第3話 政府の対応

●同時刻 内閣閣議


 朝のニュースで、ゲート発生が報じられて以降の世間の雰囲気はというと、意外なことに平常そのものであった。

 ゲート発生自体は一つの奇妙な事件ではあったものの、あくまで一つのニュースでしかなかった。

 ゲートから敵性生物や、異世界の軍勢があふれ出る事態にでもなっていたのなら、周囲の反応も違っていたのであろう。


 しかし、少なくともこの時点では、ゲートはただ現れただけにすぎなかった。

 確かに、空中から突如建造物が現れることや、3次元的にはあり得ないはずのダンジョンなどは、現人類の技術力を超えた何者かの存在の介入を示唆していた。

 だが、その超科学を有すると思われる何者かは、人類に直接接触してくることはなかった。

 中には、軍隊を派遣した国もいたが、警察でも十分に対応可能な相手しか見当たらず肩透かしを食らうことになる。


 そう、人類はゲートという存在を持て余していたのだ。

 このため、無意識のうちに、あくまで日常レベルの問題として扱うこととなったのだ。

 日常レベルの問題に過ぎないと無意識のうちに判断するがゆえに、番組編成も通常編成のまま変わらず、ゲートの話題はニュース番組の一項目として述べられるに過ぎなかった。

 これは、日本に限った話ではなく、世界中のマスコミの対応であり、世界中の視聴者の対応であり、そして、世界中の政府の対応であった。


 後に、この日の世界の行動を振り返った社会心理学者は、これこそが正常性バイアスの代表例であり、自分に都合の悪い情報を無視したり、過小評価した結果として記すことになる。

 そう、後世の目から見れば、ゲートの現れたこの日を境に、世界は変わろうとしていた。

 しかし、そのことをこの時点で自覚していた者はごくわずかであった。


 それら世界の政府の中でも、日本政府は比較的早めに対応を行ったといえなくもないが、あくまで、日常業務の一環といった対応であり、非常事態に対する対応とは程遠いものであった。


   ◇◇◇ 


「以上が今国会に懸ける予算補正案の概要です」

 官房長官の言葉に、総理は頷く。

「結構だ。それで進めてくれたまえ」

 会議がひと段落したところで、総理が別の話を切り出す。

「そういえば、今朝のニュースで芝公園におかしな建物が現れたとか言っていたが、何か続報はあるかね?」

 官房長官はメモを確認しながら答える。

「例のゲートだとか、ダンジョンだとか騒がれていたやつですな。総務大臣ならびに国家公安委員長、現状で何か報告できる情報はありますか?」


 総務大臣と国家公安委員長は顔を見合わせたのち、総務大臣が代表して質問に回答した。

「まず、説明のため今朝発見された門型建造物を、今後ゲートと呼ぶことにさせていただきます」

「消防と警察からの報告では、現在確認されているゲートは国内では5箇所」

「朝の時点から2箇所が追加確認されました」

「最初の3箇所は公有地内。追加の2箇所はどちらも私有地です」

「いずれのゲートでも、有毒ガスなどの発生は確認されていません」

「一方でゲート内部に、小型肉食動物の存在が確認されております。猫程度の大きさの割には、凶暴で人間サイズの相手にも平気で襲い掛かってくるそうです。すでに消防隊員に2名の軽傷者が発生しています」

「ただし、捕獲した生物をゲート外に搬出したところ、短時間で衰弱して死亡したということです。このため、現在までに確認されたゲートについては、害獣がゲート外に出てくる可能性は低いと考えられます」

