第29話 始まりの物語
王都ハネルについたのは、それから三日後のことだった。
すでにクローから報告を受けていたラインバル王は、色々用意を整えて、表門を開けて待っていてくれた。
「親衛隊員四名、その他七名、無事帰国いたしました。」
ドギーがタブから降りて、敬礼しながら叫んだ。
みな、タブから降りて同じように敬礼する。
表門の内側には、ラインバル王やタイホップ他数人が立っており、ボク達の無事な帰国を喜んでくれた。
「クローから話しは聞いてるよ。みな、本当にご苦労でした。君が花梨だね?私はラインバル。ライオネル国の国王をやっているよ。君はホランだね?キンダーベルン家出身らしいね。さあ、ささやかだけど食事を用意してるからね。」
ボク達は再び皇宮に通された。王妃様の手作りの食事をみなで食べ、クローが報告しているだろうけど旅のことを話しながら、楽しい時間を過ごした。
それから三日間、皇宮でゆっくり静養した。
この旅で、大地の精霊からも話しが聞けたし、特殊な力を持つ人間(花梨のことだけど)も探せた。今回のことはライカ達の適性検査も兼ねていたため、ライカとウルホフは親衛隊に、ラビーは準親衛隊(親衛隊の運搬や伝令を主な仕事とし、親衛隊へ昇格もある)に、プーシャは王宮薬師に配属が決定した。
みな、それぞれの宿舎に移り、皇宮にはボクと花梨、ホランの三人だけになってしまい、寂しく感じていたとき、皇后謁見室に呼び出された。
三人で謁見室に向かうと、そこにはタイホップ、ドギー、ソロ、クロー、ウルホフ、ライカが敬礼して立っていた。
ライカとウルホフは、真新しい親衛隊制服を身にまとい、なんか凄く初々しい。
ボク達が中に入り、親衛隊の横に並ぶと、正面に座っていた王と王妃が立ち上がり、ラインバル王が一歩前に出た。
いつもの親しみ安いラインバル王の表情から、威厳のある一国の王の表情に変わっている。
「一同なおれ。」
親衛隊は敬礼をやめ、直立不動の態勢をとる。そのピリッとした雰囲気に、いつもはだらっとしているホランも、自然とピシッと立っていた。
「親衛隊諸君、ライオネル国国王として勅命を下す。悪しき黒き者らを討伐し、我が国の平定をなせ。」
「ハッ!」
みな、膝をつき頭を垂れる。
「今回、三百余の親衛隊と、五百余の警備兵を国内の妖魔殲滅に当たらせる。その指揮を親衛隊大隊総隊長タイホップに命ずる。」
「慎んで、お受けいたします。」
タイホップは剣を抜き、頭上に掲げて礼をした。
「ドギー、その他親衛隊四名、ユウ殿、花梨殿、ホラン殿は、特別編成部隊とし、黒き悪しき者を探しだし、討伐せしめることを命ずる。指揮をドギーに任命す。」
「慎んでお受けいたします。」
みな、剣を掲げて礼をした。
ラインバル王の硬い表情が少し和らぎ、一段下がってボク達の前に下りてきた。
「ユウ君、花梨さん、ホラン氏には、我が国のことで協力をお願いすることになり、本当に申し訳ないと思っているよ。危ない旅になるから、けして強制はできないけれど、君達の協力がなければ、この戦いに勝利はないんだ。」
「ボクは、この国が大好きです。この国の人達が大好きなんです。怖くないといえば嘘になるけど、ボクにできることはしたいです。」
ラインバル王は、ボクの手をしっかり握る。
「精霊のみんな、悪しき黒き者はどこにいる?」
ボクが呼びかけると、精霊達がフワリと空中に現れた。
『今は北東のほうへ移動しているようですわ。』
ウィンディが言うと、他の精霊もうなずく。
「北東…、うちらの村のほうだね。」
ライカが言うと、タイホップもうなずく。
『それよりもさらに北東になります。ほぼ海に近い場所、なにか探しているようです。』
「探す?」
ウィンディは水鏡を空中に浮かび上がらせ、そこに映像を映した。
水鏡には、顔まで黒いローブで覆った者が、浜辺を杖をつきながら歩く姿が映し出された。
「あれが?!」
みな、初めて見る敵の姿にざわつく。
男のようでもあり、女のようでもある。若くも見えるし、壮年から中年にも見える。ノーマの戦った悪しき黒き者は女性だったようだが、この者も女かどうかはわからなかった。
『見つかりました。』
悪しき黒き者は、こちらを向くと、ニタッと口元で笑い、軽く杖を上げた。
水鏡が揺れ、ただの水になって落ち、謁見室の床を濡らす。
『居場所は感知できていますし、案内も可能ですわ。』
「精霊の力を打ち消すとは!」
精霊魔法を無効にする力を持つことは正しそうだ。
精霊魔法が効かないとしても、生き物なら物理攻撃は有効なはず。花梨の力で押さえ込んで、物理攻撃で倒す…それが一番手っ取り早そうだ。
ボク達はラインバル王に一礼すると、謁見室を後にした。
庭に出ると、すでにタブが人数分用意されていて、旅支度も整えられていた。
今回は、ボクの分のタブもいた。前回の旅で、なんとか乗れるようになっていたからだ。
ザイールの貴族出身のホランはもちろん最初から乗れたし、花梨も王宮に来た次の日に練習したら、一時間もしないうちに駆け足までできるようになっていた。 ここにきたときに、ライカと一緒に乗っただけなのに。
マントを羽織り、なんとかタブに一人で乗る。
「騎乗、そして北東へ向かって駆け足!」
ドギーの掛け声で、みなタブに騎乗する。
ドギーを先頭に、ウルホフとライカが並び、後ろにボクと花梨、その後ろはソロとホラン、最後尾をクローが固めた。
王都ハネルを駆け抜け、平地からすぐに山道に入った。山道も早足で危なげない。タブは、山道に長けた動物であるが、今回のタブは速さも体力も桁違いだった。
あっという間に、ガオパオ村についてしまう。
ここで、一日タブを休ませることになっていた。タブを乗り換えるよりも、タブを休ませて同じタブで旅をしたほうが、効率的だかららしい。それくらい、優秀なタブということだ。
ウルホフは自宅で過ごし、ボク達は全員ライカの家にお世話になることになった。
とにかく休養を…って言われたんだけど、ここに戻ってきたら、行きたい場所、やりたいことがあった。
「花梨、いる?」
花梨はライカの部屋に泊まることになっていたから、ライカの部屋をノックした。
「どうぞ。」
ライカと花梨は、ベッドの上でガールズトーク(?)の真っ最中だった。この二人、思った以上に相性がいいのか、しょっちゅう二人で話していた。初めて恋に芽生えたライカにとって、花梨は師匠のような存在らしい。
「あのさ、ちょっと行きたい場所があるんだけど、一緒にどうかな?」
「行きたい場所?」
「ほら、ウィンディと初めて会った湖。あの畔に、ノーマの種を植えようと思って。種を植えてくれって言われたとき、自然とあそこが思い出されたんだ。」
「あそこはウィンディの聖地なんじゃないの?」
『かまいませんわ。水と大地は相性がいいんですよ。』
ライカの質問に、ウィンディの声のみ答えた。
「ね、あたしも行っていい?」
「もちろんだよ、ウルホフも誘う?」
「あたし、呼んでくる。先に行ってて。」
ライカは勢いよくベッドから飛び起きると、そのままの勢いで部屋を走って出ていった。
「ライカは可愛いね。」
花梨がクスクス笑いながら言う。
「なに話してたの?」
「い・ろ・い・ろ。女の子の話しに入ったらダメよ。ほら、行きましょう。」
ボクはザイホップに行き場所を告げ、花梨と二人で表に出た。
村を歩くたび、出会う村人達が声をかけてきて、後でライカの家に食べ物などを届けるからと別れていく。
「ユウ、好かれてるんだね。」
「ここの人達がいい人すぎるんだ。本当によくしてもらったよ。」
「うん、ユウがあたしみたいに山のど真ん中とかに現れたんじゃなくて良かった。この村で、初めて会ったのがライカで良かったよ。」
「花梨は大変だった?」
花梨は、首をかしげる。
「別に…。ほら、うちの親、キャンプというか、サバイバル?みたいなのが趣味だったから。」
確かに、ボクの家族と合同キャンプしたときなんかは、一応キャンプ場に泊まったりしたけど、火起こしとかはガチだったし、花梨と花梨の父親だけのときは、もっと本物のサバイバルだったみたいだ。
「サバイバルの知識とかもそうだけど、剣道や合気道なんか、痴漢撃退くらいにしか役に立たないと思ってたけと、こっちでは百パーセント役に立ったわね。まあ、女らしさ激減だけどね。」
確かに、どっちの花梨も花梨らしいけど、こっちの花梨はより男らしいというか、自然体でリラックスして見えた。
