安良巻祐介

 

 小学校の頃、朝の通学路で鼬を見た。

 見たと言っても死体である。

 車に撥ねられでもしたらしく、目と鼻にはべっとりと血がこびりついていたが、格好としては道端にのんびりと寝そべっているようにも見えた。

 血で黒く汚れた鼬の顔は、一見図鑑などに出てくるままの形を保っているようであったが、よくよく見れば、全体のバランスがごく微妙な塩梅で歪んでおり、また、写真のそれや剥製などとは異なる「硬直」に支配されているように思われた。

 一個の生物として動いていたものが、突然何かひどく大きな力によって無造作に命を奪われた、その瞬間の衝撃、理不尽、それらがぎこちない硬さとなって表れているのである。

 それでいて同時に、鼬は、ひどく安らかに寝そべって、顔をこちらへ向けているのだ。

 僕はしゃがみこんで鼬を眺めながら、その奇妙な矛盾にだんだんと恐怖が沸いてくるのを覚え、やがて、うわーっと叫んで、その場から逃げ出した。

 思えばあれが、僕の記憶に残るうちでもっとも古い「死」との遭遇であった。父の死を始め、その後体験した全ての「死」よりもずっと生々しい、あまりに生々しい実感であった。

 だからというわけではないが、今もあの鼬は、僕の脳裏の奥まった暗い場所に、あの朝見たのと同じ顔で、永遠に寝そべっているような気がするのである。

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安良巻祐介 @aramaki88

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