鼬
安良巻祐介
小学校の頃、朝の通学路で鼬を見た。
見たと言っても死体である。
車に撥ねられでもしたらしく、目と鼻にはべっとりと血がこびりついていたが、格好としては道端にのんびりと寝そべっているようにも見えた。
血で黒く汚れた鼬の顔は、一見図鑑などに出てくるままの形を保っているようであったが、よくよく見れば、全体のバランスがごく微妙な塩梅で歪んでおり、また、写真のそれや剥製などとは異なる「硬直」に支配されているように思われた。
一個の生物として動いていたものが、突然何かひどく大きな力によって無造作に命を奪われた、その瞬間の衝撃、理不尽、それらがぎこちない硬さとなって表れているのである。
それでいて同時に、鼬は、ひどく安らかに寝そべって、顔をこちらへ向けているのだ。
僕はしゃがみこんで鼬を眺めながら、その奇妙な矛盾にだんだんと恐怖が沸いてくるのを覚え、やがて、うわーっと叫んで、その場から逃げ出した。
思えばあれが、僕の記憶に残るうちでもっとも古い「死」との遭遇であった。父の死を始め、その後体験した全ての「死」よりもずっと生々しい、あまりに生々しい実感であった。
だからというわけではないが、今もあの鼬は、僕の脳裏の奥まった暗い場所に、あの朝見たのと同じ顔で、永遠に寝そべっているような気がするのである。
鼬 安良巻祐介 @aramaki88
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます