第3話 猛暑

人が溶けるほどに異常な暑さが町を襲い、人々は屋内に閉じこもり、室外機のまわる音が町に溢れているようだ。そんな狂おしい暑さのなか、ぼく(打海うしお)のクラスメートが溶けてしまった。

小麦チヨ子は年中、日に焼けた小麦色の肌が印象的な少女だ。何十年前に流行ったというヤマンバギャルというやつらしい。以前、母さんが言っていた。

その小麦さんが誰もいない公園のあずまやで、どろどろと形を崩して溶けていた。あぁ、少し油断するとこうだ。なんだかよくわからないモノを見つけてしまう。ぼくは嘆きながらも彼女のそばに座った。


「あら、ら、ウッチーじゃんか」


もうどろどろに溶けた茶色い液体の上に首しかないのに、彼女はいつも通りの様子だ。いや汗?はひどいけどね。あたりには甘ったるい匂いが漂っている。


「いやぁ、ウチさぁ。チョコで出来てんだよねぇ。あっつい、とマジヤバ。溶けちゃうわけぇ? 」


ギャハハハ、と笑う彼女を見ながら、なら、出歩くなよ、と思っていたら顔に出ていたようで、ウチもそう思うわぁ、と言われてしまった。外見によらず彼女は頭がいいのは有名だ。話しを聞いていると彼女はある魔女がうちの高校に通っている頃に、好きな男子にバレンタインのチョコとして造られたゴーレムらしい。


「頭、わるっ!」

「悪いってか、良すぎてバカ?」


まぁ、馬鹿と天才は紙一重らしいしね。二十年ほど前に造られた彼女は、魔女の意中の彼が引っ越してしまったので二十年間、忘れられたまま高校に通い続けていたらしい。流石にびっくりだね。


「それがどうしてこんな状況に?」

「マスターのやつ、すっかり忘れてたくせに彼に来ないだ、バッタリ会ったらしくてさぁ」


ウチを思い出したらしいのよ、と迷惑そうに言った。それでその彼に食べて貰って来いという。


「そりゃまた、身勝手な人だね。その彼というのも大変だね」

「マスター、奇人だからさぁ。炎天下だから待てっつってんのにさあ。三好隆春っておじさんもチョー迷惑だよね?」

「ミヨシタカハル? ん?まぁ、たしかに迷惑この上ないね」


ま、これも渡世の義理よ、となんだからしくない台詞を残して小麦さんは茶色の流体になって人気の無い公園をズルズルと這い出していく。熱に浮かされて誰もいない町は陽炎に揺れて、蜃気楼のようだ。その道を小麦さんが流れて消えていった。

ぼくはそれを見送ると駅の近くの書店で、涼んでから家に帰った。家に帰る、と台所から甘い匂いがして母さんが大きな寸胴鍋を混ぜながら聞いてきた。


「おかえりなさい。ねぇ、うしおちゃん。チョコレート食べる?」

「……いらない」

「そぉ? タカハルさん、そろそろ帰って来るかしら」


母さんは一掬いした茶色い液体をペロリと舐めて艶のある笑みを浮かべた。


数日後、何故か小麦ちゃんとチヨ子ちゃんという双子が、ぼくの妹として我が家に住み始めた。魔女は町内に一人ではないらしい。

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あやかしさん、いらっしゃい 帆場蔵人 @rocaroca

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