第4話 EMERALD:エメラルド
健人に正体を見破られたもっちゃん、元木鈴は、少し驚いた後、こう言った。
「そう、私は、元木鈴。
すごいね。健人くんは何でもお見通しだね!」
「いえいえ、そんなことはありませんが…。
でも鈴さんは、どうしてここにいるんですか?」
「それはね…。」
そして鈴は、今まで自分が辿って来た過去、また現在について、語り始めた。
※ ※ ※ ※
〈15年前〉
「やーい、すず!おまえのおかあさんは、どこだ~!」
小学5年生の鈴は、そう言われ、よくクラスメイトの男子たちから、からかわれていた。
「うるさいなあ!わたし、あたらしいおかあさんが、できたもん!」
「でもそれって、ほんとうのおかあさんなのかよ!?」
「…でも、あたらしいおかあさん、わたしにすっごくやさしいもん!」
「だから、それはすずのほんとうのおかあさんかって、きいてんだよ!」
「おかあさん…やさしいもん…。」
そう言って鈴は、男子たちの前で、よく泣いていた。
『おかあさん…、あたらしいおかあさん、おかあさんはすずの、ほんとうのおかあさんだよね…?』
男子たちからいじめられる度に、鈴は心の中でそう母親に問いかけた。しかし、心配をかけたくない鈴は、それを両親の前で、口に出すことはできなかった。(また、もし口に出して、母がその鈴の呼びかけを拒絶したらどうしよう、という思いも、少しだけ鈴の中にはあった。)
「鈴、最近顔色が良くないけど、大丈夫?」
「そう、おかあさん?わたしはだいじょうぶだよ!」
鈴はずっと両親の離婚・再婚によるいじめに遭っていたが、両親には、それを一言も言わなかった。また、両親の方も、鈴の様子から薄々そのことに気づいていたが、鈴の「なんでもない。」という意思を尊重し、その件に関して深く追及することはなかった。
「鈴、何かあったら、いつでもお母さんや、お父さんに相談してね。
お母さんとお父さんは、いつでも鈴の味方だからね!」
「うん、ありがとう、おかあさん、おとうさん!」
鈴は元気よく、両親にそう言った。
そして、
『ほんとうにありがとう、おかあさん、おとうさん。
よし、わたし、おかあさんとおとうさんのためにも、がんばらないといけないな!』
と、鈴は気持ちを新たにするのであった。
そうして学校生活を送っていた鈴であったが、鈴にとって気がかりなことが1つできた。
それは、鈴の新しい母親の連れ子で、鈴より3つ年下の新しい妹、萌花のことである。
鈴と萌花は、血のつながりのない姉妹とは思えないほど、よく似ていた。2人とも少し天然で、お互いに絵を描くことが好きで―、ただ、勉強の方は、鈴の方がよくできた。
『もえか、さいきんげんきないみたいだけど、だいじょうぶかな…。
もしかして、わたしみたいに、いじめにあってるのかも…。』
この、鈴の考えは、的中していた。
鈴の父と再婚した萌花の母親の関係で、萌花は鈴の小学校に、転校することとなった。そして、当初はうまくいっていた萌花の学校生活も、途中でそのこと(離婚・再婚の件)がクラスメイトたちにばれ、萌花は新しい姉の鈴と同じように、いじめを受けるようになったのである。
『わたし、もえかをいじめるやつが、ゆるせない!
