第5話〜痛み〜



「ベルくん!ご飯作るから待っててね~」


家に着くとあたしはキッチンに向かった。

今日の晩御飯はシチューだ~!



「………。…。………」





ベルはニーナの居なくなったリビングを見わたす。


掃除嫌いのニーナが散らかしたものが辺りに散乱している。


ソファーの上にニーナのアーミーナイフがあった。

ベルはそれを見つけると、トコトコと歩み寄り小さな手でそれを手に取る。


「……。………。。……」


そして、訓練場で観た試合を思い浮かべてた。


リーフの鋭く繊細なナイフ術、ニーナの流麗で無駄のない体術……


そしてその2人の光景を自分に重ねると


ピッ!シュパッ シャッ

ベルはその動きを模倣してその場で再現してみせた。


「…………。………」


なにか違う…なにか足りない……

そんな事を思ったのだろうか。

ベルは首をかしげる。


「わん!」


ニーナの愛犬スフレがベルを見つけると駆け寄ってきた。


「くぅ~ん……。ぺろ…ぺろ……。」


心配そうにベルを見つめると、すりすりと擦り寄るスフレ。


「……スフレ…………」

「へっへっへっへっへ……」


ベルは無機質な眼で無表情にスフレを見る。



そして、その小さな手はゆっくりとスフレに伸びた……。







「「きゃうぅんっ!!!………」」


スフレの悲鳴がきこえた。

何があったんだ!?


料理をしていたあたしは急いでリビングに向かった。


「スフレェ?ど~したの、大きな声出して~!」


扉を開けるとあたしは目を見開いた!!


「……ベルくん……?」


そこには、




血だらけになって倒れているスフレと




ナイフを握り

顔と服にべっとり血をつけたベルがいた……

ナイフからはポタポタと血滴り落ちている。





あたしは咄嗟にベルに平手打ちをした。


パァーンッ!!


「何をしてんだよ!!!」


『何が起きた?』『何故ベルくんが?』いろんな疑問が一気に浮かんで、

あたしの頭は混乱していた。

たぶん手加減なんてできていなかったと思う。


あたしの全力の平手を受け、ベルは吹き飛ばされた。

大きな音を立ててベルは壁に衝突する。


あたしはすぐさまスフレに駆け寄る


「スフレぇ!…………あぁ、良かった……まだ息がある。」

「へぇ……へぇ……」


だけどすぐに病院へ連れて行かないと。

一刻を争う、このままだとスフレは……



その時!!



!!?



何かが来る!

そう気配を感じて振り返った!



するとそこには、


ナイフを持ってあたしを切りつけて来ようとするベルが目の前にいた!!


「ック!!?」


あたしは瞬時にそれを避け、

ベルを払い落とすと、

ベルは体を翻し、再び臨戦態勢を整えて切りつけて来る。


それはまるで、攻撃された猛獣が防衛本能で襲い掛かってくるかのようだった。


あたしは何度も襲いかかって来るベルの攻撃を捌き続けるが、

ベルの対応速度はあたしと同等……いや、それ以上だった!


体格やリーチの差でかろうじて凌げているけど、ベルが子供じゃなかったら確実にやられていた。


それに見覚えのあるナイフ捌き……。

これはリーフのものだ。

そして今の回避技、

これは昼間あたしが使った技だ……。


そうか……




ベルは昼間のあたし達の戦闘を見ていたんだ。




そして信じられない事に、

それらを真似し、

昇華して自分のものにしたんだ。


なんてことだよ……。




あたしは覚悟を決めた。



本気で戦うべく、

意識を落とし思考だけを加速させる。



ベルが高く飛び上がった。


左手の掌底が眼に向かって来る。

昼間にリーフを仕留めた技だ。

次は首を狙ったナイフの一閃が来る。

だから二手目が来る前に抑える。



あたしは掌底を仕掛けようとして来るベルの左手を掴みあげる。


あたしに背を向けた状態で宙ぶらりんになるベル。


そのまま押さえつけて無力化しようとしたけど、あたしを凌駕する反応速度で体勢を整えたベルは、逆手に持った右手のナイフを振り下ろす。


その瞬間!