お洒落して、化粧して、大人ぶっていた花梨ももちろん可愛いかったけど、今の素っぴんで飾り気のない花梨は、より魅力的だと思う。
「今の花梨、凄くいいと思う。表情も軟らかいし、凄く…可愛い。」
恥ずかしくて、語尾が小さくなる。
花梨は、スルッとボクの腕を取り、身体を密着させてくる。
「フフ…、ありがと。たぶん、今のあたしがいいって言うのはユウだけよ。ほら、日にも焼けたし、髪の毛もリンスしてないからパサパサよ。でも、あたしも今のあたしが一番好き。ユウに好かれているあたしが一番いいわ。あっちにいるときは、どうすればユウの特別になれるか、それだけ考えていたの。」
「そうなの?」
「そうよ!なのに、ユウはあたしのこと好きな素振りもないし、かなりイライラしたわ。」
花梨は、軽く睨むようにボクを見た。
「年を重ねるほど、ユウが離れていっちゃうみたいで、悲しかったんだから。名字なんかで呼ぶようにもなっちゃうし。」
「ごめん。」
花梨は、フッと笑うと、ボクの手を握った。腕を絡ませたままだから、より身体が密着する。
「特別、許してあげるわ!だから、もう一度言って。」
「エッ?」
「凄く…?」
花梨の口が、音もなく可愛いと動く。
ボクは赤くなって、うつむいた。
「…か、かわ…。」
「ユウ、花梨!」
後ろからライカとウルホフが走って追い付いた。
花梨はプクッと頬を膨らませ、近かった距離を少し離した。
「ほら、あそこ!湖」
ライカが指差した先に、確かに大きな湖があった。凄く透明感のある、綺麗な湖だった。
「綺麗な場所ね…。」
「水も凄く美味しいんだよ。ユウも見るのは初めてだよね。あの時は気絶してたから。」
「うん。こんなに綺麗な湖だったんだ。」
ウィンディが久しぶりに戻ったからか、水は澄み、香りまで清々しい。
「ウィンディ、どこに種を蒔けばいいかな?」
ウィンディが現れ、湖の畔の一角を指差した。
「あそこなら、日当たりも良さそうだし、いいんじゃない?」
ライカがその場所の土を掘った。 ボクがそこに種を蒔き、ウルホフが土をかける。花梨が湖から水をすくって、その上からかけた。
すると、土がモコモコと持ち上がり、双葉が出て、さらにのびて茎が太く幹になり、あっという間に立派な樹になった。
「すっご…。」
みな、口をポカンと開けたまま、樹を見上げていた。
『初めまして、ユウ様。』
目の前に、小さな男の子の精霊が現れた。その横にウィンディが立っている。
『ユウ様、大地の精霊ノーマです。』
「君もノーマ?」
『そうです。僕の種に力をくれていたおかげで、僕はいっきに成長できました。』
確かに、火の精霊サラスは、最初はひよこ(?)だったものな。人型になれるくらい成長したってことか?
「君とは、最初から喋れるんだね。」
『種のときに、すでにユウ様の力を分けてもらっていたから。ユウ様、僕も契約を…友達でしたっけ?』
「ああ、友達だよ。」
ノーマはニッコリ微笑むと、そのまま空気に溶けた。
「彼はどこに?」
ボクは、身体に身につけている物をチェックした。
『腰元ですわ。』
プーシャからもらった革の巾着に、茶色い木の実で装飾がされていた。
「これ?」
『そうですわ。』
ウィンディも、そう言うと空気に消えた。
「ユウ、これで四大精霊揃ったね。」
「そうだね。」
ボク達は湖の畔に立ち、しばらく黙って湖面を眺めた。
水の精霊は幽閉され、この美しい湖は枯渇させられていた。
火の精霊は杖に封印され、その力を奪われていた。
風の精霊は、その力の一部を奪われていた。
全て、悪しき黒き者の仕業だ。
この世界の優しい人達のためにも、ボクはそいつを許すことはできないんだ。
ボクは花梨の手をギュッと握りしめた。花梨も握り返してくれる。
ここには、頼もしい仲間と、なによりも大好きな花梨がいる。
「行こう!」
「うん!」
これから、どんな戦いになるかわからない。
でも、きっと大丈夫なはずだ。
ボクは、手から伝わる体温をしっかりと感じながら歩きだした。
ヘタレなボクでもいいですか? 由友ひろ @hta228
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