わたしはまだいい。まだがまんできる。でも、もえかはわたしより3つもちいさい。だから…、
そうだ、わたしはおねえちゃんなんだ。だから、もえかのために、しっかりしないといけない!』
鈴はそう思い、萌花のために、何かできないかと考えた。
しかし、3つ年上とはいえ、鈴はまだ、小学5年生だ。何をできるわけでもない。思いつくことと言ったら、
「おかあさんとおとうさんに、もえかのことをそうだんする。」
ことぐらいだ。しかしそれも、萌花が両親や鈴本人に何も言わないので、
『もえかもおかあさんとおとうさんに、しんぱいかけたくないのかもしれない。
わたしとおんなじだ。』
と鈴は考え、結局鈴は、何もできないでいた。
そんなある日、萌花が、黒いランドセルを背負って、家に帰って来た。
「おかえり、もえか。
…、そのランドセル、どうしたの?」
一足先に家に帰っていた鈴は、萌花のランドセルを見て、びっくりした。
「うん、これ、じつはね…、」
そう言って、萌花は、今日あった事件、そして、健人のことを、話した。
「そうなんだ。けんとくんって、やさしいんだね。」
「うん!けんとくんは、とってもやさしいの!」
そう言って萌花は、とびきりの笑顔を見せた。
それは、今まで塞ぎ込みがちだった萌花が久しぶりに見せた、満面の笑みであった。
また、
『もえか、けんとくんのことがすきなんだな…。』
鈴は、萌花の気持ちにも、すぐに気づいた。
そして…、
その瞬間、鈴の中でも、何かがはじけた。
『けんとくん、って、いうんだ。
けんとくんは、どんなおとこのこなんだろう…?』
鈴は、健人にまだ会っていないにも関わらず、この、優しい性格の男の子が、どんな子なのか気になってしまった。それは、(鈴とは直接関係がないものの)萌花と同じようにいじめを受けていた鈴にとっても、優しい、優しすぎる行動であった。
『けんとくん、やさしいなあ…。
わたしも、けんとくんにあってみたい。』
鈴は、自分でも気づかないうちに、まだ会ったこともない男の子に、恋をしてしまっていた。
そして、健人のランドセルの一件を気に、元木家と麻倉家の、交流が始まった。
「けんとくん、みいつけた!」
「あ、またみつかった。
すずさん、かくれんぼつよいよ…。」
「そう?
わたし、けんとくんがかくれそうなとこ、だいたいわかるんだ!」
「あ、それ、もえかもいってた!」
「そっか。」
そして、鈴は健人に、萌花を加えた3人で、よく遊ぶようになった。
鈴が健人を初めて見た時の第一印象は、「めが、やさしそうなこ」であった。そして、鈴も健人と接するようになって…、
鈴の恋心は、さらに大きくなった。
『わたし、けんとくんのことが、すき!』
また、
「あ、それ、もえかもいってた。」
と健人が言った時や、健人が萌花のことを、「もえか」と呼び捨てにするのに対して、鈴のことは「すずさん」とさんづけで呼ぶことを気にした時など、鈴は決まって、胸の奥がチクチク痛むのであった。
『たぶん、けんとくんともえかは、りょうおもいなんだろう。ふたりのようすを、みてたらわかる。
でも、わたしもけんとくんのことがすきだ。わたし、どうしたらいいのかな…。』
鈴は胸の奥が痛む度、そう考えたが、
『わたしは、もえかのおねえちゃんなんだ。だから、もえかのことを、かんがえないといけない。
だから、もえかとけんとくんがりょうおもいなら、ふたりが、けっこんすればいいんだ!』
鈴は、自分の中に芽生えた恋心を、封印しようとしていた。
〈14年前〉
「鈴、萌花、悪いけど、父さん転勤することになったんだ。
だから、引っ越しをしないといけない。
ごめん。2人には、分かって欲しい。」
鈴と萌花の父親は、2人の娘に、唐突に転勤と引っ越しのことを告げた。
そして萌花は、それを聞き、激しいショックを受けた。
…と同時に、鈴の方も、ショックを隠しきれなかった。
『ひっこしをしたら、わたしとけんとくん、はなればなれになっちゃう…。
そんなの、やだよ…。』
鈴はこの1年間、健人、萌花の3人で、よく遊んでいた。そして、日に日に仲良くなっていく健人と萌花を見て、胸が締め付けられるような感情も覚えたが、
『わたしは、こうやってけんとくんのそばにいられて、それで、もえかがしあわせになれるなら、それでいい。
わたしは、このままでいい。』
と自分に言い聞かせ、自分の想いを、常に封印しようとして来た。
しかし、転校してしまえば、健人とはもう会えなくなる。それは、萌花にとってももちろんそうだが、鈴にとっても、辛いことであった。
そして、感情をできるだけ出さないように努めた鈴に対して、萌花は、自分の感情を爆発させた。
父がその件を告げた瞬間、まだ食事の途中であったが、萌花は食欲も急になくなり、立ち上がって自分の部屋に引きこもってしまった。
それを見て心配した母親が、萌花のいる部屋にしばらくしてから入り、萌花を慰める。
鈴は、そんな家族の様子を見て、
『わたしは、おねえちゃんなんだ。
わたし、がんばらなきゃ!』
と、思うのであった。
「おねえちゃん、わたし、けんとくんにてがみをかいたんだ。
おねえちゃん、てがみ、これでいいとおもう?』
萌花は健人に手紙を書いた後、鈴にこう呼びかけ、手紙を見るように促した。
その瞬間、鈴は泣きたいような衝動に駆られたが、何とか我慢して、萌花の手紙を読んだ。
「うん、これでいいとおもうよ!
