ご機嫌天気にご用心!

ちびまるフォイ

あなたが笑っていれば今日も快晴

課長室に入ると、頭の上にお天気マークが表示されていた。


「か、課長。頭の上になにか出ていますよ?」


「……なにが言いたい?」


「なにって、いやそのままですよ、いったいどうしたんですか?」


「君! 私をヅラだと言いたいなら、ハッキリ言えばいいだろ!!」


そんな気はなかったのに課長を激昂させてしまい、部屋からけりだされた。

怒号は部屋の外にも漏れていたらしく、部下が心配そうにやってきた。


「大丈夫ですか?」


心配する部下の頭の上にもお天気アイコンが出ている。


「き、君。その頭のやつは?」


「これですか? 斎藤さんの頭の上にも出ていますよ」


「えっ」


鏡を見てみると、自分の頭の上にも「くもり」マークが出ていた。


「これはいったい……」


「ご機嫌アイコンです。昨日からすべての人に出るようになったんですよ」


「そうなの?!」

「ニュース見てないんですか?」


「それじゃ、俺のくもりって表示は?」


「やや不安定な機嫌ですね」


「君の頭の上に出ている晴れマークは?」


「ご機嫌って意味ですよ。実は今朝、彼氏といいことがあって~~♪」


思い出すと、課長の頭には「雨」アイコンが出ていた。

晴れが「機嫌良好」なら、雨は「不機嫌」という意味だったんだろう。


「斎藤さんも、今度からは相手の機嫌を見てから声かけたほうがいいですよ。

 課長って不機嫌なときは何を言ってもダメですから」


「な、なるほど……」


そう考えれば、ご機嫌天気が表示されたのはいいのかもしれない。


今しがた課長を怒らせてしまったので、機嫌が良くなってから

温めていた新プレゼン企画書を出そうと準備を進めた。


が、いつになっても課長の機嫌はよくならなかった。


この世界に生まれ落ちたことになんか不満でもあるのか、

常にご機嫌天気はくもりか雨を表示している。


「あーー、もう! 準備の時間もあるし、くもりだけど提出しちゃおう!!」


意を決して課長にプレゼン資料を提出した。

視界の中心には課長の頭の上にあるお天気マークばかりが目に入る。


「ど、どうですか? 先日、課長にご指摘いただいた点を直しまして……」


課長のお天気が「くもり」から「雷雨」に変わった。


「なんだこのクソ資料は!! こことココなんかダメダメだ!!」


「いやそこは課長が前にそうしろとおっしゃった部分ですよ……!?」


「やかましい!! 口答えするならクビだ! さっさと直してこーーい!!」


この世の理不尽という言葉の意味をかみしめながら部屋を出た。

戻ってきた俺に部下がまた声をかけた。


「ダメだったみたいですね」


「さすがに聞こえてたよな……くもりだから行けると思ったんだけど……」


「斎藤さん、ご機嫌天気予報見てなかったんですか?

 課長の今日の機嫌は"雨と激しい雷雨"ですよ。

 明日は晴れるそうですから、明日に回せばよかったんですって」


「え!? なんでわかるの!?」


「ご機嫌天気予報、見てないんですか」


部下はアプリの画面を見せた。

スマホの画面にはこれから誰がどんな機嫌になるのか予報されていた。


「これがあるなら最初から言ってくれよぉ!」


「さすがにこっちは知っているかと思ったんで……」


とにかく、これさえあればもう無敵。

機嫌天気予報がわかれば今機嫌がいい人や、これから悪くなる人がわかる。

機嫌がいいうちに声をかけていけばいい。


「この人は午後から雨になるから、今のうちに聞いておこう」

「あの人は今日ずっとくもりか……明日にしておこう」

「おっ! あの人は快晴だ! 今なら何でも通せるぞ!」


天気予報を知ってから怒られる回数がぐっと減った。

もう天気予報は手放せなくなった。


唯一の弱点は他人の存在だった。


自分では気を付けていてもほかの人の手によって、

ご機嫌天気が損なわれる可能性もある。


予報は予報であって、予知ではない。外すこともある。


「あっ、ちょっと待って! 今は話しかけないで!」


「え? どうしてですか?」


「今、課長の天気はくもりなんだよ。

 予報ではこの後晴れになるから、それまで変な要素を入れてかき乱したくない」


予報とのズレを生むようなイレギュラー対応は避けて、

みんなのご機嫌管理とチェックを怠らなかった。誰よりも機嫌を見て観察した。


そして……。



「あ、あれ……?」



急に立ち眩みが起きて、そのまま倒れてしまった。

目が覚めた時には病院のベッドの上で培養液に浸かっていた。


「ここは……」


「目が覚めましたか、ここは病院ですよ。

 あなたは会社で意識を失って、そのまま担ぎ込まれたんです」


「この培養液は?」

「目が覚めなければ、改造人間でも作ろうかと」


医者は俺の体を映した写真を手渡した。


「これはあなたの体です。ストレスでぼろぼろになってますよ」


「ストレス!?」


「お見舞いに来た社員にライン連絡先交換したところ、

 どうやらあなたは機嫌天気予報をチェックしまくっていたようですね」


「なに手出してんですか」


「原因はおそらくそれです。

 いろんな人の機嫌をうかがいすぎて、気を張りすぎたんです。

 それで体が内側からぼろぼろになっていったんですよ」


「そうだったんですか……」


「まぁ、これからはあまり人の顔色を気にしないことですな」


「そうはいきません。うちの会社は女性が多いんです。

 誰か一人でも、俺のせいで不機嫌にされれば、悪評はあっという間に広まります」


「女性社会も大変ですねぇ……」


「なにか体を治す薬はないんですか?」


「あるにはありますが、薬で体を治したところで

 あなたの顔色をうかがうクセが治らないかぎり再発します」


「うぅ……。そうはいっても……」


誰もが常に機嫌がいいわけではない。

不機嫌な時に声をかけられれば、誰だってイラッとするし正常な判断はできない。


「みんながいつも機嫌よくなる魔法とかないんですか?」


「ここは病院で、しかも今は現代ですよ」

「そうですよね……」


「ないわけじゃないです」


「あるの!?」


医者のアドバイスを俺はすぐに実践した。

変化はお天気アイコンを見るまでもなくすぐに出た。


「斎藤さん、おはようございます!」


今まで無視が多かった女性社員から声をかけられるようになった。


「斎藤さんのこの企画、素晴らしいと思います!」


いつも批判されていた社員からも褒められるようになった。

俺が現れるたびに、くもりの機嫌だった人はパッと明るくなる。




その後、また病院を訪れた。


「どうですか? イケメンに顔を整形した感想は?」


「はい、先生が言った通りになりました。

 誰もが俺の顔を見ると機嫌がよくなって仕事がしやすいです。

 企画も前よりずっと通りやすくなりました」


「それはよかった。イケメンは正義です」


「ですね……」



「どうしたんですか? ずいぶん浮かない顔をしていますよ?」


「俺の顔を見るたび、女性社員の機嫌がよくなったんですけど……」


「イケメンですからね」





「課長も俺の顔を見るたびに、機嫌天気が良くなるんです。

 これって、いったいどういうことでしょう……」

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