「また、ゲート内部の空間はかなり広大であり、消防隊員は入り口周辺の安全確認のみで引き返したと報告を受けています」

「現在、これらの5箇所では所有者の許可を得た上で、入り口を閉鎖する措置をとっています」


 そこまで話したところで、言いにくそうに口ごもりながら、総務大臣は続きを述べた。

「それから、内部の調査に向かった消防隊員や警察官の中に、レベルアップをした者がいるそうです」

 一人の大臣がいぶかしそうに質問する。

「……レベルアップというと、ゲームのあれかね……?」

「……そのレベルアップのようです。何でも俗に言うテレパシー的な何かで、本人たちにレベルアップが通知されたということです」

 先ほどの大臣が、不審そうに話す。

「幻覚や幻聴の可能性はないのかね?」

「異なるゲートに向かった隊員が同じような証言を行っていますので、実際にレベルアップが発生したかどうかはともかく、ゲート内でレベルアップをしたとの声を聴いたということに関しては、それなりに信ぴょう性があるようです。もちろん、集団幻聴の可能性もありますが……」

「……そ、そうか。まあ、ゲートやらダンジョンやら妙なことばかり起きているんだ。そういうこともあるのかもしれんな」


 別の大臣が、総務大臣に質問する・

「それで、レベルアップしたという隊員に何か変化はあったのかね? それこそ、ゲームだと急激に力が増えるとか、なんとかあるだろう? そういう変化はどうなのかね?」

 総務大臣も、やや困惑したように答える。

「何でもボーナスポイントを筋力に割り振った隊員がいたとかいう話もありますが、少なくともいきなり岩を砕くとかは不可能なようです」

「それ以上のことは、何分情報が断片的なので詳しいことはまだ不明です……。消防隊員にしろ警察官にしろ、ゲートの安全確認が主任務ですので、レベルアップの内容確認はどうしても後回しになりますので」


 レベルアップについての議論は一旦打ち切ることを総理は告げる。

「とりあえず、この件は一旦保留だな。詳しいことがわかったら報告してくれたまえ」


「それで、ゲートは5箇所ですべてなのかね? それとも、今後も増える可能性があるのかね?」

 ある大臣の質問に、総務大臣は答える。

「現在も確認中のゲートらしきものの情報が数箇所あります。今後も増加するものと予想されます」


 官房長官が、総務大臣と国家公安委員長に尋ねる。

「それで、今後も警察や消防署で、ゲートの対応を行うと考えてよいのかね」

 総務大臣は、頷きながら答える。

「消防庁に対しては、急激にペースが拡大するなどの異常事態が発生しない限り、そのように指示しています」

 国家公安委員長も同じく頷きながら、

「警察庁に対しても、同様にゲートについて対応するよう指示を行っています」


 総理が、国家公安委員長に尋ねる。

「ゲートが見つかるたびに、それをすべて閉鎖することは可能かね?」

 国家公安委員長は首を横に振る。

「そう言うわけにもいかないでしょう」

「私有地内のゲートをどうするかは、土地の所有者に権利があると考えられます。所有者が望まない場合、われわれには私有地に立ち入る権利はありません」


「警察でも、自衛隊でも送って閉鎖すればいいじゃないか」

 大臣の一人が話を混ぜ返すが、それに国家公安委員長が本気で反論する。

「無茶を言わないでください。我が国は、独裁国家でも共産主義国家でもないんです。個人の私有地を法律を無視して徴発するようなまねができるわけがないでしょう」

「危険防止のためでもかね」

 別の大臣が質問をするが、国家公安委員長はそれに反対する。

「危険かどうかが、そもそも法律に定められていません」

 防衛大臣が、それに同意する。

「法に定められた有事でも、災害発生時でもないのに市街地に自衛隊を展開することはできません」


「では、付近の住民を緊急避難させるというのは……?」

 その質問に、国家公安委員長が答える。

「ですから、ゲートの発生が危険かどうか法に定められていないと言っています。さらに言えば、現時点で緊急避難が必要なだけの危険性も確認されていません。任意で避難する人への対応は必要かもしれませんが、自分の意志で残ると言っている人を排除することはできません」