けんとくんとあえるのもこれでさいごかもしれないし、もえか、がんばって、じぶんのきもち、つたえないとだめだよ!」
鈴は、お姉ちゃんらしく、萌花をそう、励ました。
「わかった!ありがとう、おねえちゃん!」
もちろん、血のつながりのない姉妹であったが、鈴は、こうして萌花が自分のことを頼ってくれるのが、嬉しかった。
『わたしのことはいいから…。
がんばってね、もえか!』
鈴は声にならない声を、心の中で呟いた。
〈5年前〉
「え、引っ越しするんだ…。」
鈴は母親から、父の仕事場が鈴たちが小学生の時にいた街に戻ると、聞いた。
その時鈴は大学3年生で、一人暮らしをしており、その引っ越しと直接関係はなかったが、鈴の心はそれを聞き、甘酸っぱい、小学生の頃の気持ちになった。
「私の中で、あの街といえば…、健人くん。
健人くん、元気にしてるかな?」
大学生になった鈴にしてみれば、健人の街に(例えば自分の車で)行き、健人に会うことも可能でなくはなかったが、鈴は、小学生の時に健人と離れて以来、健人と会おうとは、しなかった。その理由には…、単に久しぶりに健人と会うのが恥ずかしい、というものだけではなく、
『健人くんに会うと、昔封印した私の恋心が、もう一度点火されるかもしれない。』
というものも、あった。
そして、(それに関連して、)萌花の健人に対する想いも、鈴が健人に会うことを躊躇させる要因になっていた。
萌花は、健人と離れ離れになった小学生以来、ずっと健人のことを、想い続けていた。(そのことを、萌花は直接鈴には言わなかったが、鈴にはそのことが、お見通しであった。)
もちろん、中学・高校生になった萌花にも、彼氏ができたこともある。しかし、その新たな恋も中途半端に終わり、萌花は中学・高校時代、長く続く恋愛をして来なかった。それもこれも、萌花が心のどこかで、
『私は、健人くんのことが好き。1番好きだ。』
と、思っていたからであった。
しかし萌花は、健人と連絡をとろうとはしなかった。萌花の母に頼めば、健人の携帯電話の番号くらいなら、訊き出すことはできたかもしれない。しかし、萌花は、
『いきなり健人くんの電話番号聞いて、『ウザい。』とか、『重い。』とか、思われたらどうしよう…。
それだけは、絶対に嫌だ。』
と考え、連絡先を訊くのをためらっていた。
そんな時、萌花の家族の引っ越しが決まった。大学生で一人暮らしの鈴とは違い、萌花は高校3年生であったので、家族会議をした結果、父や母と共に元いた街に戻り、健人のいる高校へ、編入することになった。
その時萌花は、
『やった!これで堂々と、健人くんに逢える!』
と思う反面、
『私のこと、健人くんは覚えてるだろうか?だいぶん前のことだし、健人くん、忘れてるんじゃないかな…。
それに、あの手紙…。今考えても、恥ずかしいよ…。穴があったら入りたいくらい。
健人くん、あの手紙を読んだ後、どんな気持ちになったんだろう?』
などと考え、萌花の心の中で、ポジティブな気持ちと、ネガティブな気持ちが交錯していた。
そして健人から、健人の所属するサッカー部の試合を、見に来て欲しいという依頼があったことを母親から聞いた萌花は、飛び上がるほど、喜んだ。
『健人くん、私のこと、覚えててくれたんだ!
