう? 風ばかり使ってたから、偏っているかもしれない」
「はは・・・・・・」
信じられないといった様子で、乾いた笑い声がもれた。偏りという単語からある場面が思い出される。
「ああ。そういえば思い出した。マーナとルナの戦い方だ。大会の決勝で戦ってるのを見たんだけど、何というか、工夫がないよな」
「工夫? どういうこと?」
「属性に偏りがあるんだよ。幅がないっていうか」
「それはしょうがないでしょ。他の属性は発動に時間がかかるんだから。もたもたしてたらやられちゃうじゃない」
「いや、でも例えば、両手を使ってみるとか」
「は? なに言ってるの? そんなことできるわけないじゃん」
「え?」
できないの?
普通、できるんじゃないのか?
マーナの表情が深刻さを増す。
「両手、使えるのって常識だろ?」
「常識じゃないわよ! 普通、使えないわよ!」
「あ、そうなのか」
「そうなのか、じゃないわよ!」
彼女の鼻息は荒かった。
なに怒ってるんだ?
「あ、あんた。まだ隠してること、あるんじゃないでしょうね?」
「いや俺は別に・・・・・・」
がしっ。
マーナはクロムの手首を乱暴につかんだ。ぎりぎりと締めつけてくるので少し痛い。
「本当でしょうね」
「あ、ああ。少なくとも俺には隠す意思はないって」
「こんな、たいして私と変わらないぐらい、細い腕してるくせに」
「腕の太さは関係ないだろ。戦士じゃないんだから」
「あ~もうっ。なんか自信なくした」
手を離し、立ち上がるマーナ。投げやりな口調。その顔に疲れが出ている。
「今日はやめるか?」
「なんでよ。やるわよ。悔しいから、いつかクロムを驚かせてやるんだから」
「がんばってくれよ」
練習再開しようとした、そのとき、ドアが静かに開く。フランが入ってきた。クロムたちを見ると、ニヤリと変な笑みを浮かべた。
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