「そもそも、あれは個人の所有物になるのかね?」

 その質問に、法務大臣が答える。

「今の法律で突如空中から現れる建造物を明確に扱ったものはないとしか言いようがないですな」

「つまり、個人の所有物であるという法律もないと……」

 法務大臣は肩をすくめながら

「そこまでいくと、最高裁判所の判例を待つしかないでしょうな」

「ああ、無理に新法を作ってもすべてのゲートを国のものにするのも難しいでしょうな。新法成立までの時点で出現済みのゲートはあくまで既存法での対応になりますから」


「法的に所有権が不明確なのであれば、暫定的に国家のものとするというのは……」

 ある大臣の考えに、別の大臣が反論する。

「おい、おい、独裁政権がらみで、野党に攻撃のネタをわざわざ提供するつもりか? そこまでして国家で独占する意味もあるまいよ」


「内部に動物がいるということであれば、鳥獣保護法や狩猟法とのからみで制限をかけられないかね?」

 問われた農林水産大臣は、

「現在の鳥獣保護法は文字通り、鳥類と哺乳類を対象にしたものです」

「鳥類と哺乳類については、特定の種類を除いて狩猟を禁止しています」

「内部にいる動物が、鳥類と哺乳類の場合は鳥獣保護法で規制可能かもしれません」

「もっとも、それら以外の爬虫類や両生類あるいは昆虫等については規制の対象外です」

「鳥類と哺乳類以外の制限については、むしろ、環境省の領分だと思います」


「狩猟法のほうではどうかね」

「やはり、対象は鳥類と哺乳類ですね。禁猟区であっても鳥類と哺乳類以外の捕獲を禁止する法律はありません」


「鳥獣保護法や狩猟法の改正で対応は可能かね?」

「まず、内部にいる動物が何なのかを調査する必要がありますので、即効性はないかと」

「鳥類と哺乳類については、法の存在をアピールすることである程度は抑止できるかと思いますが、違法な狩りを行われてもそれを立証するのが困難ですので、完全な対策としては不十分かと」

「まあ、不十分でもやらないよりはましかもしれませんが……」

 総理が、環境大臣に尋ねる。

「環境省のほうで、何か制限をかけることは可能かね?」

「絶滅が危惧される希少生物となれば、採取の制限が可能です。しかし、そのためにはやはり内部の調査が必要ですので、即効性はありません」



 文部科学大臣が別の観点から話を切り出す。

「物理学や地質学、生物学その他の専門家からなる調査チームを創って調査させることも必要ですな。まあ、どの分野が適切なのかは不明ですし、すぐに結果が出るとも思えませんが……」

 別の大臣が、文部科学大臣に提案する。

「例のレベルアップとやらの検証のために、体育学系や医学系の学者も加えて、肉体能力の変化を計測させるのはどうですか?」

 文部科学大臣は、その提案に頷き。

「おっしゃる通りです。そちらの分野の学者も加えましょう」

 農林水産大臣も提案をする。

「鳥獣保護法の観点から、調査には農水省の者も加えていただけますかな」

 それを聞いて、環境大臣も

「環境省のほうでも対応する必要があるかもしれません。環境省も参加しましょう」

「あとは、現場との連携のため、消防庁と警察庁の参加もお願いできますか」

 その要請に、総務大臣と国家公安委員長は、「分かりました」と頷く。



 総理が会議のまとめに入る。

「とりあえず、政府の対応としての発表は次の通りかな」

・本日未明突如現れた門型建造物|(通称ゲート)について、現時点までの調査では差し迫った危険性は確認されていないため、落ち着いて行動するようお願いします。

・ゲート内部には小型肉食動物が生息している可能性があり、不用意に内部に立ち入らないようお願いします。

・ゲート内部の小型肉食動物が、外に出てくる可能性は低いため、落ち着いて行動するようお願いします。

・ゲートを見つけた場合、近くの警察署または消防署に連絡願います。

・政府は複数の分野の専門家からなるチームを編成し、ゲートの調査に開始しました。

・現時点で緊急避難が必要な危険性は掴んでいないが、自主的な避難を希望する人のために各自治体には準備を行うよう要請します。


「鳥獣保護法については、緊急性が低いということで後に回すがよろしいかね」

 農林水産大臣は頷いた。

「私は、それでかまいません」

「では、本件はこれまでとし、次の議題に移ろうか」

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ダンジョンズ ギルド 株式会社 早坂 明 @Radin4

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