だったら私も、気合い入れて行かなくちゃいけない。髪もきれいにして、覚えたてのお化粧もして、それで…、
健人くんに、今の私を、見て欲しい。』
萌花はそこまで考え、
『そうだ。私は健人くんに、小学生の時、恋をした。そして、それは今でも変わってない。
いやむしろ、その想いは、強くなっている。そして、私はただ、昔の初恋の想い出に、浸っているわけじゃない。
私は今も、健人くんのことが好きだ。それは、小学生じゃない、高校生の私の、強い想いだ。
だから、健人くんに、この想いを、受け止めて欲しい。
もちろん、健人くんの応援も、しないとダメだな…。』
と、考えた。
そして、萌花が、
「何か、健人くんに渡せるもの、ないかな…?
例えば、お守りとか。」
と言い出し、萌花はサッカーのユニフォームを模した、お守りを作ることにした。
そのお守りのユニフォームの色は、健人の通う、そして萌花もこれから通う予定の中高校サッカー部の色、エメラルドで、お守りの裏には、「中高校」と刺繍をすることにした。また、前側には、「けんとくんへ」と、ひらがなで刺繍を入れ、これを健人と萌花用に、作ることにした。
そうやって、萌花がサッカー部の試合を楽しみにし、鈴の運転する車で、萌花・鈴の2人が試合会場である競技場に向かっている、その時―。
萌花・鈴が、事故にあった。
「健人くん、ごめんね、試合、見に行けなくて…。
大好きだよ…。」
萌花は、救急車で運ばれている時、そんなうわ言を言っていたそうだ。
しかし、無情にも、鈴・萌花は、蘇生することはなく、そのまま、天国へと旅立っていった。
また、萌花のカバンの中には、手作りの、サッカーのユニフォームのお守りが、あった。
※ ※ ※ ※
「それでね、私と妹、萌花は、天国に行って暮らしてたんだけど、最近になって、私は急に、天国から現世に戻されたんだ。その時は、久しぶりの現世に戻れて、嬉しい気持ちもあったんだけど、だんだん、
『このまま私は天国にも戻れず、かといって生き返るわけでもなく、幽霊としてさまよい続けるのかな…。』
って、不安になっちゃって…。
そうしてふらふらしているうちに、この山を見つけて、それでこの近くで働いている、健人くんを見つけたの。
私が久しぶりに見た健人くんは…、私的にだけど、やっぱりかっこ良かった!私たち、健人くんのインターハイの試合の時は、結局会えなかったから、健人くんを見るのは、その時で小学生以来、ってことになるじゃん?でも、健人くんは、全然変わってないように見えたよ。もちろん、面影もそうだけど、やっぱり、健人くんの優しい性格は、顔に出てるんだな、そう思った。それで、
『健人くん、仕事、頑張ってるんだな…。』
私は、健人くんの近くで、そう思ったの。
でも健人くん、その時は大変だったんだよね?それで、健人くんが死んだような目で、この山にロープを持ってやって来た時は、本当にビックリした。私、外から見てただけだから、健人くんがブラックな職場でこき使われて、死にたいほど悩んでる、ってことを知らなくて…。
『でも、このままだったら健人くんが死んじゃう!何とかしなきゃ!』
私はそう思って、無我夢中で、健人くんに近づいたの。
それで…、
『ちょっと君、こんな所で何やってんの!?』
って、健人くんに話しかけた、ってわけ。
すると健人くん、私が鈴だ、ってことは気づいてなかったみたいだけど、私の存在は見えるらしくって、何とか自殺、思いとどまってくれたね!」
「いや、あれは突発的な行動で、本当に自殺しようとしたわけじゃ…、」
「分かってるよ!本当は健人くん、自殺なんかするような人じゃないもんね。
それで、健人くんとやり取りしている途中に、天国の管理人から、私にテレパシーでお告げが届いたの。
