「冬」を越えて

 その代わりに笑顔になって言った。


「ミカゲさんは――エヴァンジェリン叔母さまが好きなんですね」

「そう、そうだよ」


 ミカゲの返事はとても素直だった。少し遠い目をして、穏やかに優しく、ミカゲは言った。


「彼女が好きなんだ。初めて会ったときから、ずっと、そしてこれから先も――」




――――




 エイダとアデルとローアンの三人で午後のお茶を楽しんだ。アデルが一人、先に席を外す。今日のアデルは何か変だな、とエイダは思う。「冬眠」から目が覚めたばかりだから、しかも今回の「冬眠」は波乱万丈なものだったからそのせいかな、とも思う。けれども午前中はそうではなかった。この家に帰って少しして、それから様子がおかしい。


  妙に明るいのだ。さっきのお茶のときも実ににこにことして多弁だった。アデルには珍しい。そしてやたら喋ったかと思えば、急に無口になり、考え事に没頭している。いいことがあって浮かれている――わけでもなさそうだ。


 もうミカゲさんの家で暮らさなくてよくなったわけだから、それが辛いのかなあとも思う。だったら、時にはこちらから、ミカゲさんの家に遊びに行けばいいのに、と思うのだけど、アデルにはなかなかそれが難しいのだろう。アデルを誘って、たまにミカゲさんちに行こうとエイダは思うのだった。


 エイダも席を立つ。数日ぶり(「冬眠」を考慮に入れなければ)の我が家はやはり落ち着いた気持ちになってよい。居間の窓から外を見た。天気がよくて嬉しくなる。なんて晴れやかな、春らしい春なんだろう。


 柔らかな緑の芝生が続く庭をエイダは眺める。木の梢で、小鳥が鳴いている。あの芝に寝っ転がりたくなる。世の中、悩み事や嫌なことなど、何も存在していないかのようだ。


「アデルはどうしちゃったのかな」


 思わず、エイダは口に出していた。居間に残っていた、ローアンがそれを聞き留めて、エイダに尋ねた。


「どういうことですか?」

「ほら、様子が変だったじゃない?」

「そうでしたか?」


 ローアンの表情は変わらない。ほんとに気づいてないのかしら、とエイダは思った。


「そうだったよ」

「まあ……この「冬」はいろいろとありましたから」

「それもあるだろうけど……」


 それ以外に何かがあったのではないかとエイダは思うのだ。ローアンは表情を変えぬまま、非常に大真面目な顔つきのまま、エイダに言った。


「「冬」を乗り越えるたびに、人は変化していくと言いますから」


 そうなのかしら。確かにアデルはここ最近、意外な姿をエイダに見せてくれた。そして、「冬」を過ごしたことによって、また内面に変化が生じたのだろうか。


 アデルが少しずつ遠くなっちゃう、とエイダは思った。大人になるとはそういうことかもしれないけれど。そうして――あたしも変わっていくのかな。「冬」を過ごすたびに、「冬眠」の数を重ねるごとに。


 アデルはまた窓の外を見た。目の前に広がる世界は、美しく朗らかで、考えてみてもその答えは出そうになかった。

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眠りの向こうの冬の国 原ねずみ @nezumihara

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