腿に激痛が走る!!


「ッツ!!」


堪らずあたしはしゃがみこみ、

ベルを後ろから抱きしめるような形で押さえつけた。


ザシュッ!ザクッ ザシュッ ズシャッ……。


ベルは空いた右手で何度もあたしの腿を刺して来る。

何度も何度も……。


傷口から血が溢れ、滲み、あたりを血で汚していく。




「痛いよぉ………ベルくん…。

わかる?痛い……。痛いの……。」





「……。……イタイ……?」



そう言うと、ベルの手は止まった。



あたしはベルからナイフを取り上げると、

掴んでいたベルの小さな腕にナイフの刃を当て、スッっと細い切り傷を作った。

ベルの腕からツーっと血が伝い落ちる。


「ぁぅ……う……うあ“ぁあああああああああああああ!?!?

あああぁああああうぁああああ”ぁあ!!!」


ベルは叫び、暴れる。

あたしは必死にそれを抑えた。

初めて感じた感覚だったのか、ベルは今まで見せたことのない反応を示した。



「そう!痛い……痛いの!」



「ああぁ…ぅ……………」


ベルはようやく落ち着き、あたしを見上げる?




「ごめんね……。腕、痛かったねベルくん……。ごめんね」




「……。………。……」




「あたしたちは家族なんだよ?ベルくん……。」


ベルを抱きしめ、言い聞かせるように言う。

ベルはジーッとあたしを見つめる。




「だからもう絶対傷つけちゃダメ。二度と、

もう二度とこんなことしちゃダメだよ……?」




ベルは血で滲むあたしの傷口に手をかざした。小さな手で優しく、慰るように。


「……痛…い……?」


そう言った。


ベルは相変わらず無表情だけど、

どこか悲しそうに、後悔しているように見えた。


そう思いたかった。






「わん!へっへっへっへっへ」


スフレは無事だった。


あの後病院に行き、幸運にも命に別状はなかった。


私は結構な重症で3カ月の治療が必要とのこと。


色々と事情を聞かれて追求されましたが、

ローズが手をまわしたのか、

大ごとにならず不自然な事故として処理されました。


今回の件も元を正せばあたしが悪い。


ベルを基地に連れて行ったこと、

ナイフを置きっぱにしてたこと、

ベルが特殊だと分かっていたにも関わらず……。

あたしが もっとしっかりしないと……。






「………スフレ………。」


ベルはスッとスフレに手を差し出した。

いつもなら、ベルの手をぺろぺろと舐め、すり寄って甘えるスフレだけど、この時は違った。


「ぎゃう!ぎゃう!ぅ“う”うぅ」


スフレは飛び上がると大げさに距離を置き、

怯えたようにベルを睨み吠え続けるのでした。


「わ“ん!わん!……。」



「……スフレ………。」



ベルはどこか悲しそうに差し出した手を引っ込めた




「スフレ……痛い……」


「わん!ぅ“う”うう……わん!わん!」





「………ごめんね……………」






ベルには心と感情がない。

ベルが今どう思っているのかは私にはわからない。


でも、


少なくともその言葉を聞いて、


あたしは少しほっとしたんだ……。




◇◇◇◇

〜4年後





「よ~し スフレぇ!散歩だぁ~、行くぞ~!」

「わん!」


スフレはぱたぱたと尻尾を振り嬉しそうにベルについていく。


あれから4年の月日が経ち、ベルはスフレとはすっかり仲直りしていた。


現在8才です。


表情が豊かになって、すごく快活な……いや、私にどんどん似てきている。


昔の無表情なベルの面影はもう無いです!

「母ちゃん~!行ってくる~」


そして今日もスフレと一緒、元気に出かけるのだ!

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観測者の手記〜人工知能から生まれた俺は死んでも母ちゃんを救ってみせる!! @orangepop26

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