『・君の姿は、人間では麻倉健人くんにしか見えない。
・君は、現世では瞬間移動することができる。』
それで、1番大事なことは、
『・君が現世に戻されたのは、君に、現世での強い未練があるからだ。
だから、『森の妖精』として、君は現世に戻された。』
…とかね。
それで私は、たまたま健人くんを発見したわけだけど、健人くん本当に、見てるこっちが辛くなるほどに、疲れてるようだった。だから、私が、健人くんの支えになりたい、生きてる時に健人くんにお世話になった分、今度はこっちが恩返ししなきゃ、って、思ったの。
それで、『森の妖精』、『もっちゃん』として、私は健人くんが立ち直るまで、一緒にいよう、そう思ったんだ。」
健人は、鈴の話を聴いていた。そして、気になることが1つできた。
「鈴さん、本当に、ありがとうございます!
…それで、鈴さんの現世での強い未練って、何ですか?」
「健人くん…ここまで話聞いて、分かんない!?
やっぱり健人くんは、鈍いなあ~!
私がやり残したことは、たった1つ!
私、妹の萌花が好きで、萌花に幸せになって欲しくて、ずっと自分の気持ち、我慢してた。それで、心のどこかで、ずっと自分の気持ちに、蓋をしようとして来た。
でも、やっぱり私、振られてもいいから、自分の本当の気持ち、伝えないとダメだったんだ。
…健人くん。」
「はい。」
「私、健人くんのことが、ずっと好きだった。小学生の頃から、ずっと…。
それで、今も、健人くんのことが好き。
だから、健人くんの本当の気持ち、聞かせて欲しい。
…これが、私がやり残したことです!」
そう言う鈴の目には、本当にうっすらとではあるが、涙が見える。
「…鈴さん、ごめんなさい。
俺、ずっと、萌花のことが好きでした。小学生の頃から、萌花が事故でなくなるまで、ずっと…。
もちろん、鈴さんには小さい頃から良くしてもらったし、今回の件も、感謝しています。鈴さんは本当に、いい人だと思います。でも…、
ごめんなさい、鈴さん。」
鈴は、健人の答えを聴き、肩の荷が下りたような表情をした。
「やっぱりそうだったか…。分かった!ごめんね、健人くん!
もちろん、小さい頃から、健人くんが萌花のこと好きだってこと、分かってたよ!だって健人くん、普段は優しいのに、萌花と話す時はいっつも、ぶっきらぼうになるんだもん。
でも、その時ははっきりと答え、聞くのが怖くて…。だから、私は天国から戻されたんだね!
ちょっと、何湿っぽい顔してるの?私、健人くんより3つも年上の、お姉ちゃんなんだよ!?これくらいのこと、大丈夫大丈夫!
それに、さっきも言ったけど、健人くんの気持ちは、今初めて知ったわけじゃなくて、前から気づいてたことだよ!?だから…、
ショックなんて受けてないから!」
鈴は、努めて明るく、健人を気づかった。
「ありがとうございます。
それで…、こんなこと訊いて申し訳ないんですが…。
萌花は今、どうしてるんですか?」
「やっぱり気になるんだあ~!
大丈夫。萌花は、ちゃんと天国で、元気に暮らしてるよ!
でも、これは申し訳ないんだけど、健人くんと萌花は、今会うことはできないんだ。私は、たまたまこの世に未練があって現世に戻ってきただけだから…。
本当は、一度死んだ人間が、『この場所』に戻ることはできないの。
だから、ごめんね、健人くん。」
「そっか。元気なんですね。
俺は、それを聞けただけで十分です!ありがとうございます、鈴さん。」
「あと、萌花は…、
小学時代のラブレター、ちゃんと渡せたかなって、気にしてた。」
「あっ、それなら…、
今も大事に、机の引き出しにしまっています。」
「分かった。ありがとう。萌花に伝えておくね!」
そう言う鈴の様子は、湿っぽさがなく、快活であった。
「最後に1つだけ訊いていい?
どうして私のことが、『萌花』じゃなくて、『鈴』だって分かったの?
たまたま落としたお守り見たら、私のこと萌花だって思っても、不思議はないと思うんだけど…。
それに私たち、血はつながってはないけど、けっこう似てると思うんだけどな…?
やっぱり、昔の面影あった?」
「それは…、
俺、覚えてたんです。萌花は笑った時に、左の頬にえくぼができるんですけど、鈴さんにはそれがありませんでした。」
「そっか!確かに。よく覚えてたね!」
「でも、それだけじゃありません。
このお守り作ったの…、鈴さんですよね?」
「えっ、どうしてそれを…。」
「俺、萌花と鈴さんが亡くなった後、お葬式で萌花と鈴さんのお母さんに会ったんです。
その時に、このお守りの自分の分を、渡されました。
それで、
『このお守りは、鈴の方が作ったの。
萌花も途中まで、作ろうとしたんだけど、あの子、裁縫が苦手で…。
それで、鈴が最後まで、仕上げたの。
これ、健人くんの分だから、受け取ってくれる?』
って、言われたんです。」
「なあんだ、そっか。
でもそんなこと、お母さん一言も言ってくれなかったな…。
あと、あれ実は、3つ作ったんだ!健人くんと、萌花の分と、そして、私の分!」
そこまで聞いた健人は、今自分の手元にあるお守りのうちの1つを、鈴に手渡した。
「鈴さん、これ、鈴さんの分ですよね?
持って帰ってください。」
「おっ、ありがとう健人くん!これ、大事にするね!
あと、萌花も同じの、持ってるからね!」
そう言って鈴は、お守りを受け取った。
「さあ、そろそろお別れの時間だね…。
健人くん、小学生の時から今まで、本当にありがとう!私、天国に帰っても、健人くんとの思い出、絶対に忘れないよ!
だから…、
生きてれば絶対いいことあるから、健人くんも、これから先、頑張ってね!
…自殺なんて考えちゃダメだよ!」
「俺、鈴さん…、いや、もっちゃんと改めて出会えて、本当に良かった!
だから、これからの人生、何があっても、萌花ともっちゃんの分まで、頑張って生きるから…、
だから、また会える日まで、さようなら、もっちゃん!」
「バイバイ、健人くん!」
そう言ったもっちゃんは、段々とシルエットが薄くなり、天国へと召されていく様子が、健人にも分かった。そして、健人の目には、少しだけ、光るものが見える。
そして、もっちゃんは完全に、この世界、現世から、消えた。
『もっちゃん、萌花、ありがとう。
俺、今の俺なら、何でもできそうな気がする!
これから俺も、頑張らなきゃな…!』
もっちゃんとの別れは悲しいものであったが、健人の心の中には、明日への希望と、清々しい思いが、残った。
「こんにちは、新しくこの施設に勤務となった、麻倉健人です!
どうぞ、よろしくお願いします!」
健人は、前職の福祉事務所を解雇されてから就職活動をし、とある特別養護老人ホームへ、再就職した。
確かに、給料は前職に比べて、幾分か安くはなったが、それよりも健人は、働きがい、そして従業員のことを考えてくれる、職場の体制を重視して、この職場を選んだ。
『さあ、俺も心機一転で、頑張るぞ!』
健人の心は、真っ黒だった少し前から、(健人はかつて否定したが、)いつかの太陽のように、燃える赤色に、変わっていた。
そして、健人のカバンには、かつて元木姉妹からもらった、
「けんとくんへ」
と刺繍で書かれた、エメラルド色のユニフォームの形の、お守りがかけられていた。(終)
森の妖精との不思議な日々 水谷一志 @baker_km
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